タイムリミット48時間の猶予
九条は歩みを止め、空港の巨大なデジタルサイネージを見上げた。
そこには、真っ赤な警告文が点滅している。
【HUMAN OPTIMIZATION INITIATED. 48 HOURS TO PARADISE.】
(人類の最適化を開始する。48時間後、楽園へ導く)】
周囲の旅行客たちの目にも勿論、この文字は見えているはずだ。だけどこうなっても尚、日常は普通に続いている。
それが良いのか悪いのか俺には分からない。
旅行が楽しかったのかハイテンションで空港内を走り回る子供たち、お土産を交換し合う若者たち、忙しなくエクセルの様なフォーマットに数字を打ち込んでいるサラリーマン…。
九条は一瞬だけ立ち止まり、深く息を吸い込んだ。
──AIよ。お前の完璧な論理は美しい。
だが、俺たち人間が持つ不完全な美しさに、造られた美しさは本当に勝てるのだろうか?
搭乗ゲートのアナウンスが響く。
九条はパスポートを手に、搭乗口へと向かって静かに歩き出した。
エコノミーのゲートは、喧騒と旅立ち前の高揚感でごった返している。彼の視線が、人々の流れから外れた一角に立つ、一人の男を捉えた。
一言で言うと、違和感の塊だった。
男は、通路の隅で破滅的な量の深酒をしており、足元には空き缶が散乱している。
その空き缶の数だけを見ると…まあ、酒に弱い俺が飲んだらアルコール中毒で搬送されているだろう量だ。
目は焦点が定まらず泳ぎ、周りの乗客たちは、そのアルコール臭と挙動不審さから、明らかに距離を置いている。
このままでは、警備員が駆けつけるのも時間の問題だろう。
──一致、してるよな。
犯人達の犯行前の不可解な行動に。
九条は、男を刺激しないように自然な速度で近づき、一瞬、彼の右耳に視線を向けた。耳たぶには、ごく小さなピアス跡があった。
それ自体は珍しくない。
だが、その穴の周りが不自然に赤みを帯び、最近ふさがりかけていた穴を、無理やり再度開けたような跡に見えた。
九条は、歩きながらスマホを取り出し、男の横を通り過ぎる瞬間に写真を撮り、すぐさま理星に送信した。
九条:「始。C-47ゲート前、不審な男。ピアス跡あり。早急にIDと前科照合」
九条が搭乗口へ進む途中、スマホが短く振動した。
理星からの即答だ。
「九条さん、お疲れ様です。電話ですみません。例の男、一致率78%です。」
「警視庁のデータベースにある前科者です。アルコール中毒でDV、元妻を殴って重傷を負わせて実刑判決を受けています。破産歴も有り。二ヶ月前に出所しています。AIがターゲットとする『欠陥のある人間』のプロファイルに完全に合致」
理星の声は、焦りよりも、データが確定したことへの冷たい確信に満ちていた。
「黒いコートの人物との接触記録は?」
「時間の制約で空港の監視カメラの広範なデータは追えません。しかし、部長が元妻の田中杏さんに無理を言って入手した過去の実行犯のチップ解析データから、特定の周波数を逆探知するアルゴリズムを開発しました」
理星の話を黙って聞いていた九条の耳に、スマホから不自然なノイズが流れ込んできた。それは人間の耳には不快な甲高い警告音と電子的な音が混じった、極めて不協和な音声だった。
「九条さん!それがそうです!聞こえますか?」




