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第2話 義弟は私を一生タダ働きさせたいらしい

◇◇


 初めてレト様と会ってから、十五年後。

 記憶を辿る限り五度目の「葬式」を、アルカは経験していた。

 そして、今回の葬式は十九年の人生の中でも、最も辛い展開が用意されていたのだった。


「……だからさ、こんな物騒な土地。早く捨ててしまえばいいんだって」


 応接室の長椅子に足を組んで座って、偉そうにふんぞり返っている喪服姿の茶髪の青年・義弟のドリスは、ぼんやりと煙管を吹かしていた。

 父が亡くなって、本来であれば一家の大黒柱となるべき存在にも関わらず、彼はすでに新婚の妻のもとに帰る気満々のようだった。


「でもね、ドリス。やりたくないって、それだけで放棄できるほど、簡単なことじゃ……」

「どうとでもなるでしょ。僕は妻の実家を継ぐ予定だから、あとのことは、どうだっていいんだよね」

「とりあえず、名前だけでも後継ぎになるっていうことは出来ないの?」

「そんなこと現実的に不可能だってこと、分からない? とにかく、僕はこんな厄介な田舎の領主なんかにはならない。絶対に嫌だね」


 嫌だと突っぱねられたところで、アルカとて「はい、そうですか」と、あっさり認めるわけにはいかないのだ。


「だけど、それはあまりにも無責任なことでは? 領民の暮らしもあるし、借金だってあるわ。私だってここを出たら行くあてなんて……」

「だから、義姉さんだけなら僕が預かってあげるって。丁度、我が家でも馬小屋の掃除係が不足していてね。誰かを雇うより、身内の方が気も楽だからね」

「それって……」

「義姉さんのような無能な人でも、戸籍上は僕の身内だ。可哀想だから拾ってあげるって言ってるのに態度悪いよね? こんな好条件、泣いて喜んでもらいたいくらいなんだけど?」

「いやいや」


 それはない。

 ――というか、違う意味で泣き叫びたくなっている。

 ドリスの提案とやらは、つまり義姉として引き取るというのではなく「下女」として、一生タダ働きさせてやるということではないか? 


(何をしれっと「してやってる感」を出しているのよ。……ああ、怒り狂いたい。けど、そんなことしたって、何の意味もないのよ)


 アルカは冷静になるべく、咳払いをした。


「私のことはともかく。この……サウランの領民たちは、絶対に戸惑うわ」

「そんなこと、義姉さんだって知ったことじゃないだろ?」

「そうよ。そんなこと気にしていられる身分じゃないでしょ。姉様は」

「……ヒルデ」


 ドリスとの会話を遮ったのは、先程から、溜息ばかり吐いて「早く話を終わらせろ」と強い自己主張を唱えていた妹ヒルデだった。

 父母が再婚後に授かった子供で、アルカとは五つ年齢が離れている。

 ドリスとヒルデは外見、性格共に似ていて、特に責任問題などが関わってくると、二人で示し合わせたように、アルカを窮地に追いやるのが得意だった。


「人って意外に逞しいものよ。どういう形だって、みんな生きていけるわ。サウランのみんなも、姉様もよ。それに、借金を踏み倒す良い機会じゃない。金目のものを持って出て行ったらいいわ」

「貴方って人は」


 うふふっと、妹は無駄に艶っぽい笑みを浮かべているが、まったくアルカの方など見ていない。姉のことなど、どうでもいいのだ。


(まあ、知っているけど)


 彼女は王都で通っている学校に、沢山の恋人たちを待たせているのだろう。


 ――知ってはいたけど……。


(はあ……。父様。私、一体どうしたら良いのよ?)


 助けて……と、心の中で手を合わせる。

 だけど、この崩壊した家族内で、唯一会話が通じていた父は、もうこの世にはいないのだ。


 ――二十日前。

 父は突然、天に召されてしまった。


(この……一番、厳しい時にあっという間に逝ってしまうなんて)


 運命は残酷だ。

 父が急死した日から眩暈がするほど忙しくて、アルカは悲しむ時間すら持てていない。

 もう少し、休ませて欲しいのに……。

 それなのに、こういう時に限って、ほとんど実家に立ち寄ることもしなかった弟妹たちは元気なのだ。


「いずれにしても、ここはもう僕達の国、ミスレルじゃないんだから」


 煙を燻らせながら、ドリスがぼやいた。

 彼が頑なに領主なんて嫌だと言い張る理由の一つはそれだった。

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