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官僚、乱世を駆ける  作者: 八月河
天下三分其の二を得る
13/34

第十三回 曹孟徳蓄謀以久 袁本初発兵南下

官渡の戦いが迫る日々、許昌は奇妙な静けさに包まれていた。北の空には、袁紹という巨大な嵐が迫っているというのに、私の執務室では、血生臭い軍議の代わりに、紙と筆の音が静かに響いていた。


私は、荀彧と向き合っていた。彼は、法治国家の基盤となる法律の草案を、一枚ずつ、丁寧に私に説明していた。


「曹公、この法案は、官僚の不正を厳しく罰するものです。血筋や身分に関わらず、法を犯した者は、平等に罰せられます」


その言葉に、私は静かに頷いた。


「文若、この法が、私が目指す国の礎となるのだな」

「その通りです。王の気まぐれに左右されぬ、永続的な国家の基盤となるでしょう。この法が制定されれば、もはや帝の密勅に怯えることもなくなります」


彼の言葉には、献帝という権威を恐れ、宮中への参内を控えるようになった私への深い配慮が込められていた。彼は、私という「宰相」が法律によって国を治め、献帝という「君主」が権威の象徴となる、新しい国家の姿を、着実に形にしていた。


その日の午後、私は、今度は郭嘉、荀攸、程昱らと軍議を開いた。議題は、来るべき袁紹との決戦についてだ。


郭嘉は自信に満ちた笑みを浮かべ、不敵に言い放った。


「袁紹の配下に使える者などおりません。和平する必要も当然ありません」


その言葉に、私はわずかに眉をひそめた。


「しかし、袁紹の支配する土地には、士は広く集まり、民は多くいる。配下の許攸、郭図、審配、逢紀らは皆智謀に長け、田豊、沮授は忠臣として名を馳せている。顔良、文醜もその勇を三軍の冠するもの。高覧、淳于瓊らは当世の名将だ。彼らに使える人間がいないとは、言い過ぎではないか?」


私の懸念に対し、郭嘉は冷徹な眼差しで答えた。


「百万の大軍だろうが、烏合の衆に過ぎませぬ。田豊は剛毅すぎて上意を犯し、許攸は欲張りで智が足りず、審配は威張るだけで謀がなく、逢紀は有能だが使えない。それぞれ水と火のように相容れません。顔良、文醜などは匹夫の勇を誇るだけの輩。その他は凡庸な者ばかり。相手としては不足なものよ」


そう言い切ると、彼はさらに続けた。


「大軍に勝つために、必ずしも大軍は必要ありません。劉邦と項羽の戦いを、ご存知でしょう?項羽は強大でありながら、智に勝る劉邦に敗れました。私は、袁紹に劉邦のような知恵はなく、曹公に項羽のような欠点はないと見ています。曹公には十の勝機があり、袁紹には十の敗因があります」


郭嘉は、十本の指を立て、一つずつ折りながら、その理由を語り始めた。


「第一に、道勝。袁紹は形式を重んじますが、曹公は自然体でいらっしゃる。第二に、義勝。袁紹は偽りの大義を掲げますが、曹公は帝をお守りするという正義を掲げておられる。第三に、治勝。世は寛大すぎましたが、袁紹はさらにそれを助長しています。しかし曹公は、厳格な法で乱れを正している」


彼の言葉は、私の心を深く揺さぶった。彼は、私が密かに抱いていた理想を、まるで読んだかのように言語化していく。


「第四に、度勝。袁紹は疑心暗鬼で身内しか信用しません。しかし曹公は、才能ある者は皆、分け隔てなく用いる。第五に、謀勝。袁紹は決断が遅く、せっかくの策も無駄にしています。曹公は策を立てれば即実行される」


郭嘉は、そこで一度言葉を区切ると、私と向き合った。


「第六に、徳勝。袁紹は名声のために表面的な善行をしますが、曹公は心から人に尽くしておられる。第七に、仁勝。袁紹は目の前の哀れな者に情けをかけますが、曹公は遠方の民にまで恩恵を与えておられる」


彼の言葉に、私は静かに頷いた。


「第八に、明勝。袁紹の陣営は権力争いが絶えませんが、曹公の元では讒言は通用しない。第九に、文勝。袁紹は正しい判断ができませんが、曹公は善を礼で褒め、悪を法で裁いている。そして最後に、武勝。袁紹は虚勢を張るばかりで兵の要を知らない。しかし曹公は、常に少ない兵で大軍を打ち破ってきた」


郭嘉は、そう言って不敵に笑った。「袁紹軍は烏合の衆に過ぎませぬ。奴らの大軍など、砂上の楼閣に過ぎませぬ!」


彼の言葉は、まるで霧が晴れるように私の心に広がり、勝利への確信を揺るぎないものに変えていった。


郭嘉の言葉に続き、荀攸は官渡の地形図を広げ、兵糧の輸送ルートについて、細部にわたる策を説明した。


「兵力差を埋めるには、兵站の完璧さが不可欠です。兵糧さえ確保できれば、持久戦にも持ち込めます」


程昱は、袁紹軍の性格を分析し、最も効果的な戦術を語った。


「袁紹軍は規律を嫌います。持久戦で彼らの士気を削ぎ、焦りを誘うのです。そして、烏合の衆が自壊したところで、一気に叩く。これが上策と見ます」


彼らの議論は、まるで一つの巨大な機械のようだった。すべての歯車が、勝利という一つの目的のために、完璧に噛み合っていた。私は、ただ、彼らの言葉に耳を傾けるだけで、勝利への道筋が、鮮明に見えてくるようだった。


その一角に、賈詡は静かに控えていた。私はあえて、彼に意見を求めなかった。彼は、必要とされない限り、決して口を開かない。だが、その冷徹な眼差しは、すべてを見通しているようだった。彼は、私の最後の切り札だった。


そして、戦場には、私が最も信頼する将軍たちがいた。


夏侯惇は、片目をぎらつかせ、血気盛んに言った。


「曹公、ご命令とあらば、この元譲が袁紹の首、獲ってご覧にいれますぞ!」


彼の存在そのものが、兵士たちの士気を鼓舞する。


夏侯淵は軽やかに言った。


「風のように戦場を駆け回り、奴らの背後を突き、混乱に陥れて差し上げましょう」


彼の率いる騎兵は、遊撃戦の天才だ。


曹仁は静かに答える。


「いかなる敵の攻撃も、我が堅固な防御は決して通しません」


彼は、守りの要だった。


そして、呂布の元から加わった張遼は、その武勇と冷静な判断力で、軍の先頭を担う。


「曹公、我らが、全軍の突破口を開いてみせましょう」


于禁は厳格な規律で部隊を統率し、徐晃は剛勇で敵を打ち破る。彼らの下には、多種多様な才能を持つ副将たちがいた。


その日の夜、私は、一人静かに空を見上げた。


「袁紹よ、貴様の兵力は確かに脅威だ。だが、この私には、この国で最も優れた才覚を持つ者たちがいる。そして何より、この戦いには、法と秩序によって統治される、永続的な国家を築くという、大義があるのだ…」


私の心は、軍事と内政、二つの「戦場」を行き来していた。袁紹との戦いで勝利しなければ、私が荀彧と描いた理想も、机上の空論に終わる。しかし、戦後の国家を築く準備がなければ、私はただの覇者で終わるだろう。


私は、静かに呟いた。


「私は、ただの覇者ではない…」


私は、官渡の戦いを前に、内政の基盤を固めた。


あとは、戦場で、すべてを証明するだけだ。


曹操が準備を進めていると同時に最強の群雄の一人袁紹もゆったり、のっそりと準備を進めていた。


劉備が曹操に反旗を翻したと知った時、私は高らかに笑い飛ばした。


「ハハハ!見たか、曹操め!お前が天下の英雄だと?所詮は劉備ごときに足元をすくわれる小物よ。真の英雄は、この私だけだ。天命はとうに決まっている…」


その時、配下の田豊が、顔を赤くして私の下に進み出てきた。彼の顔は、この上なく真剣だった。


「将軍、これは天が与えた好機にございます!曹操は、劉備を追うため兵を分散させております。今を逃せば、後々まで悔いることになりましょうぞ!」


田豊の言葉は、理にかなっていた。だが、私はその進言を、私の威厳を貶める不遜な口答えだと感じた。


「田豊よ、わが子、尚の病が治らぬうちは、遠征はならぬ。これは天命だ」


子の命より、天下の大事か…?愚かなことを。私の天下は天命によって定まっている。焦る必要などないのだ。この安寧こそ、私の器の証だ…


私は、私の心の中の小さな不安を打ち消すように、自らに言い聞かせた。


それから数ヶ月が経ち、息子の病が癒えた私は、ついに南征を決意した。長年、私のために苦労を共にしてきた忠臣、沮授と田豊は、私の下で再び膝を突き、口を揃えて諫言した。


「大将軍、曹操は兵が少なく、物資も乏しい。我らは兵糧も兵力も十倍にございます。じっくりと構え、戦わずして勝つべきです!兵を国境に留め、一進一退の攻防を続ければ、必ずや曹操は自壊します!」


だが、彼らの言葉は、私の耳には届かなかった。私は、彼らに見下したような笑みを浮かべた。


「お前たちの言葉は、あまりにも臆病すぎぬか?」


すると、郭図や審配らが私に進み出て、熱弁を振るい始めた。


「大将軍、曹操ごとき、速戦をもって一蹴すべきにございます!持久戦など、臆病者たちが取るべき策!名門袁家の武威を、天下に示してやりましょうぞ!」


彼らの言葉は、私の自尊心を心地よくくすぐった。


そうだ!私の武威こそ、この天下を平定するにふさわしい!持久戦など、弱者が取るべき策だ!彼らが正しいのだ!


私は、私の言葉を聞き入れぬ田豊を睨みつけた。


「将軍、悔やまれませぬか!この好機を逃せば、必ずや敗北しますぞ!」


「黙れ!この減らず口め!貴様のような臆病者は、もはや私の軍に必要ない!」


私の怒りは頂点に達し、田豊を投獄するよう命じた。


田豊を牢に繋いだ後も、私はなお、私の正義を天下に知らしめる必要性を感じていた。私は、文才に優れた陳琳を呼び寄せた。


「陳琳よ、貴様の筆で、我が軍に大義を与えよ。天下に知らしめるのだ、曹操が何者であるかを!」


陳琳は静かに応じた。


「将軍のご期待に沿いましょう。彼の祖先が宦官であること、そして漢王朝への不忠を、余すことなく書き記します」


「ふむ。ただの罵倒ではならぬぞ。天下の文人をも感嘆させるほどの、流麗な文で書くのだ。それでこそ、私の威光にふさわしい」


私は、この檄文が天下に響き渡る日を夢想した。


陳琳は筆を手に取り、見事に書き上げた。


討曹操檄文


そもそも聞く、明主は危きを圖りて以て變を制し、忠臣は難を慮りて以て權を立つと。是を以て非常の人有る、然る後に非常の事有り。非常の事有る、然る後に非常の功を立つ。夫れ非常なるは、固より非常の人に擬せらるる所に非ざるなり。


曩に、強秦の弱き主にして、趙高が柄を執り、朝權を專制し、威福は己に由る。時の人は迫り脅かされ、敢て正言する者莫し。終に望夷の敗を望み、祖宗は焚滅せられ、汚辱は今にまで至り、永く世の鑑と為る。及びて呂后の季年に臻り、産、祿、專ら政を為し、内は二軍を兼ね、外は梁、趙を統ぶ。ほしいままに萬機を斷ち、事を決するに省禁す。下は陵ぎ上は替り、海内は心寒し。是に於て絳侯、朱虛、兵を興して奮怒し、逆暴を誅夷し、太宗を尊び立てり。故に能く王道は興隆し、光明は顯融せり。此れ則ち大臣が權を立てし明らかな表なり。


司空曹操、祖父中常侍騰は、左悺、徐璜と並びて妖孽をなし、饕餮として橫なるを放ち、化を傷ひ民を虐げたり。父嵩は乞匄に攜養せられ、贓に因りて位を假る。金を輿ぎ璧を輦て、貨を權門に輸し、鼎司を竊盜し、重器を傾覆せり。操は贅閹の遺せる醜き者にして、本より懿德無し。僄しく狡猾にして鋒俠、亂を好み禍を樂しむ。


幕府は董卓を統べ鷹揚し、兇逆を掃除せしに、續いて董卓に遇ひ、官を侵し民を暴げたり。是に於て劍を提げ鼓を揮ひ、東夏に命を発し、英雄を收羅し、瑕を棄てて用ゐたり。故に遂に操と諮し合謀し、裨師を以て授く。其の鷹犬の才にして、爪牙に任ずべしと謂へり。乃ち愚にして佻く短き略、輕く進みて易く退き、傷夷折衂し、數師徒を喪ふに至る。幕府は輒ち復た兵を分かち銳きを命じ、修完補輯し、表して東郡を領し袞州の刺史と為し、虎文を以て被せ、威柄を獎成せり。秦師の一剋の報を得んことを冀ひしなり。而るに操は遂に資を承けて跋扈し、恣に凶忒を行ひ、元元を割剝し、賢を殘し善を害せり。


故に九江太守邊讓は、英才俊偉にして、天下に其の名を知られ、直言正色、論ずるに阿諂せざるも、身は梟懸の誅を被り、妻拏は灰滅の咎を受く。此れ自り士林は憤痛し、民の怨みは彌重し。一夫臂を奮へば、舉州同聲なり。故に躬は徐方に破られ、地は呂布に奪われ、東裔に彷徨し、蹈據する所無し。幕府は強幹弱枝の義を惟ひ、且つ叛人の黨に登らざるが故に、復た旌を援き甲を擐ひ、席捲して起ち征せり。金鼓響き振るへば、布の眾は奔沮せり。其の死亡の患を拯ひ、其の方伯の位を復せり。則ち幕府は兗土の民に德無しと雖も、操に於て大なる造す有り。

後、會々鑾駕返り旆し、群賊政を亂す。時に冀州は方に北鄙の警有りて、局を離るるに遑あらず。故に従事中郎徐勛をして、就いて操を發遣せしめ、郊廟を繕修せしめ、幼主を翊衛せしむ。操は便ち志を放ち、專ら脅遷を行ひ、當に省禁を御すべし。王室を卑侮し、法を敗り紀を亂す。坐して三臺を領し、專ら朝政を制す。爵賞は心に由り、刑戮は口に在り。愛する所は五宗を光らせ、惡む所は三族を滅ぼす。群がり談ずる者は顯誅を受け、腹に議する者は隱戮を蒙る。百僚は口を鉗し、道路は目を以てす。尚書は朝會を記するに、公卿は員品を充たすのみ。


故に太尉楊彪は、二司を典歷し、國に極位を享く。操は睚眥に因り、非罪を以て被す。榜楚は參並し、五毒は備に至る。情に觸れて任すに忒ひ、憲綱を顧みず。又た議郎趙彥は、忠諫直言、義に納るべき有り。是を以て聖朝は含聽し、容を改めて錫を加ふ。操は時の權を迷はし奪ひ、言路を杜絶せんと欲し、擅に收め立てて殺し、報を聞くを俟たず。又た梁孝王は先帝の母の昆にして、墳陵は尊顯なり。桑梓松柏、猶ほ肅恭宜しきも、而るに操は將校吏士を帥ゐ、親ら臨みて發掘し、棺を破り屍を裸にし、金寶を掠取せり。今にまで聖朝は涙を流し、士民は心を傷ましむ!


操は又た特に發丘中郎將、摸金校尉を置き、過ぎし所は隳突し、骸として露はれざる無し。身は三公の位に處りて、盜賊の態を行ない、國を汚し民を害し、毒は人鬼に施す!加ふるに其の細政は慘苛にして、科防は互に設く。罾繳は蹊に充ち、坑阱は路を塞ぐ。手を舉ぐれば網羅に挂かり、足を動かせば機陷に觸る。是を以て袞、豫は聊も民無く、帝都には吁嗟の怨み有り。載籍を歷觀するに、無道の臣、貪殘酷烈、操に於て甚しと為す。


幕府は方に外の姦を詰め、未だ整訓するに及ばず。加ふるに緒は容を含むに、彌縫すべしと冀へり。而るに操は豺狼の野心にして、潛かに禍謀を包み、乃ち棟梁を摧撓し、漢室を孤弱ならしめんと欲す。忠正を除滅し、專ら梟雄と為らんとす。往者、鼓を伐ちて公孫瓚を北征せしに、強寇は桀逆、圍を拒むこと一年なり。操は其の未だ破れざるに因り、陰かに書命を交へ、外は王師を助くとし、内に相ひ掩襲せり。會々其の行人の發露し、瓚も亦た梟夷せしが故に、鋒芒は挫縮し、厥の圖は果てず。今乃ち敖倉に屯據し、河を阻みて固と為し、螳螂の斧を以て、隆車の隧を御さんと欲す。


幕府は漢の威靈を奉じ、宇宙を折衝す。長戟百萬、驍騎千群。中黃、育獲の士を奮ひ、良弓勁弩の勢を騁す。并州は太行を越え、青州は濟漯を渉る。大軍は黃河を汎びて以て其の前に角ひ、荊州は宛葉を下りて以て其の後ろを犄む。雷震し虎步し、並びに急に虜廷に向はば、若し炎火を舉げて以て飛蓬を炳し、滄海を覆ひて以て熛炭を沃がば、何ぞ滅ぼさざる者有らんや?又た操の軍吏士、其の戰ふべき者は、皆幽、冀より出で、或は故の營部曲にして、咸怨曠として歸らんことを思ひ、涙を流して北を顧みる。其の餘の袞、豫の民は、乃ち呂布、張楊の餘眾にして、覆亡に迫り脅され、權に時に苟も從ふ。各創夷を被り、人として讎敵と為る。若し旆を回し徂くに反り、高崗に登りて鼓吹を撃ち、素揮を揚て以て降路を啓かば、必ずや土崩瓦解し、血刃を俟たざらん。


方今漢室は陵遲し、綱維は弛絶す。聖朝には一介の輔も無く、股肱には折衝の勢も無し。方畿の内、簡練の臣は、皆頭を垂れ翼を搨れ、恃む所莫し。忠義の佐有りと雖も、暴虐の臣に脅せられ、焉んぞ其の節を展ぶる能はんや?又た操は部曲の精兵七百を持して、宮闕を圍み守る。外は宿衛を託するも、内は實に拘執せり。其の篡逆の萌、斯に因りて作らんことを懼る。此れ乃ち忠臣が肝腦地に塗るの秋、烈士が功を立つるの會なり、勗めざるべけんや?


操は又た命を矯りて制と稱し、使を遣はし兵を発す。邊遠の州、郡は過ちて聽き與へ、眾に違ひ旅に叛き、舉りて以て名を喪ひ、天下の笑ひと為らんことを恐る。則ち明哲は取らざるなり。即日、幽、并、青、冀の四州は並びに進め。書荊州に到らば、便ち現兵を勒し、建忠軍と聲勢を協同せよ。州郡は各おの義兵を整へ、境界に羅落し、武を舉げ威を揚し、並びに社稷を匡さば、則ち非常の功は是に於て著はれん。


其の操の首を得たる者は、五千戸侯に封じ、錢五千萬を賞せよ。部曲偏裨將校諸吏の降れる者は、問ふ所ある勿れ。廣く恩信を宣し、符賞を班揚し、天下に布告し、咸聖朝に拘迫の難あるを知らしめしめよ。律令の如し。


これこそ、真の天下統一にふさわしい。私は武力だけでなく、文をもって、曹操を打ち破るのだ。陳琳の文才と、私の威光があれば、天は必ずや我らに味方する…


私はなお、配下たちに問い続けた。特に許攸は、私の腹心であった。


「我が軍の兵糧はどれほど持ちこたえられるか?」


私の問いに、許攸は焦燥感を隠せない声で進言してきた。


「将軍、このままでは兵糧が尽きます!ここは軽装兵で許都を奇襲し、曹操を…」


「たわけたことを申すな!」


私は、許攸の言葉を遮って、激昂した。


兵糧が尽きるだと?この袁家の潤沢な物資を見て、何を愚かなことを申すか!私の尊厳を深く傷つけるとは…!


「たかが一将軍の分際で、この大将軍に指図するとは何様のつもりだ!私の兵が飢えるだと?この袁家の潤沢な兵糧を前に、貴様は愚かだ!」


私の怒りとは裏腹に、許攸の顔から血の気が失せていくのが見えた。そして、許攸の家族が審配によって捕らえられたと知った時、彼は私の元を去っていった。


許攸め、なぜ私に忠を尽くせぬのだ!やはり、天下の英雄は、私を除いては誰もおらぬのだ…


その夜、私はただ一人、静かに南の空を見つめていた。十倍の兵力、潤沢な兵糧、そして、この天下に並ぶ者とてない私の威信。


私は、自らの完璧な勝利を確信していた。そして、私は全軍に南下を命じた。


すべては、私の計算通りに進むはずだった。


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