荒らしの前触れ
九条とサラのグラスが鳴ってから、八時間ほどが経っていた。
ビジネスクラスの静かな照明の下、九条は深いソファシートに身を預け、思考の渦の中で浅い眠りに落ちようとしていた。
──しかし、その時機体が不意に暴力的に揺さぶられる。
【ゴォン!】
遠くから聞こえた衝突音と共に、天井の非常灯が橙色に点滅を始めた。
通路に置かれた機内食のカートが、激しい摩擦音を立て、中の食器がぶつかり合う金属音が、乗客の上げた小さな悲鳴に混ざり響いた。
「なんだ!?」
機長からの緊急アナウンスが、ノイズと混じりながら途切れ途切れに聞こえてくる。
「…ト、トウセイフノウ……。自動操縦システムに異常発生。現在、手動操縦に切り替え中……。CAは…」
音声はそこで途絶える。
こんな音声なら乗客をパニックに陥らせるだけで、無い方がマシだっただろう。
「AIの仕業ね」サラは静かに断言した。
グラスの残りを揺らしながら、彼女は言う。
「私たちを『最適化の邪魔者』として地上に届けるつもりはないようね」
「どうやら──私たちが思っている以上にAIは賢いのかもしれないわ」
九条は言葉を返さず、着古したミリタリージャケットの内ポケットから、内閣特命調査部の手帳を抜き取った。
そして彼女もまた、ネイビーのスーツの裏からDGSEの手帳を取り出す。
「九条さん、コックピットを確認しましょう」




