第二十五回 典君一戦定乾坤 馬孟起沙場非命
夜明け前、両陣営が布陣を終え、静寂に包まれていた。合戦の日取りは決まり、天下を揺るがす戦いが今、始まろうとしていた。
会戦の火蓋は、曹操の巧妙な一手から切られた。
まず、軽装の歩兵部隊が前線へと進み、関西連合軍の長矛部隊へと挑発的な攻撃を仕掛けた。数で劣る軽兵は、正面からぶつかることはせず、巧みに動き回り、敵の注意を中央に引きつけることに成功した。
その隙を見計らって、曹操は隠していた虎の子、虎豹騎を放った。重厚な鎧をまとった精鋭騎兵は、地を揺るがす轟音とともに突撃を開始。彼らは正面の混戦には目もくれず、中央の注意がそれている間に、関西連合軍の戦列の側面と後方に回り込んだ。
軽兵によって引きつけられていた関西連合軍の長矛部隊は、背後から襲いかかる虎豹騎の猛攻に全く対応できなかった。戦列は崩壊し、兵士たちは混乱に陥る。
戦場の喧騒は、すでに敗走の悲鳴へと変わっていた。曹操は、血煙の舞う戦場を一望できる丘の上から、静かにその光景を見下ろしていた。
「まさか、ここまで脆いとはな。孟起よ、お前が頼りにしていたのは、その武勇のみ。兵は剣、将は盾、だが、その盾を操る頭がなければ、ただの鉄塊に過ぎぬ。お前にはそれがなかった」
曹操は自嘲気味に呟くと、傍らに控える武将に目を向けた。彼の瞳は、勝利の光に満ちている。
一方、馬超は、総崩れとなる自軍の列の中で、絶望に顔を歪めていた。
「くそ…!あの軽兵どもは…陽動だったというのか…!くっ…!馬鹿な…なぜ気づかなかった…!」
背後から迫る、地を揺るがす轟音。それは虎豹騎の猛攻が、彼の脳裏に焼きついた残像だった。数多の同志が、鎧を纏った獣の如き群れに蹂菎されていく。その光景は、彼自身の心臓を抉るようだった。
「俺の…俺の仲間たちが…!」
もはや兵はまともに馬超の声に耳を傾けない。ただひたすらに逃げ惑い、生を求めている。馬超は剣を握りしめ、歯を食いしばる。
「曹操…!この屈辱、忘れてなるものか…!たとえこの命尽きようとも、貴様の首を…!」
その凄惨な光景を、典韋は冷徹な眼差しで見ていた。
彼の背後には、千の虎士たちが影のように潜んでいる。彼らの存在は、誰にも気づかれていなかった。
「獲物は…すでに逃げ場を失っている。主の命はただ一つ、この戦の勝利ではなく、あの男の命そのもの。馬超という猛虎は、この戦場で根を断たねばならぬ」
典韋は腰の双鉄戟に静かに手をかける。馬超の視線は、まだ遠くの曹操に定められている。その隙を、典韋は見逃さない。
「その首、この典韋がもらう。お前は、主の覇道の前に散る定めなのだ」
その言葉は、馬超の耳には届かない。しかし、その言葉が響くより早く、典韋と千の虎士たちは、静かに、そして素早く動き出した。
敗走する自軍を立て直そうと必死に叫ぶ馬超の背後で、典韋は静かに、しかし確実に距離を詰めていた。彼の周りにいる千の虎士たちもまた、音もなく、獲物を追い詰める狼の群れのように、馬超の馬の蹄の音に合わせるように動く。
その気配に、馬超はふと違和感を覚えた。この静けさは、敗走の混乱とは違う。殺気を孕んだ、より洗練された静寂。馬超は反射的に馬首を巡らし、その静寂の出所を探った。
そこにいたのは、重厚な鎧を纏った大男。しかし、馬超が警戒していた許褚のような、猪突猛進の気配は微塵もない。男は、まるでそこに存在しないかのように静かだった。
「貴様…何者だ!?」
馬超の問いに、典韋は何も答えなかった。ただ、腰の双鉄戟をゆっくりと引き抜く。八十斤の重さを持つ鉄戟が、夜明け前の薄暗い光を鈍く反射した。
馬超は、その男の眼差しに、ただならぬ気配を感じ取った。許褚とは違う、氷のように冷たい、狩人の目。だが、この場で臆するわけにはいかない。馬超は渾身の力で槍を構え、典韋へと突進した。
「西涼の錦、この馬超が相手だ!」
馬超の槍は、雷霆のごとき勢いで、典韋の喉元をめがけて突き出される。だが、典韋はそれを力で受け止めることはしなかった。彼は、一歩も動かずに双鉄戟を交差させ、槍の穂先を巧みに滑らせて受け流す。
「なっ…!」
馬超は驚愕した。これほどまでの猛攻を、まるで水面を撫でるようにいなす武人は見たことがない。典韋は、馬超の攻勢を全て受け流しながら、わずかな隙間を見つけては、双鉄戟の石突きで馬超の鎧の隙間や、馬の脚を正確に狙う。馬超の華麗なる武技は、典韋の冷静な戦い方の前では、まるで無駄な動きのようだった。
そして、その一瞬の隙だった。馬超の槍が空を切った刹那、典韋は電光石火の速さで踏み込み、左の鉄戟で馬超の馬の脚を強打した。馬が悲鳴を上げて崩れ落ち、馬超は体勢を崩す。
「典…韋…!」
その声が、戦場に響くことはなかった。馬超の脳裏に、典韋という名が閃いた時には、すでに典韋の右の鉄戟が、彼の心臓を正確に貫いていた。
「西涼の錦馬超、その首、典韋がもらい受ける」
典韋の言葉は、まるで弔いの言葉のように、静寂に包まれた。こうして、天下を揺るがした英雄の一人は、その名を叫ぶこともなく、ひっそりと、しかし確実に、討ち取られたのだった。
静寂に包まれた戦場に、夜明けの光が差し込み始めた。典韋は、その光の中に立つ。彼の足元には、もはや物言わぬ馬超の骸が横たわっていた。その手には、八十斤の重さを持つ双鉄戟。典韋は、鉄戟の切っ先に滴る血を、まるで何事もなかったかのように、無造作に拭った。
「主の命、果たして参りました」
典韋は、馬超の首を掲げると、その足取りは迷いなく、遠くの丘の上に立つ主のもとへと向かった。千の虎士たちもまた、その後に従う。彼らが通った道には、敵兵の死体が累々と横たわっていたが、彼らの目には映らなかった。彼らの唯一の目的は、主に勝利を報告することだけだった。
丘の上、曹操は静かに典韋を待っていた。彼が掲げるものが何であるか、すでに分かっていた。
「見事な働きであった、典韋。いや、我が典君よ!」
典韋は、言葉少なに馬超の首を差し出した。曹操はそれを受け取ると、静かに見つめた。その表情には、勝利の喜びよりも、強敵を失った虚しさにも似た、複雑な感情が滲んでいた。
「馬児よ…お前は、確かに強かった。その武勇は、天下に並ぶ者も少なかったであろう。だが…力だけでは、天下は取れぬ。この首級こそが、その事実を証明している」
曹操はそう呟くと、遠くの敗走兵に目を向けた。彼らが向かう涼州の奥地では、もはや反乱の火種は尽き、再び天下を揺るがすほどの炎となることはないだろう。
「典韋よ。お前はただの一武人ではない。お前は、わが覇道を成すために、天が遣わした鬼神だ」
夜明けの光が、曹操と典韋の姿を照らす。虎豹騎の轟音も、敵兵の悲鳴も、もう聞こえない。ただ、静かな朝の光の中で、二人の姿だけが、新たな時代の夜明けを告げるかのように、静かに立っていた。
離間の計によって結束を崩され、戦いに敗れた韓遂は、長安周辺の支配を放棄し、残存勢力を引き連れて西へ西へと逃れた。その行く手には、峻険な隴山が立ちはだかっていた。
「くそっ…!わしは、人の心に巣食う疑念という闇に敗れたのだ…!」
韓遂は、敗北の屈辱を噛みしめながら、馬を走らせた。彼が目指すは、涼州の地。隴山によって関中からは隔てられているその地は、彼にとっての最後の砦であり、再起を誓う場所だった。
この敗戦は、韓遂の人生を大きく変えた。彼はもはや、関中の盟主ではなく、流浪の将となった。しかし、この敗北が、彼に新たな活路を与えたのも事実だった。
十月、長安を完全に掌握した曹操は、その地を支配の拠点と定めた。だが、彼は満足することなく、すぐさま軍を北へと進めた。その矛先は、敗走した楊秋が逃げ込んだ安定だった。
「韓遂は隴山を越えた。だが、楊秋が逃げ込んだ安定は、関中と地続きだ。このまま放置すれば、いつの日かまた、我らの背後を襲う災いの種となるだろう…!」
曹操は、戦後の混乱に乗じて安定に逃げ込んだ楊秋を、徹底的に排除するつもりだった。安定は、地形も険しくないため、もし曹操が東へ帰還すれば、再び関中に侵入することが容易だからだ。
圧倒的な軍勢に包囲された楊秋は、もはや抗う術を持たなかった。彼は武器を捨て、曹操に降伏した。だが、曹操は彼を殺すことはしなかった。
「楊秋よ、そなたの行いを許そう。そして、この安定の地を再び治めるがよい」
曹操は、楊秋を復位させ、その地の統治と住民の慰撫を任せた。彼は、敵を滅ぼすだけでなく、その才能を活かし、自らの支配体制に組み込むという、冷徹な覇者としての才覚を示した。
十二月、曹操は安定から軍を引き上げると、長安の統治を信頼する部下たちに託した。行政の才に優れた張既を京兆尹に任じ、治安回復に当たらせた。
「この地を治めるには、武力だけでは足りぬ。民の心をつかみ、秩序を回復するのだ」
一方で、武勇に優れた夏侯淵には、長安の守備と、各地に残る反乱軍の残党勢力の対処を命じた。
「妙才、長安の守りは、お前しかおらぬ。この地を固め、将来の漢中、そして蜀への道を開くのだ」
こうして、曹操は関中を完全に掌握し、その地を自らの支配の盤石な基盤とした。それは、彼が天下統一への道を、着実に、そして冷徹に進んでいることを示していた。
建安十七年正月、曹操は幾多の苦難を乗り越え、ついに本拠の鄴へと帰還した。潼関の戦いは、疑心暗鬼を生み出す離間の計と、知恵を絞った奇策によって勝利を収めたが、その代償は決して軽いものではなかった。
敵の激しい抵抗と、渡河の際の混乱、そしてその後の掃討戦によって、曹操軍は一万を超える死者を出していた。兵士たちの遺体が累々と横たわる大地を後にして、彼は静かに帰還の途についた。
「戦は、勝った者が正しい。だが、この勝利の影に、これほどの犠牲があったとは…」
彼は、戦前、魏郡太守であった衛覬が、関中の諸将を討伐することに反対したことを思い出していた。衛覬は、諸将が結託して抵抗すること、そして戦線が拡大する危険性を予見していたのだ。
当時、勝利に酔っていた曹操は、その意見を軽んじた。しかし、実際に戦ってみて、彼は衛覬の意見がいかに的を射ていたかを痛感した。
「わしは、人の意見に耳を傾けることを怠った。勝者たる者、慢心してはならぬ…」
この勝利に隠された大きな代償は、曹操に謙虚さという新たな教訓を与えた。彼は、この一件以来、衛覬の意見を深く重んじるようになったという。
潼関の戦いの勝利を経て、曹操は自らの内政にさらなる磨きをかけた。彼は、もはや武力による天下統一だけを追い求めてはいなかった。彼が目指したのは、強固な法と制度によって支えられる、盤石な国家の樹立だった。
「戦は武によって勝ち、国は文によって治める。この二つが揃わねば、真の天下統一は成し得ぬ」
彼は、天子を奉じ、自らを法の下に置くことで、権力と秩序が両立する新たな統治体制を構築しようとした。その一環として、彼の支配が及ぶ全ての県に、学校が設立された。それは、単に学問を教える場ではなく、彼の思想と法を民に知らしめ、人材を育てるための礎だった。
彼は、自らの治世が単なる武力による支配ではないことを、天下万民に示す必要があった。古き法に則り、新たな秩序を築く。それが、この乱世を終わらせる唯一の道だと信じていた。
建安十八年三月、曹操はさらに大胆な政治的措置を講じた。古代の地理書『禹貢』に定められた九州の区分に則り、涼州を廃止し、雍州に併合すると発表したのだ。
「名義を正し、天下を統一する。この一歩こそが、未来を拓く…!」
当時、曹操の実効支配は関中までであり、涼州の河西、隴右には未だ及んでいなかった。しかし、彼は、長安を治所とする雍州に両地域を名目上組み入れることで、将来的な統治を正当化し、自身の版図を世に知らしめた。それは、武力に頼るだけでなく、古代の権威を利用して自らの行為を正当化する、曹操の巧みな政治手腕の表れだった。




