異世界転移
異世界転生とか異世界転移とか、男なら一度は憧れるシチュエーションだ。チートスキルで無双して、俺TUEEEE。
中二病真っ盛りの頃はそんな妄想に胸を膨らませていたけど、大学生になる頃には夢も覚めた。異世界なんてあるわけない――でも、ちょっとだけ「あったらいいな」と思うくらいの塩梅。
気付けば社会人。
日付が変わるような時間まで残業することもあるけれど、懐いてくれる後輩もできたりして、人生はおおむね順調だった。
そんなある日。会社帰りに横断歩道を渡っていたら、ものすごい勢いのトラックが突っ込んできた。避けられるはずもなく、衝撃が走る。
──あ、死んだ。
最後に「人間って意外と空を飛べるんだな」と他人事みたいに思ったところで、意識は途切れた。
「……い、おーい、生きてますか?」
次に目を覚ましたとき、視界いっぱいに飛び込んできたのは、美少女の顔だった。
「あ、起きた」
顔の横でまとめられた金髪。ぱっちりとした桃色の瞳。どう見ても日本人ではないその少女は、しかし流暢な日本語を話す。
混乱しながらも体を起こした俺に、彼女は「よかったぁ」と安堵の笑みを浮かべた。
「……あの、ここは?」
「あ、やっぱりそういう感じですか? ここはサンヴィトリア王国の辺境にある街道です」
──サンヴィトリア? どこだ、それ。
周囲を見渡すと、遠くを馬車がゆったりと走っていた。
「とりあえず、自己紹介しましょう。私はシャロン。駆け出しの冒険者です。お兄さんは?」
「清水誠司。会社員……だけど、冒険者?」
よく見ると、少女は腰に剣を下げていた。金髪に桃色の瞳というファンタジー感あふれる見た目と相まって、まるでRPGキャラクターのコスプレみたいだ。
首を傾げる俺に、シャロンは慎ましい胸をそらし、得意げに言った。
「そうです、これでも低級モンスターなら倒せるんですよ」
──モンスター。
その単語に、もう一度あたりを見渡す。ビルひとつない自然、道行く人々の奇抜な髪色、そしてゴトゴトと走る馬車。
「……これ、異世界転移……?」
拝啓、田舎の母さん。元気ですか。
清水誠司、(たぶん)享年二十五歳。トラックに轢かれて異世界に来てしまったようです。