魔王の祖父母
今日は普段より少し緊張していた。
というのも、先々代魔王であるお祖父様がいらっしゃっているからだ。
亡き父上に魔王の座を譲って以降、政治から退いてお祖母様と離宮で暮らしている。
父上が亡くなった際は一時的にお祖父様が復帰する案も出たが、そのお祖父様が私で大丈夫だと太鼓判を押した経緯もあるため、私としては頭が上がらない。
そのお祖父様とお祖母様が来るため緊張していたのだが……。
「ぶっはっはっ! 湯浅の作るつまみはうめぇな!」
「本当ね。お酒にとても合うわ」
私とお祖父様とお祖母様。
この三人での昼食の席で湯浅直弘が作った料理で昼間から酒を飲み、とても楽しそうにしている姿を見ていたら、緊張しているどころではなかった。
「気に入っていただけて良かったです」
くっ、湯浅直弘め。
お祖父様とお祖母様が気に入ったのは、お前が作る料理であってお前自身では無いぞ。
お前は黙ってナイザと給仕をして、料理の説明をしていればいいのだ。
「気に入らねぇはずがねえだろ。お前さんから料理を教わった使用人達のお陰で、離宮の飯も美味くなったんだからよ」
「お料理だけじゃないわ。身の回りの物や離宮そのものも綺麗になって、とても快適で気持ちよく生活できているわ」
くそぉっ!
こいつが作る料理だけじゃなかった。
快適な生活環境は魔王城だけでなく、離宮にまで届いていたのか。
「わざわざ来た甲斐があったわい」
「教わった者達であんなに美味しいなら、本人が作ったらどうなるか気になっていたのよね」
まさか、今回の来訪理由はそれですかっ!?
てっきり視察かと思って、色々と資料を用意しておいたのに。
場合によっては湯浅直弘の扱についても、相談しようと思っていたのに。
なのに実際は、そいつの作る料理目当てだったなんて。
「この水割りやお湯割りっていう飲み方も、なかなかいいじゃねぇか」
「私には強くて飲みにくいお酒が、とても飲みやすくなったわ」
何を言いますかお祖父様、お祖母様。
そんなのただ、水やお湯で薄めただけではありませんか。
飲みやすくなるのはともかく、そんなのが美味いとは思えません。
「一見すると水やお湯で薄めているだけみたいですが、実は違うんです」
「というと?」
「美味い水を用意して、酒によって温度や酒との割合に注意を払い、混ぜ方にも注意を払う。そうすると単に薄めただけではない、水割りやお湯割りという名のカクテルになると、母の知り合いから教わったんです」
カクテルとは、酒同士や酒でないもの混ぜて作る飲み物だったな。
あいにく私はまだ酒を飲めないが、母上や会食の場で飲んだ重鎮達から好評だった。
単に水やお湯で割ったあれも、その種類だというのか。
「なるほどな。たかが水されど水、扱いに気を配れば酒に加えても美味いってことか」
「異世界の知識は深いのね」
「自分なんてまだまだですよ。その道のプロが作れば、もっと美味しくなりますから」
「おいおい、それを言うなって。お前のいる世界に行って、美味い酒を飲みたくなるじゃねぇか」
「美味しいお料理もね」
うぬぬぬっ、にっくき湯浅直弘め。
あのお祖父様とお祖母様まで、奴に対して心を許しているではないか。
お二人が最初はどういう気持ちでいたかは知らないが、身の回りが充実してくれば、これほどまで心を許すのか。
いや、そんなはずはない。
一見すれば気を許しているようでも、心の内では警戒しているはず。
先々代とはいえ魔王だったお祖父様なら、きっとそうに違いない。
「なあ湯浅よう、一つ聞きたいことがあるんだが」
ここでお祖父様が質問?
はっ、まさか湯浅直弘が家事の腕をもって我々を篭絡していると疑い、釘を刺そうとしているのか?
いやいや、お祖父様なら湯浅直弘がそれにより、我々を内側から切り崩そうとしていると考えているに違いない。
ふふふふふふふっ、遂にこの時が訪れたのだな。
湯浅直弘、お前が好き勝手できるのもこれまでだ。
さあお祖父様、湯浅直弘へ引導を渡してやってください。
「なんでしょうか?」
「こんな快適な生活を知った以上、お前を手放すようなことをしたくない。情勢もあるから人質という立場は変わらないが、お前が定住してくれるのなら嫁の一人や二人くらい探してやるぞ」
お祖父様、この一回に限ってこう呼ぶのをお許しください。
何言ってんだ、このジジイィィィッ!
「よ、嫁、ですか?」
「うむ。立場上平民しか用意できないが、お前は家事が上手いから使用人の娘なんてどうだ? 聞けばお前を狙って使用人の娘達がアプローチを掛けているそうじゃないか」
そういった報告はそこにいるナイザからも聞いているが、お祖父様の耳にも届いていたか。
「……実は使用人だけでなく、見張りをしている諜報部員の少女からも先日アプローチを受けました」
おいこら諜報部!
こいつに付けている見張りのルネを、後で執務室に呼んでもらうぞ!
しかも湯浅直弘が気まずそうに視線を逸らすって、どういうアプローチをしたんだ!
「がっはっはっ。そうかいそうかい、積極的なこった」
「いいわねぇ、若いって」
そういう問題ではありません、お祖父様、お祖母様。
これは魔王城内の風紀の乱れに繋がります。
「で? 誰かにもう手を付けたのか?」
「そんなこと、していませんよ。人質の立場でそんなことをしたら、この体から頭部が落とされます」
分かっているではないか。
まったく、お祖父様とお祖母様よりも湯浅直弘の方がしっかりしているではないか。
普段の仕事も手を抜かないし、異世界の家事に関する知識の共有や技術の指導もちゃんとやっている。
だからこそ魔王城全体の生活環境が向上して……。
だーっ! 違う、私は断じて湯浅直弘を認めん!
「あー、それもそうか。迫られているのに手を出せないとは、難儀なこった」
「彼の立場上、仕方ありませんよ」
そうそう、その通りです。
「だったら尚更、嫁貰っておけよ。嫁に手を出して文句を言う奴はいるまい」
いや、そうじゃないでしょう!
何かが違う、私とお祖父様の考えが何か違ってすれ違っている!
「なるほど」
湯浅直弘、お前も納得するんじゃない!
「でしたら是非、私をお願いします」
ここぞとばかりに前に出るな、ナイザ!
「このような場所から失礼します。ここは私をよろしくお願いします」
なんか天井の一部が外れて、諜報部員の恰好をした少女が顔を出した!?
あっ、ひょっとしてお前がさっき湯浅直弘が言っていた、見張りを担当している諜報部員か!?
「がっはっはっ。すっかり人気者だな、この色男め」
「二人とも、目当ては俺というよりも俺の家事の腕ですけどね」
「「だって美味しいご飯と快適な生活環境が欲しいもの!」」
呆れながら口にした湯浅直弘の言葉に、ナイザと諜報部員の子が声を揃えて一言一句違いなく同じ主張をした。
直後に二人の目が合い、天井から降り立った諜報部員の子とナイザは静かに歩み寄り、ガッチリ握手をした。
なんだ、その分かり合ったかのようなやり取りは。
「とにかく嫁取りは前向きに検討してくれ。妙な真似しなければ、悪いようには扱わないからよ」
「はぁ……」
さすがはお祖父様、最後の最後で釘を刺した。
ではここで私も魔王らしく、一言。
「そういえば魔王、今夜はカレーにする予定だけど辛さはどうする?」
「あまくちー」
カレーは初めて食べた瞬間から大好きだけど、辛いのはいやー。
「ハンバーグと目玉焼き、どっちを載せる?」
「りょーほー!」
ハンバーグと目玉焼きが載ったカレー!
これもう下手なシェフが作った晩餐よりご馳走だよ!
「デザートのプリンは固めと柔らかいの、どっちがいい?」
「やーらかいのー!」
固めも美味しいけど、やーらかいのが好きー!
「了解。楽しみにしておけよ」
「わーい!」