新たな武器
翌朝。
まだ街の空気がひんやりしているうちに、俺とシャロンは鍛冶屋を訪れていた。
トラヴィアの中心街から一本路地に入った場所。
小さな建物の奥から、カン、カン、と鉄を打つ音が響いてくる。
煤けた煙突からは、白い煙が空へ伸びていた。
「ここが鍛冶屋です。腕は確かですよ!」
シャロンが嬉しそうに案内する。
扉を押して中へ入ると、熱気と鉄の匂いが押し寄せてきた。
並べられた剣、槍、斧、鎧……まるで武器庫のようだ。
「おう、シャロンか。今日は新顔も連れてるな」
奥から現れたのは、大柄で筋肉質な男だった。
髭面にごつい腕、いかにも職人といった風貌だ。
「おはようございます! こちら、昨日一緒に依頼をこなしたセイジさんです!」
「ふん、冒険者登録したてって顔だな。で、どんな武器が欲しい?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
投げるのはその辺のものを使っていたが、それ以外の戦闘手段となると見当もつかない。
「初心者向けは剣だな」
男が棚から小ぶりな剣を取り出し、俺の手に握らせる。
すると、視界に淡い光。
──
武器スキル:剣
習熟度:低
相性:50%
──
「……数字が出た」
俺は思わず呟いた。
「またスキルですか!?」
シャロンが驚いて身を乗り出す。
「武器スキル、習熟度……相性?」
ぼんやり浮かぶ文字を読み上げる。どうやらこの世界では、武器ごとに“向き不向き”が数値で見えるらしい。
「相性50%か……悪くはないが、得意でもないってことか」
「へぇ、面白ぇこと言うな」
鍛冶屋の男が腕を組み、にやりと笑う。
「普通は使い続けて身体で覚えるもんだが……数字で分かるとはな。便利な目だ」
剣を軽く振ってみる。重さも形も標準的で、確かに扱いやすい。
けど──妙にしっくり来ない。
「投げるのが得意なので、敵と距離を取れる武器が欲しいんですけど」
「投げるのならこれだな」
ごつん、とカウンターに置かれたのは──鉄製の小さな短槍のような武器。
握りやすい柄がついていて、投げやすそうなバランスになっている。
「スローイング・スピア。投げ専用に作った武器だ。安くはねぇが、普通の石よりはずっと威力が出る」
「これ、手に取ってみても?」
「おう、好きにしろ」
鍛冶屋の男が頷く。俺はそれを握った瞬間、再び光が走った。
──
武器スキル:投槍
習熟度:低
相性:85%
──
「……! こっちの方が合ってる」
思わず声が出た。
鍛冶屋の男が感心したように顎を撫でる。
「冒険者は大抵、剣か盾だ。だが投げ専用を選ぶとは……変わり者だな」
「セイジさん、やっぱり! 昨日の石投げ、すごかったですもん!」
シャロンが嬉しそうに頷く。
俺は短槍をもう一度握り、ずっしりとした重みを確かめた。
確かに、剣よりも手に馴染む気がする。
「裏で投げてみるか?」
鍛冶屋の男がニヤリと笑い、俺を奥へと案内した。
裏庭には、すでに練習用の木の的がいくつも立てられている。太い丸太に白い布を張った簡素なものだが、剣や矢で刻まれた傷が無数についている。
「ここなら多少派手にやっても大丈夫だ。思いっきり投げてみろ」
俺は短槍──スローイング・スピアを構え、息を整える。
頭に浮かぶのは、昨日石を投げたときの感覚。
肩の力を抜いて、狙いを定め、全身をひねりながら──放つ!
ヒュッ、と鋭い音を立てて槍が飛び、ドン! と丸太に深々と突き刺さった。
──
スキル:投擲
武器:スローイング・スピア
ダメージ:中
効果:貫通
──
「うわ……ほんとに刺さった!」
シャロンが目を丸くして両手を打ち合わせる。
「おいおい、初めて握った武器でこれかよ……」
鍛冶屋の男も感心したように口笛を鳴らした。
「普通は的にかすりもしねぇんだがな。相性ってやつは伊達じゃねぇらしい」
俺は的に突き刺さった槍を見て、手のひらをじっと見つめる。
石を投げた延長線上にある“武器”。しかもスキルまで噛み合っている。
……これは、俺の戦い方の核になるかもしれない。
「セイジさん、すごいです! 本当に投げるのが得意なんですね!」
シャロンが輝く笑顔で俺を見上げてくる。
鍛冶屋の男も、豪快に笑いながら肩を叩いた。
「よし、気に入ったんなら買っていけ! 値段はちょっと張るが……特別に安くしてやる。どうせまた来たくなるだろうからな!」
「お願いします」
俺は迷わず答えた。どうせ冒険者をやるなら、得意なもので戦うべきだ。
「へっ、言うと思ったぜ。若いのに決断が早ぇな」
鍛冶屋の男が満足そうに笑い、スローイング・スピアを革の鞘に収めて手渡してくる。
代金を支払うと、自然と背筋が伸びる。
木札のギルドカードだけだった俺の手元に、ようやく“冒険者らしい武器”が加わったのだ。
「……なんか、本当に冒険者になったんだなって実感が湧いてきた」
思わず漏らした俺の言葉に、シャロンがにっこりと笑う。
「はい! セイジさんならきっと、立派な冒険者になりますよ!」
眩しいくらいの笑顔に、少し気恥ずかしくなる。
……なんだろうな。
会社員としての日常では得られなかった、胸の奥が熱くなる感覚。
「よし、装備も整ったな!」
鍛冶屋の男が豪快に笑い飛ばす。
俺は槍を背に背負い直し、ぐっと拳を握った。
──この異世界で、ようやく一歩を踏み出せた気がした。