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魔王の婚約者


 今日は婚約であるユフィアとのお茶会の日だ。

 亡き父上が決めた相手だが、関係は良好だと思っている。

 最初はこれも魔王の役目と割り切っていたが、話してみると意外に意気投合した。


「……様」


 向こうが合わせてくれているのではと思ったものの、屈託の無いあの笑みにそうした思惑は感じなかった。

 しかし恋愛経験ゼロの私がそう感じても、向こうは違うかもしれない。

 そんな気持ちから、向こうの使用人を通じて彼女の気持ちを探ってしまったが、向こうも私との話が楽しかったと知ってホッとした。

 尤も、直後にそんなことをしてしまったことに、罪悪感を抱いてしまったがな。


「……王様」


 その罪悪感から、次に会った時は思わずそのことを告白してしまい、謝罪した。

 これで関係が悪化して彼女とも終わりかと思ったが、彼女の方からも謝罪された。

 というのも、私と同じで向こうも気を遣わせてしまったのではと気になり、ナイザに気持ちを調べさせたらしい。

 そういえばそんなことを聞かれたようなと、思わずナイザの方を見ると無表情のまま頷かれ、似たもの同士だと互いに笑ったものだ。


「魔王様」

「ふぉうわぁっ!?」


 な、なんだナイザか。

 いきなり耳元で呼ぶから驚いて変な声が出てしまったではないか。


「いきなり何をする!」

「申し訳ありません。何度お呼びになっても反応が無かったもので」


 なんだと?

 呼ばれていたなんて、全く気づかなかったぞ。


「いくらユフィア様とのお茶会が楽しみとはいえ、仕事中に周りの声が聞こえないのはいただけませんね」

「そ、そういうのではない!」

「では楽しみではなかったと? それをユフィア様が耳にしたら、お嘆きになるでしょうね」

「お前は私にどう返させたいのだ!」


 泣いたふりをしても顔が無表情だぞ。

 まったく、好き勝手言いおって。

 こいつに私の部下である自覚は無いのか。


「……魔王たるもの、楽しみにしながらも周囲に声に気を配らねばなりません」

「尤もらしいこと言ったが、その前の間はなんだ! 今考えただろう、今!」

「なんのことでしょう」


 しれっと誤魔化しおってこいつめ。

 声や表情には出ていなくとも、そっぽを向いた時点で図星と言っているようなものではないか!


「まあいい。それで、何の用だ」

「ユフィア様とのお茶会を楽しみにし過ぎて、仕事の進捗が遅れています。ペースを上げていただかないと、お茶会に遅れてユフィア様を悲しませてしまいますよ」


 仕事が遅れるのは拙いが、一言余計だ!

 とはいえ、遅れるのは拙いな。


「分かった、ペースを上げよう」

「ユフィア様を悲しませたくないからと、素直におっしゃったらいかがです?」

「うるさい!」


 ええいもう、こいつに構っている時間も惜しいわ。

 一気に終わらせてくれる、ぬおぉぉぉぉっ!

 そうした猛烈な追い上げもあり、重要な仕事は無事に終了。

 身支度と会場となる庭園が見えるバルコニーの準備も整えた。

 天気は良く、風も心地よいくらいの微風。

 そしてナイザを控えさせた私の前に、待ちわびた相手が現れる。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 穏やかな口調で屈託のない笑みを見せ、カーテシーをする婚約者ユフィアの姿。

 今日も実に愛おしい。

 私も返事をして座ってもらい、ナイザが淹れた紅茶を飲む。


「いつもながら美味しいですね」

「そう言って貰えるとなによりだ」


 好みについて把握し、それに合わせた物を用意したとはいえ、そう言われると安心するな。


「失礼します」


 むっ、湯浅直弘。

 何故こいつがワゴンを押して現れるのだ。

 しかも戒めの首輪を付けたままとはいえ、使用人服姿で。


「本来運ぶ役目のメイド達が、明らかにつまみ食いしそうでしたので、彼にお願いしました」


 またか。

 あいつが来てからユフィアとの茶会を開くのは二回目だが、前回も似たようなことがあって、あいつが給仕を務めることになったというのに。

 だからといって調子に乗るなよ、湯浅直弘。

 貴様はあくまで消去法で選ばれた代理であって、その使用人服もユフィアがいる席だから特別に着せているだけであって。


「本日ご用意させていただきましたお菓子は、焼きたてスコーンに各種ジャムとクリームを添えて、です」


 わーい、待ってましたー!

 一昨日も試食して凄く美味しかったから、楽しみにしてたよ!

 て、落ち着け私。

 これを食べるのは二度目なのだ、この前みたいに浮かれずに。


「魔王様、今朝にとても良い果物が入ったのでジャムの種類を増やしてみました」


 えっ、そうなの!?

 本当だ! 前に無かったのが二つも加わってる!


「それとクリームも通常の生クリームを追加し、ハチミツも用意したので好みに応じてお使いください」


 生クリームとハチミツもあるの!?

 なんで前に用意してくれなかったの!

 ここで絶対に試してみる!


「なお、スコーンはこちらがサクサク食感で、こちらがしっとり食感となっております。食べ方は……」


 サクサク食感一択!

 ああでも、しっとり食感も悪くないんだよね。

 同じ物をユフィアと食べれば話題になるし、前に無かったジャムや生クリームやハチミツを使って食べてみたいし、やっぱりしっとり食感もたべりゅ~!


「ありがとうございます。前回のマカロンがとても美味しかったので、今回も楽しみです」

「ごゆっくり」


 食べ方の説明を終えた湯浅直弘は下がったな。

 さあ食べよう、まずは……とレディーファーストを忘れずに。


「さあ食べてくれ」

「では、いただきます」


 取ったのはしっとり食感か。

 そこへ教わった通り、クリームとジャムを乗せて小さな口で食べた。


「うーん、美味しいです」


 ああああああっ、ユフィアの笑顔可愛い、早く食べたい、ユフィアの笑顔可愛い、早く食べたい。

 でもユフィアの前でガッつくのはみっともないから、努めて冷静に食べよう。


「それはなによりだ。では私も」


 最初はサクサク食感に生クリームとジャムで……おいしー!

 一昨日に食べたけど、改めて食べるとまたおいしー!

 異世界にはこんなお菓子がたくさんあるなんて、羨ましいよ!

 あぁぁぁぁぁぁっ、一昨日は無かったジャムもハチミツも生クリームもおいしー!

 お陰でユフィアとの会話も弾んでもうサイコー!



 *****



 あらあら、ガウロ様ってばあんなに子供みたいに楽しそうにお菓子を食べて。

 普段の魔王として励む姿はとても凛々しいですが、今のガウロ様は年相応の子供ですね。

 それも仕方りませんね、だってこんなに美味しいお菓子を食べているんですもの。

 作った方が異世界から来た勇者の人質という、複雑な立場の方なので前回は少々警戒してしまいましたが、マカロンを食べた途端に警戒心は飛んでいきました。

 だって、今回のスコーンも含め、こんなに美味しい甘い物を作る方が悪い人のはずがありません!

 なにより、常に魔王として振る舞っておられる凛々しいガウロ様を、無邪気な子供のようにしてしまうのが素晴らしいです!


「美味しいだけでなく、色々な組み合わせで食べるのが楽しいですね」

「うむ、そうだな」


 口調からして自覚は無いのでしょうが、表情は思いっきり無邪気な子供です。

 前回もそうでしたが、凛々しさの欠片も無い、とても緩みきっている笑顔でお菓子を堪能しています。

 ああ、凛々しさとのギャップでなんだか変な気分になってきました。

 普段は凛々しい方が、ここまで無邪気に緩みきっていると、なんともいえない魅力があるのですね。

 前回は少々驚いたので気づかなかったこの魅力に、今回初めて気づきました。

 はぁ……はぁ……。

 なんでしょう、今私はとても魔王様を甘やかしたいです。

 はぁ……はぁ……はぁ……。

 徹底的に甘やかして、結婚後は私の前でだけ見せてくれるあの無邪気で緩みきった姿で甘えてもらって、それを独占したいです。

 はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。

 あんなガウロ様を私だけのものにしたい、独占したい、私物化したいです。

 はっ、これが独占欲!?


「どうしたのだユフィア」

「い、いいえ。なんでもありませんわ」


 食べかすを口に付けた魔王様の無邪気な表情に見惚れ、独占欲に目覚めたなど言えません。

 それにしても湯浅殿、やりますね。

 彼の新たな一面をこの私に気づかせるなんて。

 しかも私がナイザさんを通じて入手したガウロ様の情報によると、彼の異世界料理を食べるたびにあのような調子なのだとか。

 つまり魔王様と一緒になれば、食事のたびにあのような姿が見られるのですね。

 それに気づいた以上、異世界から来たという勇者にガウロ様を倒されることだけでなく、彼を奪還されることも防がねば。

 この国の軍事に関わるお父様には、その旨しっかり伝えましょう。

 ですが、私には先んじてやるべきことがあります。

 それは一日でも早くガウロ様と添い遂げて、あの緩み切って無邪気な姿を見ることです。


「ところでガウロ様、結婚式は明日にします?」

「ごっふぅ!?」


 あらあら咽ちゃって。

 はぁ……はぁ……、真っ赤になって狼狽えるガウロ様ってば可愛いですね。

 えっ? 今日の明日で結婚式なんて無理?

 そもそも、お互いまだ成人じゃない?

 失念していましたわ、不覚!


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