死んだって脱ぎたくない
目覚めた。
虹山さんが私を抱き枕のようにして眠っていた。
私たちはひと晩中抱き合って寝ていたようだ。
「いいものを見させてもらったぜ」
男の声がした。
虹山さんも目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう。虹山さんのおかげでよく眠れたわ」
「よかった」
私たちは見つめ合った。
「美少女ふたりが抱き合ってるってもいいな。今度レズビアンショーを見せてもらうとしよう」
虹山さんに抱かれるのに嫌悪感はないが、犯人を楽しませるのは癪に触る。私は彼女から離れた。
天井の小扉が開き、2リットルのペットボトルが差し出された。
私が受け取ろうとすると、虹山さんが手で制して、彼女がボトルを取った。天井を睨みつけていた。
続いてゼリー飲料がふたつ投げ落とされた。またレモン味のものだった。
「もうこれ飽きたんだけど。別の味のをくれない?」
「髪の長い方はレモン味のゼリーを万引きした。死ぬほど後悔させるため、ずっとそれを与えるというのが俺と店長の方針だ」
男の声には嘲りが混じっていた。
私は後悔している。
もっとカロリーの高いゼリー飲料を盗んでやればよかった。
数時間が過ぎた。
店長の声がした。
「こんにちは、囚われの女子高生たち。また会いに来ましたよ。今日は忙しくてね、ここには1時間くらいしかいられないんです。とても残念です。コンビニの店長なんてやめてしまいたいですね。可哀想なあんたたちを見て英気を養い、働く気力を湧き立たせることにしますよ」
「店長、俺からひとつ提案があるんだけど」
「なんですか?」
「髪の短い方の服を脱がせたい」
「それはいい提案ですねえ。昨日泣いて嫌がっていた。そういうのを脱がせるのは、たいへん面白そうだ。あんた、服を脱ぎなさい。髪の短い方と同じところまでで許してあげましょう。下着を見せなさい。白か? 水色か? もしかして黒か? さあ早く脱ぎなさい。私は1時間しかいられないんです」
「イヤーッ!」
虹山さんは大きな声で張り裂けるように叫んだ。
「脱ぎなさい。これは命令です」
「昨日あたしはじゃんけんで勝ったじゃない!」
「今日はそういうゲームはなしです。あんたは脱ぐんです。ただ単に脱ぎなさい。脱がなければ明日の水は1リットルです」
「そうしたければすればいいじゃない。どうせあたしたちは死ぬのよ。あんたたちの言いなりになんてならない!」
虹山さんは言い返した。
まずい流れになってきた。
私たちが生き延びる期間が長くなればなるほど、救出される可能性は高くなる。
1か月生きればきっと助かると私は希望を抱いている。
犯人に逆らい、水を減らされるのは避けたい。
「虹山さん……」と私は祈るような気持ちで声をかけた。
彼女がどれほど裸になりたくないのかわからないが、なんとか説得して制服を脱いでもらわなければならない。
機嫌を損ねてしまっては終わりだ。
彼女は怯えたように私を見た。
「なに?」
「とても悪いと思う。あなたの嫌なことをやってもらいたくはない。でも私たちには水が必要なの」
「細川さんは犯人の味方なの?」
「私は虹山さんの味方よ。ふたりで生き残りましょう。でもそのためには2リットルの水が必要なの。あなただって理性ではわかっているでしょう?」
「私は死んだってあんなやつらの前で脱ぎたくないの」
私は沈黙した。
死んだってとまで言う?
なにが彼女をここまで頑なにさせているのだろう。
「私の今日の分のゼリーをあげる」
私はゼリー飲料を虹山さんの前に置いた。
「私の誠意のしるしよ。物でしか誠意を示せないのは悲しい。でもこれは私の命の一部であるとも言えるわ。受け取って」
彼女はゼリーを長い間見つめていた。
私は黙って彼女の目を見続けた。
第1の男と店長すら声を出さなかった。
やがて虹山さんは口を開いた。
「いらないわ」
私の交渉が失敗したのではない。
彼女は服を脱ぎ始めた。
セーラーカラーの下で結ばれている赤いスカーフを取って床に投げ、靴を脱ぎ、黒い靴下を脱いだ。
セーラー服を脱ぎ、濃紺のプリーツスカートを床に落とした。
彼女は白いワイシャツと白いパンツという姿になった。
ここまではなにもおかしな点はなかった。
彼女の素足は美しかった。太ももとふくらはぎには立派な筋肉がついていた。
「早くそのシャツを脱ぎなさい。私はもうすぐコンビニに戻らなくてはならないんです。時間切れで私が見れなかったら、明日の水は減らしますよ」
虹山さんはワイシャツを脱いだ。
彼女はすばやくへそを左の手のひらで隠した。
虹山さんの肌には傷も痣もなかった。
彼女はへそだけを明るみに出さなかった。
「そこにあなたのコンプレックスがあるんですね。私はあなたのへそが見たい。さあ手のひらをどけなさい」
観念したような表情になって、彼女はへそを晒した。
そこは小さなこぶのようになって盛り上がっていた。
「でべそ!」と第1の男が言った。
「でべそでしたか! あんたが死ぬほど嫌がった理由はでべそだったんですね。いや、そんなにおかしくはないですよ。いいでべそだ。写真に撮り、額に入れて飾っておきたいような見事なでべそだ」と店長は言った。
私は彼女のへそを見つめた。
そんなに嫌がるようなものとは思えなかった。
確かにでべそだが、醜いというほどではない。
「でべそって言わないで!」
だが、虹山さんは顔を真っ赤にして嫌がっていた。
なにを嫌がるかは人それぞれだ。
彼女にとってそのへそは死ぬほど見られたくないものなのだろう。
私は目を逸らした。
「もうイヤ……」
彼女は泣き、膝から崩れ落ちて、拳で床を叩いた。