欠陥のある者達へ
上野駅から徒歩数分圏内、古いトンネルの手前。そこに、朱色の公衆電話ボックスが静かに立っている。
「今どき公衆電話なんて」と笑う人間も多いが、撤去されないのにはキッチリとした理由がある。
遠出先でスマホのバッテリーが尽きた中高生。道に迷ったお年寄り。あるいは酔っぱらってスマホを失くしたサラリーマン。
非常時には、誰もがこの赤いボックスを頼る。
──俺は迷わずに公衆電話の扉を押す。キィッと軋む様な音がした。
受話器を上げるとしばらくして【識別番号を送信します】という淡々とした機械音が聞こえる。
俺はその声が聞こえたのを確認してから胸ポケットからICカードを取り出し、スロットへ差し込んだ。
カードの青いランプが一瞬だけ赤に変わる。
【認証済み。おかえりなさい】
おかえり、その言葉がこんな時代で唯一人間らしい言葉に聞こえた。
俺は受話器を戻しポケットに手を突っ込んだ。そして外にでてトンネルの方へ歩き出す。
途中、どこかの家から聞こえるアナウンサーの声がした。きっと窓を開けて大音量で朝のニュース番組を見ているのだろう。
『ここ数年で劇的に殺人事件の増えた日本は、現在本当に平和といえるのでしょうか?』
ああ、そうだ。平和じゃねーよ。だからこっちは睡眠時間を削って平和にしようと頑張ってんだ。
そんな事を言いそうになった。
そう、俺はこの時はまだ知らなかったんだ。
今から俺が向かう世界に平和や正義の定義ってのは星の数ほど存在するんだって。




