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03 ロン視点:一を聞いて十を知る

 床に臥せっている元族長……父上は眠っているのか、目を開けていることすら億劫なだけなのか、ロンにはわかりかねた。部族の者たちは気配を漂わせないから、足音すらしない。ひょっとしたら死んでいるのかもしれないと口元に手をかざして呼吸を確認してしまう。

 昔はこんな天気のいい日には馬を駆っていたのに、今となっては馬のほうが心配そうに窓から父上を覗き込んでいる有様だ。


「ロン様」


 入り口のほうからイエンツァの声が聞こえて、ロンは「はいはい」と返事しつつ部屋を出る。


「ハイは一回です」


 生真面目に咎めるイエンツァ。長い黒髪を後頭部で一纏めにして、女性にしては鋭い目つきの黒い瞳。コウカの民族が纏う黒い装束、特に下の衣服が短くて、すらりと長い脚が伸びて……少し、目のやり場に困る。

 本人は「動きやすいので」と譲らない。事実この部族で四番目に強いので、文句のつけようがないからとロンは早々に諦めていた。

 ちなみにロンが一番目、ラオが二番目、三番目がバイルゥだ。バイルゥは普段適当なくせに実力を残さないといけない場面だけ本気を出すからイエンツァに嫌われるんだ。

 そんなバイルゥが毎日イエンツァの服装についてやんわり咎めても、イエンツァには伝わらない。彼女にとっては効率が最優先だからだ。バイルゥもさっさと「そんな簡単にみんなに生足を見せないでくれ」くらい言えばいいのに。


「川辺で倒れていた青年を保護したと、牛飼いから報告がありました」

「?」

「意識はありませんが生きています。おそらく川に落ちて流されたのかと」


 となると、意識がなかったから川に落ちても水を飲まずにここまで運ばれたのだろう。意識を失ってから川に落ちたのが偶然なのか事故なのか、あるいは事件なのか……


「ボロボロですが、エレデナ地方……主にエレデナ王国の者が着る衣類を身に着けています」


 隣のエレデナ地方の主都、エレデナ王国か……

 隣の地方とはいえコウカ地方もエレデナ地方も広大なので、国境あたりから出発して途中で馬車に乗ったとしてもここまで来るのに一年はかかるだろう。衣類がボロボロなら、その青年とやらは去年あたりからエレデナ地方を出たと考えられる。

 エレデナ王国は数年前から王位継承権争いで揉めているというし、国内外でも不穏な動きがあるという。身の危険を感じて逃げたのか、それとも……

 ああ、イエンツァの話だけではそれ以上はわからない。


「会ってみるか」

「えっ?」


 イエンツァの制止を振り切って、だいたいいつもケガ人が介抱される医者の家に赴く。案の定、清潔な寝台にくだんの青年は寝かされていた。

 美しい金の巻き毛の青年。ところどころ紫色の毛が混じっているあたり、エレデナの文献に書かれていた『魔力が強すぎる者は紫色の毛が混じる』『場合によっては紫色の目になる』が真実だと知り、少しワクワクしてしまう。


「ロン様。あまり怪しい者に近寄っては」


 コウカ地方で魔法が使える者は少ないので危険視するのはわかるが、眠っている相手に酷いではないか。

 そんな呑気なことを考えていたら、青年の目がゆるゆると開いた。……孔雀のような鮮やかな青緑の瞳が、力なく天井を眺めている。

 あー、これは、アレだな。

 文献に『エレデナ王国の王族は例外なく孔雀色の瞳を持つ』と書かれていたことを克明に思い出す。

 体力の消耗が激しいのか、青年は起き上がることもできないようだ。


「……ここは」

「ここはコウカ地方、コウカ帝国の帝都から少し離れた、ゼン族の集落です」


 掠れた声の問いかけに、イエンツァが答える。


「コウカ帝国……帝都……あー……ちょっと、通り過ぎたのか……」


 青年は短くため息を吐いて、再び目を閉じた。


「……僕は、エィト……」


 名乗るだけで青年は咳き込み、医者が「安静にしましょう」と一声かけたので、ロンとイエンツァは問答無用で追い出されてしまう。


「よいのでしょうか。あのような得体の知れない者を集落に入れるなど」

「別に悪さはしないだろう」


 呪文を唱えるどころか喋ることすらままならない状態ではこちらに歯向かうどころではないだろう。今のところは放っておいて構わない。

 風の噂だが、暗殺されかけた第一王子が王宮から逃げ出して行方不明と聞いたことがある。時期も合うのでまぁ本人なのだろう。暗殺者がこの集落に来られても困るし、回復しきるまでは『訳アリ記憶喪失の青年』ということにして匿っておいたほうがよさそうだ。


「ロン様ぁ~、あっイエンツァちゃんもいる!」


 場違いなほど明るい声が聞こえ、ロンとイエンツァは立ち止まる。イエンツァは露骨に顔を顰めていた。

 白い天然パーマ、白すぎる肌、感情の読めない糸目、白い民族衣装。イエンツァとは正反対の色合いの青年バイルゥが、ロンたちを見つけて大きく手を振りながら走ってきた。まるで子供のようだ。ロンより年上なのに。

 イエンツァの顔は不機嫌そうで、きっとラオと同じように「なんでコイツに負けたんだ」とか思ってるんだろうなぁ。


「わぁ~イエンツァちゃんお顔こわーい。シワ増えちゃうよ?」

「うるさいですね。用件を話しなさい」

「ええ~せっかく小さな親切してあげたのに」

「そういうのは大きなお世話と言うんですよ」


 戦闘で相方を組めば息ピッタリの二人なのに、普段はこのとおりだ。

 まぁこれがバイルゥの愛情表現だし致し方ないか……イエンツァは全く気付いていないから、ただのお節介にしかなっていないが。


「で、なんだ?」


 一向に話が進まなさそうなので、ロンのほうから問う。

 途端にバイルゥは「倉掃除のときのことですけど」とロンに向き直った。


「奥から三番目の棚の五段目にあった箱、開けました?」


 確かそれは鬼の半面が入ってた箱だっけ。


「ああ、開けた」

「え、じゃあ練習に使ってるとか?」

「ラオにやった」

「……は?」


 糸目が薄っすら開き、信じられないものを見るように赤い瞳がロンを凝視している。

 バイルゥの目を見たのは久しぶりだ。数年前にイエンツァに婚約を申し込んだと嘘を吐いたときも、バイルゥはこんな顔で決闘を申し込んできたっけ。お前ら早く結婚しろ。


「……えーと、なんでまたラオくんに?」

「この前の試合でアイツの面を割ったから、ちょうどいいかと思って」

「ちょちょちょちょちょちょロンくん、自分が何やらかしたかわかってる??」


 族長だからと畏まっていたバイルゥが、いつもどおりの友人としての口調に戻ってしまう。そこまで分別ができないヤツではないから、少し驚いた。


「バイルゥ、話が見えません」


 イエンツァに問われるが、バイルゥは頭を抱えたままだ。


「……えーとね。その箱には鬼を象った面が入ってたはずなんだよ」

「入ってたな」

「で、それをラオくんにあげちゃったの? いつ?」

「アイツが旅立つとき」

「……あの面は戦のときゼン族の大将がつける面なの。大昔にやってた、族同士で争って大将の面を奪ったら征服ってやつ。和平を結んだ今となってはそんなことしないけど、ゼン族を象徴する大事なものには変わりないよ」

「はっ……? そのような面を、ラオ殿に? なにゆえ……?」

「アイツの面、俺が割っちゃったし……」

「大事な面ってこと忘れてたんでしょ! 一昨日の夜に旅立って今や行方もわからないラオくんが、ゼン族全体で大事にしなきゃいけないお面をそうとは知らずに持ち歩いてるってことだよ?!」


 まぁ大事な面ということは覚えていたけれど。

 この面がいかに重要かは昔みんなで倉掃除をしていたときに父上が直接教えてくれたから、ラオが覚えていればその場で受け取り拒否されるだろうし、途中で思い出したらすぐ戻ってきてくれると思ったのだ。

 結局その場では思い出してくれなかったし、いつになったら帰ってくるのか見当もつかない。さすがに四歳のラオでは父上の真剣な話だろうと覚えていられなかったか。


「ただでさえロンくんは意思疎通が難しいんだからさ。問題を起こしたら族長に相応しくないって言われちゃうよ? その判断をする前族長は、その……起きてもいないけど」


 さすがにバイルゥは言葉を濁した。

 ただ弟に殺されると思ったからちょっと本気で戦ったら勝っちゃって族長になっちゃっただけなんだけどな。他にも色々あるけど。

 言ったって理解してくれるわけもないので、ロンは黙る。


「……じゃ、鬼の半面探しはバイルゥに任せた」

「えっ僕?!」

「父上があの状態で引継ぎが全くできていないからな。族長代理もいない以上、俺がラオを追いかけるわけにもいかない」


 ぽかんと口を開けたままのバイルゥを置いて、ロンはさっさと執務室へ戻ろうと歩みを進めた。

 イエンツァが何か言いたげにバイルゥを見て口を開くが、自身の責務を果たすため口を引き結んでロンについてくる。


「……はぁ。なんでラオくんが勝ってくれなかったんだろ」


 聞こえているぞ。

 しかしロンは何も言わなかった。

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