第29話 思い出の裏庭
◇◇
「リューン様。こちらは、もういいので、二人で抜けませんか?」
「…………………は?」
いい具合に、挨拶回りが済んで、お酒も進んでいた頃……。
アルカは、すっかり場に溶け込み、愛想笑いを身につけていたリューンに、そう切り出した。
青白花祭の宴は、明け方まで続く。
そんなことに、疲労困憊の八十歳の彼を付き合わせたくはなかった。
リューンは二つ返事で了承して、そっと抜け出したアルカについて来たが、少し不安そうだった。
アルカも正直心配だったが、自分で誘った手前、どんと胸を張るしかなかった。
「平気ですよ。リューン様。領主なんかいない方が皆、寛げますから」
「…………まあ、そうかもしれませんけど」
リューンが微妙に納得しながら、渡り廊下を真っ直ぐ進むアルカに続く。
「で、アルカさんは、何処に、行くんです?」
「リューン様を、お部屋にお送りしているんです。随分と無理をなさったと思いますので、部屋で休んでください。八十歳の御身では、夜の宴会は疲れるはずです」
「………はあ」
「分かっています。そのお姿、魔法で若返って下さっているんですよね? 皆の手前、魔導師に年齢は関係ないと仰ったのでしょうけど、でも、ここ最近、様子がおかしかったのは、私がリューン様に、無理をさせてしまったからですよね? 私、本当に申し訳なくて。貴方に謝罪をしたくて……ずっと」
「それは違っ……! ……いや。まあ、そうきますよね。ええ」
リューンが暗い声で、ぼそぼそと言った。
先程の鋭さは、何処にいったのだろう。
(嫌だわ。きっとリューン様は、体力切れなのよ。早く部屋に帰して差し上げないと)
アルカは、慣れない靴で早歩きになる。
しかし……。
「リューン様?」
突然、ドレスの袖を、リューンが軽く引いたのだった。
「ねえ、アルカさん」
「はい?」
「もしかして、私を送ったら、その足で宴会に戻ろうなんて考えていませんか?」
「………そ、そんな、まさか」
「考えているようですね」
真顔で、きっぱり断言されてしまった。
(バレバレなのね)
顔に出てしまったのか?
最後まで皆と付き合わないと、アルカは、立場上まずいと思っていたのだが……。
「それは駄目です。私を帰すのなら、君も戻って休んでください。君が宴席に戻るのなら、私も戻りますからね」
「どうしてですか?」
「あちらには、君の弟妹がいます。また何か難癖つけてくるに違いありません」
「難癖?」
「ドリス殿は、ミスレル国王の命令。ヒルデ殿は私が間に入ったことで、安易に借金が出来なくなったことに対する腹いせ。彼らは、各々目的があって、まだサウランに留まっているのですよ」
「なっ? 何ですか。それ?」
――ミスレル国王の命令?
――借金?
そんなこと、アルカは知りもしなかった。
単純に、二人は姉のことを嗤いに来たのだと思っていたのだ。
「特に、ドリス殿の方は、ミスレル国王の命令で私を探らなければならないようですが、どうやら探るのも面倒らしく、私達が離婚してしまえばいいと、めちゃくちゃな理屈で動いているようです」
「我が義弟ながら、そこまでするなんて。でも……そんなことまで、どうして、リューン様はご存知なのですか?」
「えっ……と。それは」
リューンが陰鬱な表情で、頬をかいている。
「それは、君が言っていた私の「孫」が知らせてきたからですよ。あれは情報収集能力だけは長けているんです。今も少々頼み事をしているところです」
「そうなんですか。あの子にそんな凄い力があるなんて」
「別に、凄くはないですけどね」
(やけに辛辣ね?)
どうもリューンは、あの少年に対して心証が悪いようだ。
……まあ、窓に逆さ吊りになって、笑っているような子だ。
普通では、ないのだろうが……。
でも、リューンと近しい関係なのは、正直羨ましい。
「魔法……。私も、習ったら使えるんでしょうか?」
「…………なぜ? そんなことを?」
「何となく……。思いつきですが」
「君は、習う必要もないものです」
「……………」
速攻で、断られてしまった。
(才能なし……か)
自分が役立たずなような気がして、アルカは少し悲しかった。
「どうしました?」
「いえ、何でもありません」
しかし、アルカが悄然としていることを、リューンは見抜いていたらしい。
「アルカさん。部屋に戻る前に、少し寄り道をしても良いでしょうか?」
「どこにですか?」
「すぐに分かります。誰にも気づかれないうちに、さっさと、行きましょう」
有無をも言わさない勢いで、リューンは強引にアルカの前を先導して行ってしまった。
「ま、待って下さい。リューン様はお疲れでしょう? 体は大丈夫なんですか?」
「みくびらないで下さい。私はまったく疲れてなんかいません」
「そんなはず……」
先ほど、微かに触れた手が熱かったのだ。
絶対、早く戻って休んだ方が良いのに、彼は渡り廊下から外れて、ずんずん庭の小道を歩き始めている。
秘密の小道。
アルカには、彼が目指している場所がすぐに分かった。
「庭……ですか」
「そう。君が幼い頃から、悲しいことがある度に逃げ込んでいた……裏庭です」
リューンは慣れた感じで、四阿の長椅子に腰掛けた。
アルカは迷ったが、リューンがわざわざ手巾を広げて置いてくれたので、隣にちょこんと座ることにした。
「せっかくの青白花祭なんですから、お花見をしなければ、つまらないでしょう?」
「……花見……ですか。でしたら、もっと見栄えの良い場所が、すぐ近くに……」
「私は、ここが良いのですよ」
迷いなく言い切られてしまうと、アルカも反論できない。
ここは、花を愛でる場所ではない。
アルカ以外、立ち入らないので、もはや手のつけようがないくらい、荒れ放題だろう。
(昔、有名な祈祷師から、裏庭には「魔物」が封じられてるって言われて、使用人はみんな怖くて近づかなくなってしまったのよね)
頬を撫でる微風。
辛いことがあった時、いつもアルカは一人でここを訪れていた。
でも、今はリューンと二人だ。
ランプすら用意していなかったが、月明かりが程よく庭全体を照らしてくれて、目を凝らさずとも、すべてが見えた。




