第二十七話 あっちとこっちの温度差がある件
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そのころのカツキは、素焼きの壺いっぱいになった三角錐形の小さな実を確認していた。
近隣の人々に、野山でこれを見かけたら集めてきて欲しいと頼んでいたのだ。少しずつ積もりに積もり、ようやく一つの腰丈の壺いっぱいになった。
クリーム色の狼は「くぅーん?」と壺を覗き込んで匂いを嗅いだあと、ざるを手に座り込んで選別作業を始めたカツキへ尋ねる。
「カツキ、それ何?」
「そばの実」
「そば?」
「これを砕いて他の材料と混ぜて、伸ばして切って、茹でる」
「パスタなの?」
「近いかな。あ、そうだ。コルム、山芋を擦ってもらえる?」
「わーいお手伝いだ」
「それと、ラスに寸胴鍋に水をたっぷり入れて沸騰させておいてって言わないと」
「楽しみ〜」
のちに旧レストナ村周辺で採れたそばの実は、アイギナ村の秋の収穫祭で料理コンテストの題材として選ばれたのち、伝統のそば粉クレープしかレシピを知らなかった獣人たちの名物料理になるのだが——それはまだ来年以降の話だ。
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リオの祝福が戦闘向きであることは、ルシウスももちろん気付いていた。
「ふむ……英雄鑑定では、君の祝福は確かに強力だが」
強力な祝福はその強さに比例した代償を伴うものだ。たとえ使いこなせなくても、持っているだけで寿命を縮ませるような呪いに近いものもある。リオもそう聞いていた。しかし、それを手にしてでも状況を切り拓きたいという意志があれば、祝福を授く神の遺した威光は応えるだろう。
「戦闘のためだけの祝福ではない、そうだな?」
「ええ。俺の祝福は、戦いに関するすべての事象を操る能力です。戦いは、俺がそうだと思えばそのくくりになり、どんなことでも勝敗を決める要素があるならそれを操ることができる」
「しかし、それは完璧ではない。リオ、君の祝福はそれほど万能なものではない」
「分かっています。欠点は、俺自身が強くならないと正確に操れる事象が増えないことですかね。だから最近は鍛えてます、ちょうど仲間に戦闘職の祝福もいますから、訓練を頼んで」
ちょうど、リオはタイラたちとこっそり戦闘訓練を実施している。自分やタイラたち戦闘に参加できるメンバーをできるだけ鍛えておき、何かあったときは非戦闘職のクラスメイトたちを安全な場所まで避難させることができるように、という目標があった。
もっとも、城を出て本当に子どもの自分たちが生きていけるか、あまり希望的観測はできない。だからこそ、リオは自分の祝福を成長させなくてはならないし、自分以外の祝福が必要以上に乱用されないよう見張らなくてはならない。
リオが現状を明確に認識し、ルシウスとの交渉で自分たちがそこまで悪い立場にはないことを知ったのち、そろそろ引き上げようと最後の質問を口にしようとした、そのときだった。
「あの、ルシウス大臣。最後に、これだけは確認しておきたいのですが」
「何かね?」
「俺たちを召喚したあの——」
張り詰めた鉄線を思いっきり弾いたかのような、非常に甲高い音が執務室中に響いた。
異変を察知し、リオはルシウスの隣に即座に跳んで、腰の剣に手をやりながら周囲を見回す。
「誰だ!?」
執務室は重苦しい空気に包まれ、目に見えない重圧が生まれる。
こめかみに冷や汗を垂らしながら立っているだけで精一杯のリオは、驚愕するルシウスの独り言を聞いた。
「これは……まさか」
一瞬口ごもり、それでも確認しなくてはとばかりに、その名を口にする。
「まさか、『魔王』か?」




