魔物食
「じゃあ、討伐証明を回収しましょう」
シャロンが慣れた手つきでゴブリンの死体に近づき、腰の小刀を抜いた。
「討伐証明って、どこを持ち帰ればいいんだ?」
「ゴブリンの場合は耳か牙です。どちらでも数えられますよ」
そう言いながら、彼女は器用に耳を切り取る。血の匂いに思わず顔をしかめるが、彼女は淡々と進めていた。
──この辺りの逞しさは、やっぱり冒険者なんだな。
俺も何か手伝おうと死体に視線を向けた瞬間、例の淡い光が浮かび上がる。
──
スキル:解析眼
対象:ゴブリンの肝臓
効果:滋養強壮
備考:適切に下処理すれば珍味。酒肴として最適。
──
「……え?」
思わず声が出た。視線をずらすと、さらに情報が。
──
スキル:解析眼
対象:ゴブリンの心臓
効果:強心作用
備考:煮込み料理の素材として需要あり。毒なし。
──
「ちょ、ちょっと待ってくれ……ゴブリンって、食えるのか?」
俺が呟くと、シャロンが目を丸くした。
「えっ!? まさか……セイジさん、またスキルですか?」
「うん……臓物の一部、珍味として食えるって出てる」
「……珍味……?」
シャロンは小刀を持ったまま固まった。
だがすぐに興味深そうに小声で続ける。
「……でも、ゴブリンを食べようなんて誰も思いませんから。もし本当に食べられるなら……」
「需要あるかもな」
俺は苦笑しつつも、妙に現実的な発想が浮かんでしまう。
食料事情がシビアな世界なら、モンスターの食材化はあり得る話だ。
「ちょっと試してみますか?」
シャロンが冗談めかして笑うが、その瞳にはほんの少し期待も宿っているように見えた。
俺は無言で唾を飲み込む。
スライムの卵に、今度はゴブリンの内臓……。
異世界グルメへの道が、俺の足元に広がろうとしていた。
ギルドで討伐証明を提出し、報酬を受け取った後。
俺とシャロンは、街の一角にある小さな食堂に足を運んだ。
「ここは安いけど美味しいって評判なんです」
シャロンが案内してくれたのは、木の看板が掛かった庶民的な食堂。
中からは香ばしい匂いと客たちの笑い声が溢れてくる。
「いらっしゃい──って、シャロンじゃない。今日は人と一緒なのね」
出迎えたのは、腰まで伸びる赤茶色の髪を後ろでざっくり束ねた女性。
勝ち気そうな瞳が印象的で、エプロン姿がよく似合っている。
「この人はアリッサさん。ここの料理人です!」
「へぇ、珍しい顔ね。旅人かしら?」
「ま、そんなとこです」
俺が曖昧に笑うと、アリッサはじろりと俺を値踏みするように見た。
「で、今日は何を食べに?」
「えっと……アリッサさん、お願いがあるんです」
シャロンが声を潜め、持参した布袋を掲げた。
「これ、ゴブリンの臓物なんですけど……」
「はぁっ!? 何考えてんのあんた!」
アリッサが素で叫んだ。
「セイジさんのスキルで珍味として食べれるって出たんです!」
「スキル……鑑定系の持ち主ってわけ?」
アリッサはまじまじと俺と布袋を見比べる。
「ふぅん……じゃあちょっと貸しなさい」
アリッサは布袋を受け取り、奥の厨房へ消えていった。
しばらくすると、香辛料と肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきて、思わず腹が鳴る。
「お待たせ!」
テーブルに置かれたのは、鉄板でこんがり焼かれたひと皿。
色合いはレバー炒めに近いが、匂いは意外にも旨そうだ。
「じゃ、食べてみなさいよ」
アリッサが腕を組んで見守る。
「……いただきます」
恐る恐る口に運ぶと──
「……うまっ」
舌に広がったのは、濃厚な旨味と香辛料の刺激。
クセはあるが臭みはなく、牛レバーに近い。
噛むほどに滋味がにじみ出て、思わず手が止まらなくなった。
「本当に……美味しいです!」
シャロンが感動したように笑みを浮かべる。
アリッサも満足げに頷いた。
「魔物食いいかもね、レシピを開発すれば材料はいくらでもあるわけだし……」
アリッサは腕を組んだまま、鉄板を見下ろして満足げにうなずいた。
「最初は冗談かと思ったけど、味付け次第で普通に売れる。いや、下手すりゃ人気出るかも」
「えっ、ほんとに!?」
シャロンがぱっと顔を輝かせる。
「ええ。私の料理でまずいもんなんて存在しないからね。──で、セイジ、あんた」
アリッサが鋭い視線を俺に向ける。
「もしまたゴブリンを倒したら、臓物は全部持ってきなさい。ちゃんと買い取るから」
「え、食材として仕入れるのか?」
「当たり前でしょ。珍しい肉は人を呼ぶのよ。『トラヴィア名物・ゴブリン炒め』……ふふっ、悪くないネーミングじゃない」
あまりにも堂々とした物言いに、思わず吹き出しそうになる。
……ゴブリン炒め。異世界初日でまさかこんなワードを聞くとは。
「セイジさん、すごいです! 解析眼のおかげで、新しい発見ができました!」
シャロンが嬉しそうに身を乗り出す。
その純粋な瞳に見つめられ、俺は頭をかきながら苦笑した。
「俺はただ……見えたものを言っただけなんだけどな」
「それでも、普通の人には絶対できません。私、一緒にいて本当に良かったです」
その言葉が胸にじんわりと染みる。
トラックに轢かれて、訳も分からず飛ばされたこの世界。
だけど──無駄じゃなかったのかもしれない。
「決まりね。あんたたち、またゴブリン討伐の依頼を受けてきなさい。私が料理で受け止めてあげる」
アリッサはにやりと笑い、手をパンと叩いた。
こうして俺たちは、討伐だけでなく“食の開拓者”としても、一歩を踏み出すことになったのだった。