初依頼
街を出てしばらく歩くと、背の高い草原と小さな林が広がっていた。遠くで鳥の鳴き声、近くでは虫の羽音。空気は澄んでいるが、慣れない環境にちょっと緊張する。
「この辺りに、ヒールリーフが群生してるはずです」
シャロンが腰の袋を叩きながら言う。
「ヒールリーフってどんな草なんだ?」
「えっとですね……細長い葉っぱで、端っこが少し青白くて……あ、ほら、あれです!」
彼女が指さした先には、雑草にまぎれて小さな草が生えていた。なるほど、言われなきゃ気付かない。
「見分けるの大変だな。間違えて毒草とか摘んだらどうなるんだ?」
「ひどい腹痛が出ます!」
「……やっぱり現場は甘くなかった」
冗談交じりにため息をついた瞬間、視界に淡い光が差す。
──
対象:ヒールリーフ
効果:軽度の治癒
備考:乾燥させて煎じて使用
──
「……おお?」
草に視線を合わせただけで、効果や説明が浮かび上がる。まるで図鑑機能付きのARみたいだ。
「セイジさん?」
「いや、なんか……見ただけで効能が分かるんだよ」
「解析スキル! やっぱり便利ですね!」
シャロンが感心して目を輝かせる。
試しに隣に生えている似たような草に視線を移すと──
──
対象:デスリーフ
効果:服用で激しい下痢・嘔吐
備考:素人が見分けるのは困難
──
「デスリーフって……名前からしてヤバいな」
「えっ!? ど、どこですか!?」
「ほら、その隣。形は似てるけど、毒草だ」
「わっ、本当だ! 普通の新人なら絶対間違えますよ……」
シャロンが顔を青くする。
一方の俺は、解析眼のおかげでポンポンと安全に仕分けできる。
……そういえば、さっきのスライムの卵。毒を中和する草と混ぜるといいとか書いてあったな。
試しにポケットから包んでおいた卵を取り出し、ヒールリーフと並べて置く。
瞬間、視界に再び淡い光が差した。
──
スキル:着想
内容:簡易解毒薬の生成
方法:毒スライムの卵(微量)+ヒールリーフ(刻んで煮出し)
効果:軽度の毒耐性を一時的に付与
──
「……マジでレシピが出てきた」
思わず呟く。ゲームの合成画面そのまんまだ。
「どうしたんですか?」
「いや……この二つを組み合わせると、解毒薬が作れるって出た」
「えっ!? それ本当ですか!? スライムの卵なんて普通は危なくて扱えないのに……!」
シャロンが信じられないものを見るように俺を見つめる。
俺だって信じられない。けど、目の前に浮かんでるんだから仕方ない。
「ただ……調合って言っても、鍋も火もないから今は無理だな」
「それでもすごいです! 普通の冒険者なら一生気づけないようなことを……」
彼女の瞳がきらきらと輝いている。
いや、俺はただ草と卵を並べただけなんだが……。
「と、とりあえず、今は薬草を集めるのが先だな」
「はいっ!」
それから俺たちは協力して薬草を集めていった。
俺が解析眼で見分け、シャロンが手際よく摘み取る。
気づけば、依頼数の倍近い量のヒールリーフが袋に収まっていた。
「これなら、追加報酬ももらえるかもしれませんね!」
シャロンは満面の笑み。俺も思わず頬が緩む。
──異世界初の依頼。
想像以上に、順調なスタートだった。
袋いっぱいのヒールリーフを抱えて、俺たちは街の中心にある薬師組合へ向かった。
建物は石造りで、壁にハーブを干した束が吊るされている。扉を開けると、薬草と薬品の独特な匂いが鼻をついた。
「ご依頼の薬草をお持ちしました!」
シャロンが受付の薬師に袋を差し出す。白衣を羽織った初老の男性が中をのぞき込み、目を丸くした。
「おお……これは見事な仕分けだ。ヒールリーフだけで、毒草は一枚も混じっていないとは!」
俺は内心ドキリとする。全部【解析眼】で判別したおかげだ。普通の新人なら、間違いなく何枚か毒草を混ぜてしまうはず。
「依頼は十枚でよかったはずだが……これは二十枚以上あるな。追加分も買い取ろう」
男性は感心したように頷き、報酬袋を手渡してきた。
中には銅貨がじゃらりと入っている。
「ありがとうございます!」
シャロンが深々と頭を下げ、建物を出た。
夕陽に染まる石畳を歩きながら、シャロンは報酬袋を胸に抱きしめるように持ち、隣の俺を見上げた。
「セイジさん……本当に、ありがとうございました」
「いや、俺は草を見分けただけだぞ」
「それがすごいんです! 普通なら絶対に見逃す毒草まで、ちゃんと分けられたんですから」
彼女は立ち止まり、にっこりと笑った。
その笑顔は、どこか安心したような、心から嬉しそうな。
「……セイジさんが一緒で、よかったです」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
俺は言葉に詰まり、ただ「……ああ」と曖昧に頷いた。
──異世界に来て初めて、自分の居場所を少しだけ実感した気がした。