12 王太子の決断と、王家の動向
昔々、星々の導きを受けし王がいた。
王が生まれた時、その夜空にはこれまで見たこともないほどの輝く星が広がり、流星が国中を照らした。
人々はそれを「神々の祝福」と呼び、この王こそが世界を統べる者だと信じた。
王は強大な魔力を持ち、星々の力を借りて国を築いた。しかし、どれほどの力を持とうとも、一人で国を守ることはできなかった。
王は、国の礎となる三つの家門を選び、彼らにそれぞれの役割を託した。こうして生まれたのが、この国を支える「三大公爵家」である。
その中でもシルヴァティス公爵家は、王家に最も近い血筋を持ち、王国の防衛と魔力研究を担うこととなった。彼らの魔力は「星の魔力」と呼ばれ、王家と同じ性質を持つ特別な力だった。
王の力が国を導くならば、公爵家はその力を補佐し、守る者として存在する。
そうして長きにわたり、王家と公爵家は互いに支え合い、繁栄を続けてきた。しかし、時代が進むにつれ、魔力だけでなく「未来を予見する力」も求められるようになった。
ここで新たに重要な役割を担うことになったのがエステリア家である。
エステリア家は、「星の導きを受ける者が生まれる」と伝えられ、占星術と未来予測の才能を持つ家門として王家を支えた。彼らの予言があったからこそ、王は戦を避け、豊穣の年を見極め、国をより繁栄へと導くことができた。
王家・シルヴァティス公爵家・エステリア家、この三つの家門が揃うことで、王国は盤石なものとなったのだ。
しかし、時代の流れとともに、星々の導きに頼る者は減り、占星術の価値は次第に薄れていった。
エステリア家の影響力は衰え、やがて没落の道を辿ることになる。それでも王家は、かつての盟約を忘れたわけではなかった。
エステリア家が持つ「星の導き」の力は、今なお王国にとって特別なものだった。
その証として、現公爵アスティンの妻に選ばれたのが、エステリア家の娘、エヴァルシアである。
だが、王国の貴族たちは、この婚姻に懐疑的だった。
彼女は貴族の社交界にもほとんど姿を見せず、公爵夫人としての役割を果たしていない。
「星の導きを受ける者」として期待された彼女が、王国にどのような影響を与えるのか、それを見極めるべき時が来ている。
そして時は現在へと戻る。
王宮の奥深く、壮麗な装飾が施された玉座の間にて、国王は静かに思案を巡らせていた。王国の未来を担う者たち、自らの息子たちのことを考えていたのだ。
第一王子であり王太子のラディウスは、幼い頃から王位継承者としての教育を受けてきた。知略に長け、冷静な判断力を持つものの、感情を表に出すことは少なく、周囲から「無慈悲」とすら評されることもある。
次に、第二王子セドリックは、王家の中でも特に魔力に優れた青年である。王位継承権は低いものの、その才能を活かし、王宮の魔法研究に深く関わっている。
そして、王女レティシア。
彼女は社交界での影響力を持ち、貴族たちをまとめる立場にいる。その美貌と聡明さから、多くの貴族の令嬢や令息が彼女の周囲に集まり、貴族社会における「中心的な存在」となっていた。
国王は、これらの子供たちがそれぞれの役割を果たし、王国を未来へと導いていくことを期待していた。
しかし、王太子であるラディウスの「結婚」が決まらないこと、そして王族としての影響力をどう確立するかが、いま最も頭を悩ませる問題だった。
さらに、貴族たちが公爵家に対して抱く「疑念」も、王宮にとっては無視できない問題となっていた。
こうした状況を踏まえ、国王は王族と貴族の関係をより強固なものとするため、ある計画を進めることを決める。
◆
王宮の謁見の間には、厳格な空気が張り詰めていた。
広々とした空間に響くのは、重厚な衣擦れの音と、控えめな執事たちの足音だけ。
玉座に座る国王は、冷静なまなざしで集まった貴族たちを見下ろしていた。王国の現状を見極めるためのこの場は、もはや形式的なものではない。この国の未来に関わる、重要な決断の場となっていた。
国王は手元の文書に目を落としながら、思考を巡らせる。
最近、王宮内でも不穏な話題が増えている。
地方の不安定な情勢、交易路の混乱、貴族社会の軋轢。
それに加えて、王家の未来を担う王太子や皇子たちの動きも定まらず、政権の引き継ぎをどうするかという問題が浮上している。
この場にいる貴族たちも、その問題を意識しているはずだった。
「報告を始めよ」
国王の低く響く声とともに、宰相ヴェルナーが一歩前へ出る。
「陛下、まずは国内の現状について報告いたします」
ヴェルナーの言葉を皮切りに、各貴族が順番に進み出る。
ロイデン公爵 が前に出る。
彼は北部の領地を治める老練な貴族で、堂々とした体格と鋭い目つきを持つ。深い青の礼服をまとい、手には領地の収穫状況を記した報告書を持っていた。
「陛下、北部の農作地帯における収穫量が、昨年と比べて約二割減少しております。特に小麦の生産が大きく落ち込み、商人たちの買い占めが横行しております」
「その影響で、市場価格が安定せず、庶民の生活にも影響が出ております。また、一部の貴族が流通を独占し、農民たちの不満が募っております」
国王は静かに頷いた。
「対策として、王宮管理のもとで穀物の備蓄を一時的に開放し、市場への供給量を調整せよ。買い占めが横行している地域については、直接監視を行い、不正が発覚すれば厳しく取り締まるように」
「はっ」
ロイデン公爵は深く頭を下げた。次に、バルコム侯爵 が進み出た。
彼は南部の交易管理を担当しており、身に着けた暗紫の衣服は、彼の持つ冷静で計算高い性格を表していた。
「陛下、南部の交易管理においても問題が発生しております」
「商業ギルドの勢力が拡大し、王家の統制が難しくなりつつあります。貴族たちの間でも利権争いが激化しており、最悪の場合、商人が貴族を上回る影響力を持つ事態になりかねません」
国王は眉をひそめる。
「商業ギルドへの監査を強化し、王族直属の交易管理官を派遣する。貴族と商人の利害が対立しないよう、王家としての調整役を立てるのが最善だろう」
「承知いたしました」
そして、エドワード子爵 が最後に進み出た。
武人らしい精悍な顔つきの彼は、漆黒の軍服に近い正装を身にまとい、力強い声で報告を続けた。
「東部では盗賊団の活動が活発化し、王都へ向かう交易路の安全が脅かされております。王宮騎士団の巡回を強化しておりますが、護衛団だけでは対応しきれない規模になりつつあります」
王宮騎士団団長が静かに口を開く。
「陛下、現状の騎士団だけでは、全ての地域を守るのは困難です。対応できる戦力を増やすため、別の騎士団も動員する必要があるかと」
国王は短く考えた後、命じた。
「王宮騎士団に加え、西部駐屯の近衛騎士団を一部派遣せよ。東部の貴族たちにも、護衛の増強を申し伝えよ」
「はっ!」
国王の指示が下され、謁見の間には再びまたとない緊張感が漂った。
「また、貴族たちの間では最近、公爵家の婚姻問題が取り沙汰されております」
ヴェルナーの言葉に、一部の貴族たちが小さくうなずく。
「公爵家の跡継ぎであるアスティン殿が未だに正室としての夫人を持っておらず、それが貴族社会において不安視されております」
「特に、公爵夫人であるエヴァルシア様に関する噂が広まり、一部の貴族からは、別の婚姻候補を探る動きも見られます」
国王は静かに目を閉じた。ヴェルナーは続けた。
「さらに、王太子殿下の政権についても、まだ本格的な動きが見られないことを懸念する声が上がっております」
貴族の一人が進み出て提案する。
「陛下、この件について、王族の皆様に直接お聞きになってはいかがでしょうか?」
国王はしばし考え込んだ。
「……ふむ」
彼は低く息を吐いた。
「王族全員を集め、今夜食事会を開く」
「今夜、でございますか?」
「そうだ。余が直々に、王族たちの考えを聞こう」
「……畏まりました」
「では、準備を進めましょう」
「陛下のご意向に従います」
静まり返る広間の中で、一部の貴族が表情を引き締める。いよいよ噂されていた返答が聞ける。淡い期待を抱きながら、貴族らは返答をする。
次々と返答が続き、国王はそれを静かに受け止めると、謁見の間をあとにした。王国の未来を左右する食事会が、今まさに決定されたのだった。
◆
王宮の大広間の奥に位置する晩餐の間は、すでに煌びやかな装飾と温かみのある灯りに包まれていた。
長い宴席には、王族たちの席が並べられ、中央には国王が座している。
天井に輝く大きなシャンデリアが、細やかな金細工の施された食器を優雅に照らしていた。壁際には控えの侍女や給仕たちが立ち並び、王族の動きに合わせて静かに給仕の準備を進めている。
王族たちが次々と席につき、重厚な扉がゆっくりと閉ざされると、
国王がゆるりと手を挙げ、静かに告げた。
「今宵はただの晩餐ではない。お前たちの考えを聞かせてもらおう」
その一言に、王族たちはそれぞれの表情を引き締めながら、席についた。
国王は、深紅の王衣をまとい、堂々とした姿で中央に座している。
その隣には、第一王妃である レイナ王妃、そしてその子である 第一王子・ラディウス王太子。
ラディウス王太子は、銀の糸で細やかな紋様が織り込まれた深い青の礼服を纏い、洗練された顔立ちと理知的な瞳が印象的だった。幼い頃から王位継承者としての教育を受け、知略に長けた冷静な性格を持つ。
王妃の右手側には、第二王妃・カテリーナ王妃 が座っている。彼女は上品な淡紫のドレスを身にまとい、その隣には彼女の息子である 第三王子・カイル が控えていた。
カイルは栗色の髪に柔らかな緑の瞳を持つ、穏やかな気質の青年だった。ラディウスと比べるとまだ幼さが残るが、落ち着いた気品を持つ。
さらに、第三王妃・エリザ王妃 の席も用意されていた。彼女の娘である 第一王女・レティシア は、長い金髪を美しく結い上げ、豪華な宝石が散りばめられたドレスを纏いながら、優雅に微笑んでいた。
その隣には、第四王妃・ロザリア王妃。
彼女の子である 第四王子・フェルディナンド もまた、鮮やかな赤の装いを身にまとい、年若いながらも気品を漂わせていた。
そして、第五王妃・クラリッサ王妃 の息子、第二王子・セドリック の姿もあった。彼は漆黒の衣服に銀の装飾を施した服をまとい、冷静な眼差しを宿していた。王家の中でも特に魔力の才に恵まれ、王宮の魔法研究に深く関与している。
彼は母であるクラリッサ王妃が若くして亡くなったため、王宮の中ではやや孤立した立場にあった。その影響か、王族の中でも一線を引いた態度を取り、特に魔法研究に没頭することを選んでいた。
貴族や政治よりも、魔法の探究こそが彼にとっての生きる道だった。
この場には、王族全員が揃っていた。
食事が運ばれ、銀の器が揃えられると、王族たちはそれぞれ食事を進めながら会話を交わし始めた。
ラディウス王太子は、静かにワイングラスを傾けながら言う。
「陛下がこうして食事会を設けるとは、珍しいことですね」
国王は短く息を吐き、手元のスープをゆっくりと口に運びながら答える。
「この国の未来を考える時期が来たということだ」
その言葉に、一同が少し緊張した空気を纏う。王国の未来――それはつまり、誰がどのようにこの国を治めるのかという話でもあった。
カイル王子が静かに口を開く。
「最近、王都の商人たちが力を増していると聞きましたが、それについてはどうお考えですか?」
「貴族社会と商業の均衡は、慎重に見極める必要がある」
国王が静かに答えると、レティシア王女が微笑みながら言った。
「それを決めるのは貴族たちではなく、王家の務めですわね」
「確かに」
ラディウスが短く相槌を打ち、国王は少し目を細めた。この家族の中で、誰がどのように王家を背負うべきなのか。その役割を、明確に定める必要があるのだ。
食事が終わり、侍女たちが静かに皿を下げ始めると、国王がゆっくりと口を開いた。
「今夜、お前たちを呼んだのは、単なる食事のためではない」
王族たちの視線が、再び国王へと向く。
「貴族たちの間では、王族の婚姻問題が話題に上がっている」
ラディウスがわずかに眉をひそめた。
「王族の婚姻問題、ですか?」
「貴族たちは、王族の次世代の婚姻が決まらないことを懸念している」
国王は低く息を吐くと、続けた。
「特に、王太子であるお前と、王女であるレティシアの婚姻についてだ」
レティシア王女は、微笑を崩さないまま、手元のグラスに指を添えた。
「まあ、私の婚姻のことまで話題になっているのですね」
セドリックが静かに口を開いた。
「貴族たちは、王家の婚姻によって自らの勢力を拡大しようとするもの。
それに振り回されるのは、決して良策ではない」
王太子ラディウスは、静かに手元のグラスを置き、国王を真っ直ぐに見た。
「この食事会を機に、貴族たちとの関係を整理し、舞踏会を開くのが適切かと存じます」
国王は短く息を吐いた。
「よかろう。では、お前にこの件を任せる」
こうして、王家の意志を示す舞踏会が、王太子の手によって動き出すこととなった。
◆
舞踏会の開催が二ヶ月後に迫る中、王宮では準備が着々と進められていた。
王太子ラディウスは執務の合間に短い休憩を取っていた。椅子に深く腰掛け、片手で軽くこめかみを押さえながら、積み上げられた書類から目を逸らす。
「まったく、余計な仕事が増えるばかりだ」
疲労を滲ませた呟きが、静かな部屋に溶ける。
その静寂を破るように、執務室の扉が強く叩かれた。
「失礼します! 緊急の報告が!」
扉が開き、公務を担う貴族が息を切らしながら駆け込んでくる。ラディウスは眉をひそめ、無言で続きを促した。
「公爵閣下の婚姻について、新たな候補を推す動きが出ております!」
「……は?」
ラディウスの表情が一瞬、凍りつく。
「新たな候補? 何を言っている」
「レティシア王女の取り巻きが動いています。社交界での影響力が不足していることを理由に、公爵夫人の座に相応しい者を推すべきだと主張しているようです」
「なるほど……」
ラディウスは短く息を吐き、こめかみを押さえる。
「貴族どもが、公爵家の婚姻にまで口を出すとはな」
婚姻はすでに決まっている。にも関わらず、貴族が騒ぎ立てるということは、すでに情報が広まり始めているということだ。
王太子は机に置かれたグラスを軽く傾けた後、すぐに立ち上がる。
「騎士団経由で情報が漏れたか……」
厄介なことに、こういった話はただの噂話では終わらない。騎士団の内部にまで情報が伝わっているならば、すでに貴族会議の場に持ち込まれる可能性が高い。
「騎士団長に確認する」
王宮内で情報がどこまで流れているのか、その出処を確かめる必要があった。ラディウスは苛立たしげにため息をつくと、すぐさま執務室を出る。
「休憩どころじゃなくなったな……」
そう呟きながら、騎士団へと向かうのだった。
◆
王太子ラディウスは、王宮騎士団の詰所を出ると、その足で王国騎士団の執務室へ向かった。
歩きながら、小さく息を吐く。公爵家の婚姻問題に貴族たちが勝手に動き始めている。厄介な問題だ。王家が下手に介入すれば、貴族たちに余計な口実を与えかねない。
かといって放置すれば、公爵家の立場が危うくなる可能性もある。執務室の前に立ち、扉をノックする。
「王太子殿下がお見えです!」
衛兵の声が響くと、扉の向こうから静かな返事があった。
「通せ」
扉が開かれ、ラディウスは中へ足を踏み入れた。
執務室の中央には、王国騎士団長エルンスト・グラーフが座していた。壮年の騎士で、鍛え上げられた体躯と端正な顔立ちを持つ。
彼は短く一礼すると、すぐに本題へと入った。
「公爵の婚姻について、何か動きがあると聞いたが、そちらで掴んでいる情報は?」
ラディウスが問いかけると、エルンストは静かに頷く。
「確かに、貴族たちの間で話が広まっております。詳細な動きについては、近く行われる騎士団の報告会で情報を整理する予定です」
「報告会?」
ラディウスが眉をひそめると、エルンストは手元の書類を軽く指で叩く。
「王宮内の動向を含め、貴族の動きや騎士団の情報を共有する場です。そこでは公爵家に関する話題も出る可能性があります」
ラディウスは短く息を吐き、椅子の背もたれに軽くもたれた。
「公爵と顔を合わせる機会もあるか?」
「可能性はあります。騎士団関係者の間でも、公爵閣下の動向は重要視されておりますので」
ラディウスは僅かに目を細めた。貴族たちの間で勝手に話を進められるより、先に情報を掴んでおく方が得策だ。
それに、公爵自身がどう考えているのかも気になる。
沈黙の後、ラディウスは静かに口を開いた。
「その報告会、俺も出席する」
エルンストの眉がわずかに動く。
「よろしいのですか?」
「情報を確実に得るためだ。公爵と接触できるなら、それも悪くない」
「承知しました。では、殿下のお席を用意いたします」
エルンストが深く頭を下げると、ラディウスは軽く頷き、立ち上がった。
「よろしく頼む」
そう言い残し、執務室を後にする。
王国騎士団の報告会に王太子が出席する。
それは、王家が公爵家の動向に直接目を向けるという意味を持っていた。貴族たちが思惑を巡らせる中で、王家としての立場をどこに置くのか。
その答えを探るため、ラディウスは自ら情報を掴みに動き出すことになろうとは、アスティンが知ることはない。




