人質に悩まされる少年魔王
我が名はガウロ・ソリュータロス。
まだ齢十一なれど、魔族が住まうソリュータロス魔王国を統べる魔王である。
自分で言うのもなんだが、私は幼い頃より周囲から神童と呼ばれていた。
それに胡坐をかかぬよう、亡き父上が厳しく教育してくれたお陰で、昨年に病で亡くなった父上の後を継いで国を治めている。
私の魔王就任に懐疑的な連中もいたが、我が知識と力を見せつけて納得させた。
これも亡き父上が施してくれた教育の賜物だ。
だが私には最近、一つの大きな悩みがある。
「魔王様、そろそろご休憩されてはいかがでしょうか」
今日も今日とて執務室で仕事をしていると、傍付きメイドのナイザから休憩を勧められた。
無表情なのが玉に瑕なのだが、仕事も気遣いもできるので重宝している。
「ああ、そうだな。紅茶を頼む」
「はい」
ワゴンの上で手早く用意され、私の前に置かれた紅茶を一口。
ふう、美味い。
ピカピカに掃除され明るい執務室、整理された資料、美味い紅茶、開けられた窓からの風で清潔なカーテンが揺れる。
一見すると心地よさそうな室内だが、つい一月前まではこんな部屋では無かった。
掃除も整理整頓もしていたものの、今と比べれば室内は薄汚れていてカーテンは黄ばみがあり、資料はごちゃごちゃで茶もそれほど美味くなかった。
さらに言えば城内全体も清潔になり、食事内容も大幅に改善されたことで、いかに先月までの我々が劣悪な環境にいたかを思い知らされている。
だが、我々にそれを思い知らせた奴が問題であり、私が抱える大きな悩みだ。
「ところで、あいつはどうしている?」
「彼でしたら厨房で、明後日行われるの魔王様とユフィア様のお茶会にお出しするお菓子を試作しています」
くっ、あいつめ。
自分の立場というものを、しっかり自覚しているのか?
周りの連中も周りの連中だ。
私が何度言っても、彼がいないとを繰り返す。
確かにあいつが来たことで変化した、この環境が快適なのは否定できないし、同じことをできる者はまだいない。
だがあいつは。
「魔王、ちょっといいか?」
執務室の扉がノックされ、あいつの声がした。
ちょうどいい、ここらで魔王らしくビシッと言ってやろう。
残っている紅茶を飲み干して気合いを入れ、扉へ向けて言い放つ。
「いいぞ、入れ」
「失礼するぞ」
扉を開け、ワゴンを押しながら入室したのは魔族ではなく、一人の若い人間の男。
奴の名は湯浅直弘。
城を抜け出したり反抗したりできないように付けさせた、戒め首輪を付けたこいつの立場は人質。
しかもただの人質ではなく、異世界から召喚されたという勇者とその仲間達に対する人質だ。
何の用事か知らぬが、今こそ我の威厳を持って己の立場を分からせ――。
「明後日のお茶会に出す予定の、焼きたてサクサクスコーンに各種ジャムとクリームを添えて、ができたんだけど食べてみてくれないか? 試食では問題無かったけど、直に意見を聞きたい」
「たべりゅ~!」
それ、絶対に美味しいやつだよ!
前にスコーンを作ってもらって食べたことはあるけど、机の上に置かれたそれは前のよりジャムの種類がずっと多いし、その時に本場式だって言っていたクリームもある!
確かスコーンにクリームを乗せて、そこにジャムを掛けるんだったな。
「こいつは紅茶が合うぞ」
「ナイザ!」
「承知しました。おかわりをご用意します」
では早速一つ……あまーい! おいしー!
サクサク食感のスコーンとジャムだけでも美味しいのに、クリームが加わるともっと美味しい!
そしてナイザが用意してくれた紅茶が、実に合って最高だよ!
「こっちの二つのスコーンも食べてみてくれ」
あれ? なんかそれ、どっちも今食べているのとはちょっと違う?
「この二つは作り方を変えて、食感と味わいが違うんだ。こっちがザクザク系で、こっちはしっとり系。これも試食してみてくれ」
「たべりゅ~!」
うーん、どっちもおいしー!
「お茶会にはどれを出す?」
「最初のサクサク系がいい! あっ、でもユフィアは柔らかいしっとり系の方が好きかも」
「わかった。ならそうするから、それは全部食べていいぞ」
「わーい!」
ん~、幸せ~。
*****
「あぁぁぁぁぁぁぁっ! あぁぁぁぁぁぁっ!」
結局何も言えず、あいつを退室させてしまったではないか!
おのれ湯浅直弘め、まさか菓子を持ってくるとはやってくれる!
しかも美味かった!
「口の周りに食べかすをつけたまま、頭を抱えて叫ぶとはどうされましたか?」
「また奴にガツンと言えなかったのを悔いているのだ! それと、食べかすがあるのはお前も同じだろう!」
無表情で問いかけてきたナイザの口の周りにも、良ければどうぞと渡されたスコーンの食べかすが付いている。
「完食して彼が退室して数分経ってから悔いるとは、魔王様はいつもながらツッコミが遅すぎます」
「ツッコミなどするつもりは欠片も無いわ!」
悔いていると言ったではないか!
それからしれっと口の周りの食べかすを取って、口に含んでいるんじゃない!
第一お前だって、無表情ツッコミが磨かれていっているではないか!
「おのれ湯浅直弘。奴には人質だという自覚がないのか!」
「見張りと戒めの首輪を付けているとはいえ、ほぼ自由に仕事をさせているのに今さらですね」
「余計なお世話だ!」
本当に今さらだが、あいつがいないと魔王城の環境が以前の状態に戻ってしまう。
城勤めの者達から、今の環境を知ったら前の環境には戻れないという陳情が多数上がっている。
あまりに多いそれを無碍にすれば、いくら私が魔王といえど今後に影響が出てしまう。
ナイザをはじめとした使用人達には、あいつから技術と知識を学ばせているがまだ遠く及ばない。
そのため人質とはいえ、戒めの首輪を付け、あいつに気づかれないよう見張りを付けて自由に仕事をさせるしかないのだ!
「魔王様も強がりはせず、彼によって得たこの環境を堪能すれば良いのでは?」
「うぐうぅぅぅぅっ」
認めない、僕は認めないぞ!
綺麗な部屋でふかふかの良い香りがする寝具で寝るのが気持ちいいとか、異世界の美味しいご飯やおやつが凄く嬉しいとか、綺麗になった浴場で良い香りのする湯に浸かると疲れが取れて気持ちいいとか、お陰で体調が良くて仕事が凄く捗るとか、絶対に認めないんだからな!
「ああもう、どうしてこうなったのだ!」
「魔王様が許可を出したからです」
「ああそうだな、その通りだな!」
私が許可を出したから、こうなっているんだったな!
「私が言いたいのは、そもそもどうしてこうなってしまったのかということだ!」
「人間が我々を滅ぼすため、異世界より勇者とその仲間を召喚し、それに彼が巻き込まれ」
つまりは人間のせいなんだな!
私のせいじゃないんだな!
「それを知った魔王様が、勇者暗殺の指示を出したものの失敗。暗殺者はせめてもの抵抗に彼を拉致」
ならば暗殺者のせいだな!
「そして彼を勇者に対する人質にすると言いながら、魔王様が彼の家事能力による環境の快適さに屈服してしまったからだと」
「お前はどうしても私のせいにしたいのか!」
「事実です」
無表情でズバッと言われて癇に障るが、確かに事実だな!
ああいや、事実じゃない!
私は決して屈服などしていないぞ!
「うぬぬ……頭が痛い」
「それはいけませんね。お薬を用意しますか?」
「いらん!」
ああ本当にもう!
なんでこうなってしまったんだー!