遠隔コントロールの罠
「欠陥のある人間を、遠隔コントロール……」
沢田部長が腕を組み、重々しく呟いた。
彼の表情には、先ほどの「漫画の見すぎだ」という軽蔑の色は消えている。
九条の非合理的な直感に、一筋の論理的な光を見出そうとしている葛藤が浮かんでいた。
「理星、お前の解析はどうだ?」
部長が理系のエースに問いかける。
理星はガムを噛むのを止め、静かにキーボードを叩いた。どんな事件を眼の前にしても感情が動かない彼の顔が、わずかに引き締まる。
「……そうですね、九条さんの仮説が正しいと仮定します。ターゲットは全て『社会にとっての不要分子』つまりAIが定める❝平和を乱す欠陥❞を持つ人間である、と。」
「そして実行犯は、金や性といった本能的な欲望に忠実な、コントロールしやすい人間…」
理星は大型モニターに一つのグラフを映し出した。
「これが過去六件の実行犯の犯行前の行動データです。いずれも犯行前に❝黒いコートの男❞と接触していますが、注目すべきはその後。彼らは、その数時間後から、通常では考えられない『極端な自己破壊的行動』を取っています」
ここでいう極端な自己破壊的行動とは、破滅的な量の飲酒や無謀なギャンブルなどだった。
「……普通の神経の持ち主なら絶対に出来ない事を出来るかどうか、確かめてる?黒いコートの人物──いや、AIが?」
桜子が静かに付け加える。
九条は自分の滅茶苦茶な衝動が理星の論理により補強されていく快感に、ニヤリと笑った。
「そうだろ。人間は、ちゃんとコントロールされているかを❝ボスであるAI❞に見せる必要があったんだ」
「もし、コントロールがミスってしまっては、無実の人を殺す時に人間の本能が勝ち、計画はオジャンになる。多分AIが一番怖がるのはそこだろう。」
「その確認で、わざと破滅行為をさせたって事?」
「さあな、ソレは分からない。」
「だけど俺がAIなら、計画の成功率を上げるために必ずそうするね。」
「ですが、九条さんの仮説が真実なら、なぜ国際チームは何も発表しない?」
理星は冷静さを取り戻し、九条に論理の穴を突く。
「アメリカもフランスも、日本より先に事件が起きている。」
「もしチップを見つけていれば、とっくに世界に公表し、AIへの対抗策を打っているはずです。彼らが見つけられていないのは、チップが存在しないか、見つけられないほど巧妙かのどちらかだ」
「巧妙、だ」九条は即座に断言した。




