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喋るテーブルとの生活

作者: 手布野あやか


 大学に進学した康介はキャンパス近くの安いアパートで一人暮らしをすることになった。

 服や簡単な家電などは実家からある程度拝借していたが、テーブルだけ無いことに引っ越してから気がついた。

 細かいことには無頓着でテーブルくらいはなくてもいいかと思ったが、友人なんかを呼んで遊ぶこともあるかもしれないと思い偶然近くで開かれていたフリーマーケットに顔を出してみることにした。


 部屋は大して広くはないので、ローテーブルくらいで良いだろうと物色していると目に留まるものがあった。

 少し古ぼけて入るものの、サイズ的には丁度良い。

 ただ一点、そのテーブルの隣に置かれている値札の余白に"喋るテーブルです"と注釈が書かれていたことが気になった。

 値段も手持ちで足りる程度のものだったので、店先にいるのは開いてるのかどうかもわからいくらい細い目をしたお爺さんに声をかけてみることにした。


「このテーブル、買いたいのですが良いでしょうか?」

「ええ、良い目をしてらっしゃいますな、若いの」


 康介が言葉の意味を理解できないでいるとその老人は言葉を続けた。

 

「このテーブルは、ワシが若い頃に買ったものでな、こいつのお陰で婆さんと結婚を決意できたんじゃ」


 掴みどころのない話にそうなんですかとなんとなく返事をしたが、話はまだ続いた。


「婆さんはもう何年も前に死んじまったが、ワシとしてはありがたいテーブルじゃ。うまく使いこなしてくれよ、若いの」


 そう言うと値段が書かれている立て紙を懐にしまい、なれた手付きでテーブルの足をたたみそのまま康介に渡そうする。

 

「そんな、お金は払いますよ」


「いや、いいんじゃ。当時は良い技術を使っていたらしいが今となってはもうどんなものかも分からないし、何より話も聞いてもらったしの」


 結局、やや強引に渡そうとしてくる老人に康介側が折れた形となった。

 実際のところ金欠だったため都合のいい話だと感じていたのは事実だ。

 

「それで、お爺さん。この喋るテーブルってのはどういった意味なんですか?」


「ああ、それは、まあちょっとしたおまけじゃ」


 聞かれた老人はそのことかと思い出したように答える。

 無料にしてもらった手間、無理に聞き出すのも悪いと感じた康介はふーんと生返事だけにしておき、お礼を言ってテーブルを持ち帰ることにした。

 

 

 

 部屋に到着して部屋の真ん中に設置してみる。

 あの爺さんの話を信じるならテーブルそのものは数十年使われてる事になりそうだが、どうやら丁寧に使われていたようで古臭いというよりも味があるといった意味合いが強い。

 またこのアパート自体が全体的に古臭いので新品を買ってくるよりも良かったのかもしれない。

 

「おお、次の持ち主はお主か」

 

 突然声をかけられた康介は驚きの声をあげる。

 

「そんな声を出してどうした?さっきの老人の話を聞いてなかったのか?」

 

 まさか本当に喋りだすとは思っていなかった康介は、多少混乱しながらも状況を整理しようとする。

 よく見てみるとテーブルが喋るときだけ、少しばかりカタカタと動いているのが見て取れる。

 

「本当に喋るんだな。驚いたよ」


「ああ、ただ口の聞き方に気をつけるんじゃぞ。ワシのほうがはるかに先輩じゃ」


「わかったよ。これからよろしく頼みますよ」

 

 

 

 それからというもの歳食ったテーブルとの共同生活が始まった。

 確かに世にも不思議な一品ではあるが、劇的に生活が変わるわけでもなかった。

 喋るテーブルとしてメディアやSNSに披露するのも考えなかった訳では無いが、あの爺さんとの会話を思い出すとなんとなくやめておこうという気持ちになった。

 

 なんとなく想像していた通り、友人を呼んで朝まで遊ぶ何てこともあったが、そういったときには一切喋らず普通のテーブルとして振る舞ってくれていた。

 

「今回は大丈夫じゃったが、あまり油ものの菓子などは散らかさないでおくれよ。なんだかんだシミになってしまう」


 油断して丁寧にテーブルを使わないと小言を言われてしまうが、誰も居ないときは喋り相手になってくれるなどなんだかんだ楽しいものとなっていた。

 

 

 

 大学生活二年目の後半あたりになると康介にも瑞希という名の彼女ができた。

 休日に外に遊びに行ったり、康介と同じように一人暮らしをしている瑞希の部屋に遊びに行ったりしていたが、この日は康介の部屋に瑞希が遊びに来ることになった。

 なんてことはない、ご飯を食べて適当に選んだ映画を見て一泊してもらったくらいで、翌日の昼頃にはすることもないので一緒にお出かけをして町で遊んで解散した程度だ。

 見た目としては地味で、これといって趣味もない康介にとって彼女ができるというのは高校時代の頃には考えられないことだった。

 大学ってこんなに楽しいものなのかと毎日顔がにやけてしまうのを抑えるのに精一杯だった。

 

 その日の夜、瑞希を部屋まで送ってから自室に帰ってきた康介は一息ついてベッドに腰掛けた。

 昨日今日と良い日だったなと思い出しているとテーブルが康介に喋りかけてきた。

 

「ずいぶんとご機嫌だが、それほど楽しかったのか?」

「そりゃあもちろん。テーブルさんは瑞希ちゃんのこと見るの初めてだっけ?」


 テーブルの呼び名については以前に名前などいらないと言われたのでテーブルさん呼びだ。

 

「ワシの生まれた頃の同年代とは別格で可憐だとは思うが……。」

「なにか気になるところがあるの?」


 自分の彼女について何か言いたそうなテーブルに対し改めて目を向ける。

 

「そのな、あまり言いたくはないんじゃがあの娘とはあまり仲良くしない方が良いぞ」


 いつものようなやや偉そうな口ぶりではない言い方に康介も気になり、その理由を聞くことにした。

 

「お主が風呂に入ったりしてお嬢さんが一人になったとき、お主の家具をいくつか開けたり財布の中身を見たりしてたからの」


 想像もしなかった彼女の行動を告げられ、康介は耳を疑った。

 

「それは、本当なのか?」


「ああ、この目でしかと見とったぞ」


 にわかには信じられない話ではあるが、なんだかんだ長いこと一緒に生活をし信頼できる友とも感じられるテーブルの言うことだ、と康介はそれとなく瑞希の行動に目を配ることにした。

 

 よくよく観察してみるとテーブルの言う通りでいくつかの不審な点が見られた。

 わざとスマホのロックを解除した状態でその場からいなくなると、操作された跡が見られたし、財布のお札の枚数が減っているときもあった。

 数回部屋に呼んでみると、テーブルの伝えてくれる通りタンスなどの中身がそれとなくいじられていたようだった。

 

 

 

「今日別れてきたよ。瑞希と」


 年を越す前のタイミングで瑞希と別れを告げ、康介はテーブルにそのことを報告した。

 

「そうか。まあ、またいい出会いがあるはずじゃ」


「はは、ありがとうな」


 原因はどうであれ彼女との別れはやはり悲しいものではあったが、テーブルに慰められるというおよそ稀有な体験に考えや持ちが奪われ、思っていたよりもネガティブな感情は芽生えなかったのも事実であった。

 

 

 

 康介はその後大学を卒業、社会人となった。

 大学近くのアパートから引っ越しもし、文字通りの新生活となった。

 ただ、テーブルを捨てることはなく都内のキレイなワンルームマンションに持ってきているので、やや部屋に似つかわしいものとなっている。

 

「部屋の風景にマッチしてないように見えるがいいのかの?」


「今どきはちょっと外してるくらいが逆におしゃれってやつだからね」


「似合わないのは否定せんのじゃな」


「まあこれからもよろしくってことで」


 大学の卒業論文を書いたり就職活動をしていた頃は非常に忙しい毎日ではあったが、いざ働き始めるとそれよりも正直楽だなという印象だった。

 良い同期仲間にも恵まれ、問題なく日々を過ごすことができた。

 

 数年後、康介に雅美という恋人ができた。

 瑞希とはタイプの違う女性で、歳はひとつ上。他部署との交流の飲み会の時に地元が近いことが判明し盛り上がった相手だった。

 

 学生の頃とは違いお金に余裕があるので、一緒に小旅行をしたり小綺麗なレストランでディナーを堪能したりと良い関係を築くことができていた。




「次の彼女さんもなかなか可愛らしいの」


「お、ありがとうな」


 数回家に招いて食事などもしているが、テーブルからの評価は上々のようだ

 念のため自身が見ていないときの雅美の行動も聞いているが変なことはしていないらしい。

 たまに独り言を言う癖があるらしいが、それも可愛いもんじゃないか。

 

「メガネが似合ういい子でしょ」


「ああ、お前と違って知的な感じが溢れておる。大切にするんじゃぞ」


「へいへい。それは俺もわかってるよ」


 恋も上々だったが仕事の方も良い出来と言っていいほどであった。

 重要な仕事も同期より多く任され、昇進も早めに行われるだろうと先輩からこっそり教えてもらえていた。

 

 そこから数ヶ月後には正式にお付き合いを始め、一年経過した頃、プロポーズをした。

 

「どうか僕とこれからの人生を一緒に歩んでいただけませんか?」


 そう伝えると雅美はメガネを通してこちらを見つめ、それでも少し恥ずかしそうにはいと返事をしてくれた。

 

 それからはある種トントン拍子だった。

 同棲期間を設けるためにもう一度引っ越しをし、翌年には正式に籍を入れた。

 結婚式は小規模ながらも華やかに行われ、美しい花嫁の姿に見とれながらもいつもつけているメガネにどことなく親近感を感じていた。

 



「ほほーこれが雅美殿の晴れ姿。素晴らしいのお」


 あれからしばらくして出来上がった結婚式の映像を、康介とテーブルは一緒に見ていた。

 今日は雅美は一旦実家に用があるということで久々にテーブルと気兼ねなく長時間話すことができる。

 正直同棲を始めてからはなかなかその機会が無かったこともあってか、康介は酒を飲みながら延々と話し続けていた。

 

「それにしても俺がこんな美人と結婚か。どうなるかわからないもんだな」


「それについては同感じゃ。ただまあお主の人柄を見抜いてもらえたんじゃないのか」


「嬉しいことをいってくれるねえ」


 見た目は地味で得意なことは特になさそうな感じではあるのにこれほどの女性と結婚することが出来た。

 本当に嬉しいことなんだなとぼんやりとではあるが幸福感を感じていた。

 

「こう思えば、テーブルさんにもフリーマーケットで譲ってくれたあのお爺さんにも感謝しなくちゃうな」


「ほっほ。ワシは別にそれほどの手伝いはしてないぞ」


 瑞希の件もあったなと笑い、それからまた結婚式の映像を見て二人は夜更かしを続けた。

 

 

 

 「そう。仕事や将来の収入は上々な感じなのね」

 

 「ええ、雅美様。あの康介という男、結婚を機にさらに仕事に邁進し雅美様の生活を楽にしてくれる未来が見えます」

 

 夜更けに実家の部屋でメガネと会話する女性、雅美。

 

「ふふ、それならいいわ。やっと見つけた金づるですもんね。これから頑張ってもらわなくちゃ」


「あまりそういった事をおっしゃると康介さんに本心を見抜かれてしまいますよ?」


「そんなこと心配しなくて大丈夫よ。メガネであるあなたと話してても独り言だって勘違いしてるんだもん」


 電気を消し、布団に入り寝る準備をする雅美。

 

「それにしてもあなたに出会えてよかったわ。ただ喋るだけのメガネかと思ったら、その相手の将来が見えるだなんて。私の将来も安泰ね。彼は見た目は微妙だし一緒にいて楽しいかって言われたら正直なところだけど、そこは目を瞑るとするわ」


 そう言うと電気を消し、寝てしまう雅美だった。

もっとこう…「ここはこうすごいんですよ!可愛らしいんですよ!」演出ってのは大事ですね!

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