ゴブリン退治
薬師組合での納品を終えた俺たちは、再び冒険者ギルドへと戻った。
夕刻のギルドはますます賑わいを増し、依頼掲示板の前には冒険者たちが群がっている。
「無事に納品できましたか?」
受付嬢がにこやかに迎えてくれる。
シャロンが胸を張って答えた。
「はい! 追加報酬までいただけました!」
「それは良かったです。では、次の依頼を探されますか?」
そう言って差し出された掲示板の紙の中から、シャロンが一枚を引き抜いた。
──依頼内容:街道沿いの林に出没するゴブリンの群れの討伐
──報酬:銅貨十枚+討伐数に応じ追加
──依頼主:トラヴィア街道警備隊
「ゴブリン……」
俺は思わず呟いた。
ゲームやラノベで散々聞いた名前だが、毒スライムの件を思い出すと安心できない。
「ゴブリンは人里に近づくと危険です。放っておくと商人や旅人が襲われますし……」
受付嬢は淡々と説明する。
「スライムよりも強いですけど、数も少ないですし……私たちでもいけると思います!」
シャロンが俺に向き直り、目を輝かせた。
正直、怖い。でも。
この世界で生きるなら、避けては通れないんだろう。
「……よし、受けよう」
「はいっ!」
こうして俺たちの次なる依頼──初めての魔物討伐が決まった。
依頼を受けた俺たちは、夕暮れを待たず街を出た。
トラヴィアの外れから伸びる街道を進むと、両脇には木々が立ち並び、やがて林に入る。
昼間とは違ってひんやりした空気が漂い、鳥の声も少なくなってきた。
「この先にゴブリンの目撃情報があるんです」
シャロンは緊張気味に剣の柄へ手をやった。
さっきまでの明るい笑顔は影を潜め、冒険者の顔になっている。
俺も自然と背筋を伸ばす。
正直、スライムよりはるかに不気味だ。相手は人型。
しかも、ゲーム知識が正しいなら、武器を持ち、罠も仕掛ける。
「……音、聞こえませんか?」
シャロンが立ち止まり、耳を澄ます。
俺も息を止めてみると、確かに草をかき分けるような小さな音がした。
……近い。
「気付かれないうちに──」
と、彼女が囁いた瞬間。
ガサッ、と茂みが揺れ、影が飛び出す。
「ギギッ!」
「うわっ!」
現れたのは小柄な緑色の人型。手には錆びた短剣。
顔は歪み、牙を剥き出しにしている。
「ゴブリンです!」
シャロンが即座に構える。だが、林の奥から別の影がふたつ、三つ。
──群れで来やがった。
「ちょ、三体も!?」
「大丈夫です、私が前に出ます!」
彼女は勇敢にも一歩踏み出したが、俺の胸は不安でいっぱいだった。
石つぶてでスライムを怯ませたみたいに、ゴブリンにも通じるのか?
握った小石が汗でじっとり濡れている。
それでも俺は振りかぶり、狙いを定めて投げた。
──
スキル:投擲
武器:石
ダメージ:小
効果:頭部直撃・気絶(小)
──
ゴブリンの一匹が呻き声をあげて倒れ込む。
「すごい……!」
シャロンが振り返り、目を見開いた。
残り二匹が怒りの声をあげ、俺とシャロンに迫る。
俺たちの初めての魔物討伐が、いよいよ本番を迎えようとしていた。
「ギギャァァ!」
残った二匹のゴブリンが同時に突進してくる。
一本は錆びた短剣を振りかざし、もう一本はこん棒を振り回していた。
「セイジさん、下がって!」
シャロンが鋭く叫ぶ。
彼女は前に出て、剣で短剣の一撃を受け止めた。金属がぶつかる甲高い音が林に響く。
「くっ……!」
細腕の彼女には荷が重い。押し返されながらも必死に踏ん張っている。
その隙に、もう一匹のゴブリンが横から迫ってきた。
「シャロン、右だ!」
俺は思わず叫び、手にした小石を全力で投げつける。
──
スキル:投擲
武器:石
ダメージ:小
効果:右目直撃・怯み
──
「ギャァ!」
ゴブリンが悲鳴を上げ、棍棒を振り回してバランスを崩す。
シャロンはその隙を逃さず、前のゴブリンの胸を突いた。
「はぁっ!」
鋭い突きが命中し、短剣のゴブリンがよろめく。
「やった!」と思ったのも束の間。
棍棒のゴブリンが再び襲いかかり、シャロンの腕を狙って振り下ろした。
「危ない!」
俺は咄嗟に地面の枝を掴み、反射的に投げた。
──
スキル:投擲
武器:枝
ダメージ:小
効果:喉部直撃・呼吸阻害
──
「ゴブッ……!」
ゴブリンが喉を押さえ、苦しげに後退する。
その瞬間、シャロンの剣が横薙ぎに走った。
「やぁぁっ!」
鋼の一閃がゴブリンの胴を裂き、棍棒が地面に転がった。
残る一匹は戦意を失ったのか、短い悲鳴をあげると茂みの奥へ逃げていった。
「……ふぅ」
シャロンが剣を下ろし、大きく息を吐いた。
額に汗が滲んでいる。
「セイジさん……すごいです! 投げただけで、あんな……」
「いや、俺もびっくりしてるよ。まさか石ころで戦えるなんてな」
ゴブリンの死体を見下ろしながら、実感がじわじわ湧いてくる。
──これが異世界の戦い。そして俺のスキル。
「……一緒にいてくれて、本当に良かった」
シャロンが心からの笑みを見せた。
その言葉に、俺は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。