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人質は命とは別の危機を感じる


 今日も魔王城での仕事が終わった。

 夕食はもう食ったけど、数種類サンドイッチを載せた皿を手に部屋へ戻る。

 当初は牢屋での生活だったけど、見た目はチョーカーのような戒めの首輪を付けられたこと、それと城内で仕事をして生活水準を上げて信頼を得られたからか、狭いけど普通の部屋をあてがわれた。


「ふう、今日も忙しかったな」


 ようやく落ち着ける時間が訪れたことに力を抜き、サンドイッチを載せた皿は小さいテーブルへ置き、ベッドへ寝転がる。

 シーツ自体は俺が洗濯を教えたことで、以前よりずっと綺麗で感触も良くなっている。

 だけどベッド自体の質が悪いから、イマイチ寝心地が悪い。

 どうにかしたいところだけど、さすがにベッドの作り方までは分からないから我慢するしかない。


「そうだ。おーい、これ食べていいぞ」


 寝転がったまま天井へ向けてそう言うと、天井の一部が外れて屋根裏から忍装束みたいな恰好をした小柄な人が飛び降り、音も無く着地した。


「ありがたくいただきます」


 そう言って顔に巻いている黒い布を取ると、髪をショートカットにした魔族の少女の顔が現れた。

 彼女の名前はルネといい、年齢は見た目通りの十三歳。

 孤児だったのを拾われ、物心ついた頃から魔王城の諜報部で育って鍛えられたという、生粋の諜報部員。

 魔王から俺を見張るよう指示され、専属の見張りとして選ばれた子らしい。

 そんな彼女が……。


「うまうま。ハムとチーズのサンドイッチ、うまうま」


 テーブルを挟んで向かいの席に座り、足をパタパタさせながら年相応の笑顔でサンドイッチを貪っている。

 こうなった切っ掛けは、仕事をするようになったばかりの頃はあれこれ聞かれて忙しく、食事を摂り損ねて部屋で食事を取っていた時だった。

 天井の板が外れて、そこからさかさまに顔を出している彼女と遭遇。

 食べたいのかなという結論に至り食事の一部を勧めると、遠慮しながらも顔を隠す布を取って食べだした。

 それ以降、なんやかんやあってこうした関係が続いている。

 しかも彼女の報告を聞いたとかで、たまにルネが休みで別の諜報部員が見張る際も、同じことをするようになった。

 最近ではルネの休みに誰が見張るかを決めるため、壮絶なじゃんけん大会が開かれていると、前にルネが言っていた。

 それでいいのか、魔王城の諜報部隊。


「うまうま。チーズ入りハムカツサンドも、うまうま」


 これまでの交流からチーズが好きって分かったから、チーズ系を多めにして正解だったようだな。

 どういう仕組みなのか、頭の触角みたいな髪が嬉しそうに左右に揺れてる。

 傍目から見ていると餌付けしているようだけど、そんなつもりは一切無い。

 なにせこっちは囚われの身で戦う力は皆無。

 ちょっとばかり情報を手に入れてどうにかできるなんて、これっぽっちも思っていない。

 それに、情報を聞き出そうとしたことを報告されたらどうなることか。

 触らぬ神に祟りなし、人質なら変に探らず大人しくしているのが利口だ。

 魔王城の生活環境向上に一役買っておきながら、何を言っているんだって話だけどな。


「うみゃうみゃ。チーズレタスサンド、うみゃうみゃ」


 君、いつ猫になったの?

 無いはずの猫耳と猫尻尾が嬉しそうに揺れる姿が浮かんだぞ。

 そうしてサンドイッチを食べ終えたルネは、満足そうな表情で背もたれに寄りかかり、腹をポンポンと叩いた。


「今日も美味しかった、ありがと」

「どういたしまして」


 綺麗に完食してもらえて、作った身としては嬉しいよ。

 あとはいつも通り、外した布を顔へ巻き直したら軽い身のこなしで天井裏に戻って、意味をなしているが疑問な監視を続けるんだろうな。

 そう思っていたけどルネは天井裏に戻らず、ベッドに寝転がっているこっちをじっと見ている。


「どうした? なにかあったか?」


 声を掛けたけど返事は無く、代わりに席を立ってこっちへ近づいてきた。

 なんだろうと思い体を起こそうとしたら、体を押されて再びベッドの上に転がされ、またがるようにして腰辺りの上へ座られた。

 ちょっと待て、そこは結構ギリギリだ。


「これはなんのつもりだ?」


 努めて冷静にルネに尋ねる。


「いつも美味しいご飯をくれるお礼、するの」

「お礼?」

「そう」


 なら、どうしてこんなことになっているんだ。


「それとこの状況、何か意味があるのか?」

「ある。あなたは人質だからお金を渡しても意味は無い」


 だろうな。城から出られないから、そんなのを持っていても何の意味も無い。

 むしろ、盗んだのかとか、誰かを買収しようとしているとか、あらぬ疑いを抱かれそうだ。


「だからお礼は、私の体でする」


 もしもし、十三歳のお嬢さん。

 あなたは自分が何を言っているのか理解していますか?


「意味分かって言っているのか?」


 この問いかけにルネは、耳元でコソッと呟く。

 うん、間違っていない。

 ちゃんと意味を理解している点は、間違っていない。

 だけど行動が間違っている。


「そういうのはいいから」

「なんで?」

「いや、なんでもなにも」

「あなたは子供好きのロリコンじゃないの?」


 いつ、誰が、そんなことを言った!


「断じて違う!」

「じゃあまさか、ショタコン?」

「それも違う! そもそも、どうしてそんな趣味だと思った!」

「魔王様や、その弟妹様達と仲が良いから」

「だからといって、そういう趣味じゃない!」

「そうなの?」


 どうして不思議そうに首を傾げられるんだよ……。

 確かに魔王やその弟妹達とは、仲良くやっていきたいと思っているよ。

 でもそれはご機嫌取り半分、親戚の小さい子達と遊んでいる感覚半分であって、決して下心は無い!

 好きだとしても、ラブじゃなくてライク!

 ていうかまさか、俺って周囲からそういう性癖で見られているのか!?

 明日ナイザさんに聞いて、もしもそうなら訂正してもらわないと。


「だとしたら残念。あなたと既成事実を作って、婿に迎えようと思っていたのに」

「どうしてそんなことをする必要がある」


 俺、勇者に対する人質だぞ。


「あなたと添い遂げられれば、毎日美味しいご飯が待っている」


 ナイザさん達から迫られているパターンと同じかい!

 どうして十三歳の時点で、そういうこと考えているんだよ。


「ほらほら、ロリコンになっちゃえー」


 棒読みなセリフを口にしながら、密着してすり寄るのやめい!

 ある意味で禁欲生活だから、ロリコンでなくとも手を出しそうになるからさあ!

 この後、離れないともう飯をやらないぞと言ったら、即座に離れて顔に布を巻いて天井裏へ戻っていった。

 はあ、こういう状況だから命の危機ならともかく、貞操の危機を迎えそうになるとは思わなかったよ。

 そうだ、念のため寝ている間に襲わないよう言っておこう。

 天井に向けて注意を促すと、天井の一部が開いて顔を出したルネがこくりと頷き、また戻った。

 ……ひょっとして、言わなかったらマジでやばかった?


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