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疲れた魔王は甘味に浸る


 難航していた予算会議がようやくまとまった。

 異世界の勇者との戦いに備えるため軍事力を整備するのも大事だが、内政や外交を怠るわけにもいかない。

 その辺りの調整に難儀していたものの、話がついてなによりだ。

 疲れてはいるが一安心して執務室へ戻ると、ナイザが控えていた。


「お疲れ様です、魔王様」

「おおナイザ、すまないが茶をくれ」

「承知しました」


 茶を準備するために退室したナイザを見送り、椅子に深く腰掛け背もたれに寄りかかる。

 やれやれ、いくら国の利益が黒字とはいえ、予算には限りがあるというのに。

 しかし軍事側と内政側、双方の言い分は決して的外れじゃない。

 異世界から来た勇者に備えなければ、我が国は甚大な被害を受ける恐れがある。

 だが内政を怠れば、国が内側から崩壊しかねない。

 おまけにエルフや獣人といった他種族の国との外交とて、疎かにするわけにはいかん。

 勇者を召喚した国を中心に、いくつかの人間の国が他種族に対して敵意を向けているのだ、他種族と外交で繋がり連携を取るのも重要な仕事だ。

 ふう、どれも手を抜けるどころか強化すべき状況での予算会議は、こんなにも疲れるのだな。


「お待たせしました、魔王様」


 ワゴンを押して戻って来たナイザが手早く紅茶を用意し、私の前に置く。


「うむ、すまない」


 添えられたレモンを加え、紅茶を飲む。

 美味い。

 最初はレモンなんてと思ったが、飲んでみると美味くて気に入ってしまった。

 だが、これを我々に教えたのがあいつというのが気に入らない。

 しかもミルクだのハチミツだの砂糖だの、あらゆる物を加えた飲み方まで勧めてくるから憎らしい。

 さらに、それがすっかり広がって、今やどれを入れるのが一番美味いという派閥まで出来たのだから忌々しい。

 要するに私はあいつが、湯浅直弘が気に入らないということだ。

 なのにこの快適な生活環境を手放したくないと、使用人や城で働く奴らから支持されているから、なお悪い。


「魔王様、眉間にしわが寄っていますがどうされましたか?」

「なんでもない、少し疲れただけだ」


 危ない危ない。危うく湯浅直弘への憎らしさと忌々しさで仕事を忘れ、怒りに身を任せるところだった。

 落ち着いて、仕事に取り掛かろう。

 予算会議が終わったとはいえ、それに関する書類に承諾の判を押さなくてはならない。

 しかも重要書類だから他の要職に就く者達も見る以上、しっかり目を通して判を押さねば。


「魔王、ちょっといいか?」


 ノックとともに聞こえた声は湯浅直弘のもの。

 こんな時に何の用だ。


「入れ」


 ちょうどいい、さっき抱きそうだった怒りを愚痴にして、嫌がらせと思われるぐらいあいつに聞かせてやる。

 それで少し気を晴らして、残っている仕事へ向けて気分転換してやる。


「失礼する。重要で長い会議が終わって疲れているだろうから、甘い物が欲しいと思っておやつを作ってきたぞ。焼きたてホカホカのふわふわパンケーキに甘いホイップクリームとハニーシロップをたっぷりかけて、にしたんだけど食べるか?」

「たべりゅー!」


 パンケーキ! パンケーキと聞いたら食べないはずがないよ!

 しかも焼きたてホカホカで、ふわふわのやつでしょ?

 それ絶対美味しいに決まってるよ!

 おまけに甘いホイップクリームとハニーシロップたっぷりなんて、最高じゃないか!

 早く、早く出して!


「はいよ、どうぞ。時間かかって腹減っているだろうと思って、おかわりも用意してあるからな」

「わーい!」


 押してきたワゴンに載っている、クリームとシロップたっぷりのパンケーキが目の前に置かれた!

 しかもおかわりまであるなんて!


「いっただっきまーす!」


 こういうのはチマチマ食べないで、大ぶりに切ってバクッと食べるのが美味しいんだよね。

 だからナイフで大きく切り分けて、フォークでバクッと。

 あまぁい、おいしぃ~。


「どうだ? 疲れた時は甘い物がいいだろう?」

「うん、凄く美味しい!」


 パンケーキとクリームとシロップ。

 この三つの甘さが喧嘩せずに織りなすハーモニーで、会議で溜まった疲れも吹っ飛ぶよ。

 はあぁぁぁっ、今欲しいのは紅茶じゃなくて甘い物だったんだ。

 こうして甘い物を食べて、そのことに気づいたよ。


「飲み物はいるか? 紅茶を飲んでいるようだけど、甘いココアを用意してあるんだ」

「ちょーだーい!」


 甘いココア、欲しい!

 レモンティーやミルクティーも美味しいけど、甘いココアが一番だよ。


「湯浅殿、ココアは私が淹れます」

「ありがとうございます。魔王、ホイップクリームとハニーシロップを追加できるけど、いるか?」

「ほしー!」

「はいよ。量は?」

「たーくさん!」

「了解。ほい、クリームとシロップをマシマシで追加な」


 わーい、追加のクリームとシロップがこんなにたくさん。

 嬉しい美味しい、ナイザの淹れてくれたココアも甘くて美味しい。

 あまりに美味しくて、あっという間に食べ尽くしちゃったよ。


「おかわりー!」

「クリームとシロップの量は?」

「たーくさん!」

「はいよ、さっきと同じ量にしておくぞ」


 わーい、おかわりきたー!

 あぁぁ、おかわりでもやっぱりおいしー!



 *****



 ぬおぉぉぉぉっ!

 おのれおのれおのれ、湯浅直弘めえぇぇぇぇっ!


「愚痴の一つも聞かせてやりたかったのに、何も言えなかったではないか!」


 あいつめ、謀ったなっ!


「パンケーキとココアの両方を二度のおかわり含めて完食し、彼が退室して仕事を再開しようとしたところでノリツッコミとは、魔王様はノリの部分が長すぎます」


 ノリツッコミしている気など、これっぽっちもないわ!

 というかナイザだって、一緒になってココアを淹れたり少し分けてもらったりしていたではないか!

 その証拠に、食べかすが口の傍に付いているぞ!


「口の周りに食べかすを付けて睨むとは、いかがしましたか魔王様」

「お前も食べかすを付けておいて、何を言うか!」


 どんなに無表情を取り繕っていても、動かぬ証拠がある以上は。


「? なんのことでしょう」


 こいつ今、舌でペロッと食べかすを取った!

 証拠隠滅だ!


「それよりも魔王様、甘いおやつで休憩はバッチリでしょうから、そろそろお仕事に戻りましょう」


 うぬぬぬっ、しれっと話題を逸らしおって。

 だが仕事を片付けねばならんのは確かで、あいつのおやつでだいぶ疲れがスッキリしたのは否定できない。

 ええいっ! こうなったらガンガン仕事をしてやる!

 ガンガン働いてこの怒りと鬱憤を、思いっきり晴らしてくれよう!


「うおぉぉぉぉっ!」

「魔王様、あんなに熱心に仕事に取り組んで。よほど湯浅殿のお菓子が美味しくて、嬉しかったのでしょうね」


 そういうのではない!

 だが否定もできん!

 えぇい、これも全部湯浅直弘のせいだ!

 次は絶対に思い知らせてやる!

 絶対に、ずえったいにぃぃぃっ!


「すまん魔王、ちょっと聞き忘れたことがあるんだけど」


 ちょうどいいところに戻って来た、湯浅直弘。

 今からお前に私の威厳というものを。


「夕飯の主食はふわふわ卵のオムライスと分厚いハンバーグのロコモコ、どっちがいい?」

「ハンバーグのロコモコー!」


 オムライスもいいけど、おっきいハンバーグの方がいいー!


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