第25話 弟妹に離婚を勧められる
◇◇
(頑張った……私)
きちんと、公の場で挨拶することができた。
高揚感と達成感。
賓客たちの笑顔は好意的に見えたし、自分は拒否されていない。
受け入れてもらえたことが、アルカの自信にも繋がった。
だから、着席するまでのわずかな時間、アルカの心は満たされていた。
……しかし。
用意されていた席の隣に、盛装姿のドリスとヒルデがいたことで、瞬時にアルカのは頭の中は真っ白になってしまった。
「ど……して? 貴方たちが?」
「いちゃ悪い? 僕とヒルデは義姉さんと違って、毎年青白花祭には参加しているんだ。今年から参加しないっていう理由はないだろ?」
「でも、そんな頻繁にアーデルハイドだって、検問を通してくれないでしょう?」
「叔父様に融通してもらったんだ。聞いてないの?」
「聞いてないわよ。大体、貴方たちが座っている席は、叔父様と副司祭の席で……」
「ああ、叔父様に酒代を渡して、席を譲ってもらったんだ」
最低だ。あの不良司祭。
「何で、そこまでして?」
アルカは誰にも聞かれないよう、小声で話しかけているのに、彼らは一切気にしていないようだった。
「もちろん、面白そうだからよ」
「これの何が面白いのよ? ヒルデ」
「面白いじゃない。こんな愉快な見世物はないわよ。あのジイサンがどんな装いで、青白花祭にやって来るのか、私、興味があるもの」
確かに、全身を覆い尽くす黒ローブ姿以外のリューンは、アルカも見たことがないが……。
今回は、そういう問題ではない。
アルカは小さく咳払いした。
「リューン様は、不参加よ」
「は?」
ドリスがあからさまに、疑いの目を向けてくる。
「当然でしょ」
アルカは彼らから目を逸らして、懸命に言い訳を述べた。
「彼が参加することを面白く思わない人たちだっているわ。今回の宴席も不参加にして欲しいって、私から頼んだのよ」
「ふん。そういうのが、かえって余計な憶測を呼ぶんじゃないか?」
「だとしても、これが最善だと判断したのよ」
「ねえ、姉様? 正直になって。オジイサマ……惚けているんでしょ?」
ヒルデがあっけらかんと、告げた。
「私、オジイサマが耄碌しちゃったって、噂で聞いたけど?」
「ああ、ヒルデも? 僕も聞いたよ」
「何で、貴方たちは、そんなことばかり……」
「だから、ね? それこそ、慰謝料を貰えるだけ貰って、兄様のところに行ったらいいじゃない?」
ヒルデがアルカのドレスを凝視して、脳内で値段を弾きだしているようだった。
どうして、年に一度の宴席で、こんな下世話な話をしなければならないのか?
アルカの呆れ顔に気づいたドリスが、グラスに酒を注ぎに来た給仕の女性たちに、わざと聞こえるように言い放った。
「義姉さんもさ、そうやって、いかにも自分が被害者ですって顔しているけど、今回の結婚。ミスレル国王が大層お怒りなんだよ。常識的に考えてもみなよ。義姉さんのしていることは、隣国の間者みたいなものだ。僕達はミスレルで暮らしているんだ。非国民って言われて、暮らせなくなったら、どう責任とってくれるの?」
「……でも。先にサウランを見捨てたのは、陛下の方よ」
「それでも、サウランの民が暢気にアーデルハイド人と共存している姿を見れば、戦争が始まる前から、サウラン領はアーデルハイドと密約を交わしていたとか……。陛下も訝るでしょ?」
「……だからって」
「ねえー。だからー。何度も言ってるでしょ。姉様。慰謝料よ。とりあえずオジイサマと離婚したら、陛下も見逃してくれるって仰ってるんだから」
(……離婚? 何、勝手に領地を割譲したくせに、今度は離婚しろって?)
ミスレル国王の人格など、今まで想像したこともなかったが、話が真実なら酷すぎる。
勝手に戦って、勝手に負けて、そしてアーデルハイドに割譲されても、何とか頑張っていたら、今度は「裏切り者」呼ばわり?
そんなことってあるのか?
(待って。ドリスの言い分を鵜呑みにしてはいけないわ)
戦勝国のアーデルハイド側、リューンから離婚を命じられるのならまだしも、ミスレル側から、再びアーデルハイドを敵に回すような「離婚」なんて荒っぽい命令を、王が下すはずがない。
(ああ、もう。苛々する。こんなんじゃ駄目なのに)
この後、乾杯の合図をアルカがする流れになっているのだ。
でも、落ち着きたいのに、落ち着けない。
……こんな時、リューンだったら、どうするのだろう?
彼だったら?




