魔王の弟妹達
今日も今日とて、魔王として仕事に打ち込んだ。
国営というものは引退するまで終わりが無く、休憩や休日こそあるものの、それも仕事の状況次第。
だがこれも、亡き父上から魔王という立場を継いだ者としての責務。
ゆえに明日も仕事に励むのだ。
しかし本当に疲れた……。
つい背筋を曲げてしまい、廊下を移動する歩みも遅くなってしまう。
「あっ、ガウにい」
「お疲れ様です、兄上」
「本日もお仕事ご苦労様です、お兄様」
おぉっ、我が癒しであり、愛しの弟妹達ではないか。
お前達を見ただけで精神的な疲れは吹っ飛んだぞ。
「お兄様は、これからお夕食とお風呂ですか?」
上の妹ネルム、九歳。
年齢の割には落ち着いていて、言動もしっかりしている。
将来は良き淑女になることだろう。
「そうだ。すまないな、一緒に夕食を摂れなくて」
「いいえ、兄上は魔王となられた身。以前のように一緒に過ごすのが難しいのは、百も承知です」
下の妹ユリア、八歳。
少々格好つけたがる年頃なのか、言葉遣いが少し大げさだ。
しかしそれも含め、実に愛しい妹だ。
「ガウにい、あとでおへやであそぼ」
そして末っ子の弟イザレ、五歳。
私達兄弟の中では一番年齢に相応しい言動をしている。
遊びたい盛りの可愛い弟だ。
結論、私の弟妹達が可愛くて愛おしくて困る。
「ああ、いいぞ」
「やった!」
「よろしいのですか、お兄様」
「少しくらいなら問題無いさ」
可愛い弟妹達のためならば、いくらでも頑張ってみせようぞ。
「くれぐれも、無理はなさらぬように願います」
「分かっているさ」
口ではそう言ったものの、可愛い弟妹達のためなら多少の無理はしてみせるさ。
では、遊ぶ時間を少しでも長くするために急ぎ行動開始だ。
「すぐに行くから、待っていてくれ」
走らぬよう早足程度の速さで移動し、夕食と風呂を済ませて弟妹達の部屋へ向かう。
あいつら、私のことを今か今かと待っているであろうな。
弟妹達との時間が楽しみで、やや浮かれ気分で部屋の前へ着くと中から話し声が聞こえる。
ふっふっふっ、おそらくは私はまだかとでも言っているのであろう。
愛しの弟妹達よ、私が来たぞ!
「待たせたな、お前た」
「うー! なおにい、もう一回! もう一回やろ!」
「神経衰弱とは、簡単そうに見えて奥深い遊びなのですね」
「うぐぅ、開いたカードを覚えきれない」
「一枚目は他の人がめくったカードをすぐに開けて、二枚目は開けていないカードを選ぶのもありね」
「他の人に開けていないカードを知られないよう、そうやるのも一つの手ですね」
部屋へ入ったにも関わらず、弟妹達は私に気づいていない。
というか母上がいるのはともかく、何故湯浅直弘がここにいるのだ!
あとイザレ、どうしてそいつをなおにいなどと呼ぶ!
「あら、ガウロ。来たのね」
「え、ええ。母上もいらしたのですね」
私達の母であるレオナ・ソリュータロス。
実力さえあれば男女や出自は関係なく要職に就けるこの国で、かつては経済関連の要職に就いていた。
長きに渡って商売をしている家系の出身だけあって見識は深く、亡き父上もその意見を何度も参考にしていたという。
私が魔王を継いでからは政治に関わらず、今は弟妹達の教育をしつつ、式典や祭事に顔を出すだけとなった。
「あっ、ガウにいもきた」
「お待ちしておりました、兄上」
「湯浅殿からトランプという、異世界の遊びを教わったんです。お兄様もやりましょう」
なんだか私が想像していたよりも反応が淡白だ。
何故だ、久しぶりの兄弟の団欒だというのに。
「なおにい、しんけーすーじゃくもういっかいやろ!」
「湯浅殿、次は負けませんよ」
「はいよ。ネルム姫は?」
「もちろんやりますわ。むやみやたらに覚えればいいというわけではない、ということはよく分かりましたもの」
対して湯浅直弘には妙に熱がこもった反応をしている。
待て待て待て、そいつは我々に敵対する国が異世界から召喚した勇者達に対する人質なのだぞ。
というかなんでそいつにそんなに懐いている。
「あらあら、皆湯浅殿に懐ているわね」
「だってなおにいがきてから、ごはんおいしいもん!」
「良い香りのするフカフカのベッドで寝るのが、あんなに気持ち良いとは思いませんでした」
「湯浅殿が掃除の仕方をメイド達に指導してくれたお陰で、以前より部屋がずっと綺麗なりましたし、お茶とおやつも美味しくなりましたから」
おのれ湯浅直弘!
私が仕事で忙しくしている隙に、可愛い弟妹達を篭絡したかっ!
「そうね。私も湯浅殿から教わった異世界の娯楽品のお陰で、実家の商売が繁盛しているから嬉しいわ」
母上までっ!?
確かにここ最近、母上の実家が営む商売がやたら繁盛しているという話は聞いていたが、そういうことだったのか!
「元いた世界ではボードゲームサークルにいましたからね、まだまだネタはありますよ」
「まあ、それは嬉しいわ」
こいつめ、本当に母上まで味方にしおった!
「それよりもはやくやろー!」
「後で神経衰弱以外も教えてください!」
「色々な遊びが出来ると聞きましたから、楽しみですわ」
おのれぇっ!
一体どこまで踏み入れば気が済むのだ、湯浅直弘め!
「さあ、ガウロもやりましょう。せっかく家族団欒の時間なのですから、楽しみましょう」
「は、はあ……」
えぇい、こうなったら私の力を見せつけ、弟妹達の尊敬の念を私へ集めてみせよう。
だがルールも知らずに挑むのは愚の骨頂。
ここは大人しいふりをして湯浅直弘からルールを聞き出し、その上で圧倒的に勝利するのだ!
そうして見事、湯浅直弘には圧勝したのだが……。
「うわーん! がうにいばっかりー!」
「兄上、大人げないですよ」
「湯浅殿は手加減してくれているのに、お兄様は手加減してくれないのですね」
「ガウロ、ちょっとは加減してあげなさいな」
同時に弟妹達にも圧勝してしまい、ひんしゅくを買ってしまった。
というか、湯浅直弘が手加減をしていただとっ!?
言われてみれば、わざとペアを作らないようにカードを選んでいたような節が……。
ぐうぅぅぅ。この場合、負けてやるのが正解だったか。
湯浅直弘を叩き潰したい一念が、弟妹達への気配りを欠いてしまった。
おのれ湯浅直弘、まさか間接的に私を陥れようとするとは。
だがここであいつに文句を言っても、それはただの八つ当たり。
ここは冷静に対処するのだ。
「す、すまない。久々にお前達と遊べるのと、未知の遊びについな」
これならば湯浅直弘には謝っていないし、一応の言い分は通っている。
そのお陰で弟妹達と母上は許してくれたが、次は加減しろと言われてしまった。
おのれ湯浅直弘め、このままでは済まさんぞ。
「湯浅、他に何かそれでできる遊びはないか?」
「色々あるぞ。ポーカー、ブラックジャック、七並べ、大富豪、他にも――」
本当に色々あるのだな。
順番にルールを聞き、ひとまずポーカーというものをすることになった。
幼いイザレは母上と組み、勝負が始まったのだが……。
「何故だあぁぁぁっ!」
開始から十三連敗とは、どういうことだ!
今回はストレートを揃えたから、少なくとも負けは無いだろうと思ったのに!
「ガウにいよわいー!」
「あらあら、魔王も形無しね」
母上とイザレの手札はフルハウス。
「どうしてそんなに負けられるのですか、兄上」
ユリアの手札はストレートフラッシュ。
「運が悪いにもほどがありますよ、お兄様」
ネルムの手札は二番目に強いフォーカード。
「ストレートを揃えても負けるとは……」
そして湯浅直弘の手札はフラッシュ。
憎らしいがこいつの言う通りだ、決して弱くない手札なのに何故負けるのだ。
ブタやワンペアやツーペアばかりで、ようやくそれ以上の手札を揃えられたというのに。
「別の、別のをやるぞ!」
流れを変えるべくそう告げ、別の遊びをしたものの、大富豪や七並べといった戦略が必要なものは勝てたのに対し、ブラックジャックやババ抜きといった運が絡むものは全敗してしまった。
「なんでだあぁぁぁっ!?」
どうして運が絡むとこうも負けるのだ!
「ガウにい、うんわるいー」
ぐほぁっ。
イザレのストレートな言い方が心に刺さる。
「兄上、お気を確かに」
「魔王として毎日仕事に励んでいるので、日頃の行いが悪いわけではないのに、どういうことなのでしょう」
その通りだ、日頃の行いは悪くないはずだ。
なのに何故運が絡むと、こうも負ける。
「元気出せよ、魔王」
お前には慰められたくないわ、湯浅直弘。
そうだ、原因はすべてこいつにある。
こいつがここにいて、異世界の遊びなんかを私達に教えるからだ。
もう言いがかりでも構うものか、ここでビシッと言ってやる!
「明日の朝食は、甘口フレンチトーストとチーズ入りふんわりオムレツ作ってやるから」
「「「「わーい!」」」」
甘いフレンチトーストに、チーズが入ったオムレツ!
別々に食べるのもいいけど、オムレツをトーストに乗せて食べるのもいいよね。
ネルムとユリアとイザレが喜ぶのも当然だよ。
だって、すごく美味しいもん!
「あらあら、そんなに喜んじゃって。だけど仕方ないわね、美味しいもの」
そうだよ!
美味しいは正義!
「あと、スープは甘口のコーンスープな」
「「「「やったー!」」」」
甘いコーンスープもあるなんて、明日は良い日になりそう!