ゴブリンの巣①
鍛冶屋で武器を整えた俺とシャロンは、その足で冒険者ギルドへ戻った。
昼時を過ぎたギルドは相変わらず賑やかで、酒の匂いと冒険者たちの笑い声が飛び交っている。
「おかえりなさい」
受付嬢が柔らかな笑みを向ける。
「次の依頼を受けたいんですが」
「承知しました。ちょうど新人向けで、ゴブリン討伐の依頼が出ています」
差し出された羊皮紙に目を通し、俺は息をのんだ。
──依頼内容:トラヴィア東の森にあるゴブリンの巣の討伐
──報酬:銀貨十枚+討伐証明一体につき追加報酬
「……巣ごと?」
前回は街道に出没したゴブリンを数匹退治しただけだったが、今回は“巣”。
つまり、群れをまとめて相手にしなきゃならないってことだ。
「危険度は前回より高いですが、巣があると被害が増えるので……腕試しには良いと思いますよ」
受付嬢は淡々と説明する。
「セイジさん、やりましょう!」
横でシャロンがきらきらした目で俺を見る。
「投槍も手に入れたんですし、きっといけます!」
……やけに信頼されてるな。
正直、怖さもある。けど、今さら逃げるのも格好悪い。
「分かった。受けよう」
ギルドカードに判を押すと、周囲の冒険者がちらりとこちらに視線を送った。
「おい、新人がゴブリン巣だってよ」
「無謀だな……まあ、運が良けりゃ帰ってこれるかもな」
小声で笑いが漏れる。
俺はカードを受け取り、深く息を吐いた。
──二度目のゴブリン討伐。今度は“群れとの戦い”になる。
依頼を受けた俺とシャロンは、そのまま街の商店を回って準備を整えることにした。
「ゴブリンの巣に行くなら、松明と縄は必須です」
シャロンが真剣な表情で買い物袋を抱えている。
「松明は洞窟を照らすのに使いますし、縄は捕虜がいた場合や荷物を縛るのに便利です」
「捕虜……?」
「はい。ゴブリンって、旅人をさらって巣に閉じ込めることがあるんです」
さらっと言ったが、想像した瞬間に背筋が冷たくなった。
他にも干し肉や水袋、治療用の薬草、予備の小石を袋に詰める。
俺の武器はスローイング・スピアと、投げやすいように加工された短い金属棒──いわゆる「スローイング・ダガー」も数本買い足した。
「準備はこんなところかな」
「はい! セイジさんとならきっと大丈夫です!」
シャロンは明るく笑うが、その瞳の奥には少しだけ緊張が浮かんでいた。
街を出て東の森へ向かう道は、前回よりも人影が少ない。
行き交う旅人たちも、俺たちに警戒を促すような視線を向けて通り過ぎていく。
「ゴブリンの巣は、この先の森の奥にあるはずです」
シャロンが地図を広げ、指で示した。
深く繁った森の中へと足を踏み入れると、昼間でも薄暗く、ひんやりとした空気に包まれる。
鳥の鳴き声も少なく、静けさの中にどこか不気味な気配が漂っていた。
「……ほんとに出てきそうだな」
思わず呟いた俺の耳に、遠くから甲高い笑い声が届く。
「ギャッ、ギャッ」と耳障りな声。
「ゴブリンです!」
シャロンが剣を抜き、俺はスローイング・スピアを握り直す。
木々の間から、三体のゴブリンが姿を現した。粗末な棍棒を手に、ぎょろりとした目でこちらを睨みつけてくる。
「巣にたどり着く前に……前哨戦ってわけか」
ごくりと唾を飲み込み、俺は足を踏み出した。
ゴブリンが甲高い声をあげながら突進してくる。
粗末な棍棒を振りかざし、牙を剥いて迫る姿は──正直、洒落にならないほど怖い。
「セイジさん、気を付けて!」
シャロンが剣を構えて前に出ようとするが、俺はスローイング・スピアを強く握りしめ、首を横に振った。
「大丈夫、やってみる」
息を整え、狙いを定める。
昨日の練習を思い出せ──肩の力を抜いて、腰をひねって……投げる!
ヒュッ、と鋭い音を立てて槍が飛び、先頭のゴブリンの胸を正確に貫いた。
勢いのまま突き抜け、背中から血飛沫を散らして地面に倒れる。
──
スキル:投擲
武器:スローイング・スピア
ダメージ:中
効果:貫通
──
「一撃……!?」
シャロンが驚きの声を上げる。
残った二体のゴブリンが、恐怖と怒りで狂ったように突っ込んでくる。
俺は腰に差したスローイング・ダガーを引き抜き、立て続けに投げ放った。
一発目は外れて木に突き刺さったが、二発目がゴブリンの肩に突き刺さり、よろめかせる。
そこへシャロンが素早く踏み込み、剣を振り下ろした。
「はっ!」
鋭い斬撃がゴブリンの首を切り裂き、血しぶきが飛ぶ。
最後の一体も動揺して足を止めたところへ、俺が拾い上げた石を全力で投げつけた。
石は額に命中し、ゴブリンは情けない悲鳴を上げて倒れ込む。
その隙を逃さず、シャロンがとどめを刺した。
「ふぅ……終わりましたね」
剣を振って血を払い、シャロンが息をつく。
一方の俺は、自分の手を見下ろしながら心臓が早鐘を打つのを感じていた。
「……本当に、武器が刺さった」
ゲームみたいに数値で出るだけじゃない。これは紛れもない現実の戦い。
敵を仕留めた手応えが、まだ体に残っている。
「セイジさん、すごいです! さっきの一投、完璧でした!」
シャロンが満面の笑顔で俺を見上げる。
「いや……たまたまだろ」
照れ隠しのように言ったが、胸の奥で小さな自信が芽生えているのを否定できなかった。
足元には倒れたゴブリンの死体。
俺たちは討伐証明として、耳を切り取る作業に入った。
ついでに、アリッサに頼まれた臓物も取り除く。
「……さて、こいつらの巣はこの先です。気を引き締めていきましょう!」
「ああ」
まだ始まったばかりだ。