怪鳥
一瞬気絶していて、気がついたのは上空だった。
巨大な鳥に掴まれて、運ばれている。
防御の魔法がなければ、鋭く巨大な爪に胴を抉られていたと思う……そう、鳥のもう片方の足に掴まれている、あの男のように。
視界がぼやけていてよかったなんて思える日がくるとは。
事切れ、力なく脱力している男から視線を逸らして、大地の方を見る。
基本的に人間が住まない土地であるから、全体的に森林。
集落のようなものがあるようには見えない。もしかしたら、この目のせいで見逃しているのかもしれないけれど。
このまま運ばれてしまうのは拙いのではないだろうか?
多分、餌認定されているのだと思う。
なぜ破魔の木の柵に囲まれた場所に、魔獣が入ってきたんだろう。空からだったから、柵の効果がなかったんだろうか。それとも、破魔の木の効果がないほど強い魔獣なのか。
視界に広がる緑色が、そこはかとない絶望感を呼ぶ。
羽ばたき一つで何キロも移動できるのだから、こんなに離れてしまえば、自力でレヴィの家に戻るのは難しいだろう。
とにかく生き残ることを第一に考えよう。
鳥の魔獣を『調べ』、現状が「雛への餌を運搬中」であるのを確認して焦る。
巣に着く前に逃げたほうがいい、巣があるのが地下層へ繋がるダンジョン付近であるならなおさらだ。
防御の魔法の範囲を広げて、魔獣の爪をこじ開けたいけれど。防御の魔法を皮膚のすぐ上に張ってあるので、そんなことをすれば服が破れる。
どうして服も防御の魔法に含めなかったんだ、自分っ!
悔やんだところでどうしようもないので、次からの課題にしておこう。
一度魔法を解いて、広く張り直せれば勝ちが見える。
わたしの防御の魔法は固く、わたしを中心に全方位に広がり、わたしに近づけることはない。球体の中に浮かんでいる状態になるのだ。
広げれば広げる程不便な魔法だけれど、今回は使える。
「『斬』!」
魔獣の足に切りつけたが、固いのか、わずかに傷がついただけだ。
そうか、守備力が高いというのはそういうことなのか。
攻撃が効かないならば、魔獣の顔を覆うように防御の魔法を掛ける。ぴったりと張り付くように、空気も通さない防御を。
すぐに異変に気づいた鳥の魔獣は、息苦しさに藻掻いて暴れ、振り上げた足から勢いよくわたしの体が投げ飛ばされた。
魔獣の力は強くて。凄い勢いで空中を飛びながら、なんとか防御の魔法を張り直した。
魔法を解除した瞬間、ものすごい風圧で気絶しそうになったので、本当にヤバかった。
服込みで防御の魔法を張り、半径二メートル程度に広げる。
お笑い芸人さんが、巨大な風船の中に入ってるのを思い出した。
まだ空を吹っ飛んでいるのに余裕だよね、余裕……現実逃避だけど。
それにしても、どこまで飛ぶんだろう。
球体だから空気抵抗が低いのも飛べてしまう理由かもしれない。
空気抵抗の多い形にすればいいのかな? それともグライダーのようにして、滑空でき――いや、そもそも魔法で空を飛べばいいんじゃないのかな。
魔法という習慣がないから、どうも考えが勿体ないことになっている気がする。
なんてことを考えながら吹っ飛ばされていたら、地上から強い力に突き上げられた。
防御の魔法があるから無傷だけど、一気に高度があがる。
ここは階層世界なのに、上空には大空が広がり、第二層の底面が見えるわけではない。
それにしても、一体なにが起きたんだろう。
地上から間を開けながら、なにかが打ち上げられてくる。空気の塊?
明らかにわたしを狙っている。
わたしを、殺そうと狙っている。
ぼんやりとした目を凝らし、地上を睨む。
もっと、もっとよく見ろ! 見えろっ!!
唐突に視界がクリアになり、わたしの望む視界を得た。
あり得ない視力で、高高度から地上を見渡す。
そして、わたしを見上げる巨大な魔獣と目が合った。
巨大な魔獣が咆吼し、その口から力の塊がこちらに向かって放たれる。
一気に近づくその攻撃が恐ろしくて、防御魔法の形を変えて、下に向けた円錐形にする。
急上昇が止まり、下降がはじまる。
打ち上げられてきた力の塊のど真ん中を、矢のように突き抜けて落下した。
自由落下だったけれど、着地点はわたしを狙っていたあの巨大な魔獣だった。
高高度からの垂直落下の威力はすさまじくて、円錐の防御魔法で串刺しになった魔獣は、一撃で事切れた。
巨大な魔獣の頭と心臓を串刺しにし、地中に潜ったところでやっと止まった。
防御の魔法が穿った穴に、上にいた魔獣の血が降り注ぎ溜まっていく。
……どうやって、穴から出ればいいの……?
やがて、ズドォンという地響きと共に魔獣が横倒しになり、穴は魔獣の巨体に塞がれた。
円錐状の防御魔法の中、上は大量の魔獣の血だから、魔法を解除するわけにはいかない。そして穴の入り口は、巨大な魔獣の体に塞がれている。
どうしたものか。
穴を塞がれて真っ暗な中で体育座りをして、落ち着くために異空間から昼食のパンをひとつ取り出し、ひとくち分だけむしって、残りは戻しておく。
手元に残したパンをさらに小さくちぎって口に入れる。
豆入りのパンはお気に入りで、食べると気持ちが安らいだ。
短い時間だったが、そうやって平常心を取り戻し、とにかく地中から出ることにする。
頭上に溜まっている魔獣の血をまずはどうにかしたい。
魔法で調べてみれば、この血自体が薬の材料であることがわかったので、折角だからと異空間に収納する。さっき採った薬草と一緒にはできないから、新しい空間を作ってそこに入れておこう。
血がなくなり、上を見れば……巨大な魔獣の体が、ズリズリと引きずられて動いていた。
穴の上からは獰猛なうなり声がいくつも聞こえ、恐ろしさに身震いする。
きっと魔獣の死骸を食いに、魔獣が集まってきたのだろう。
う、動かないほうがいいよね。
というか、怖くて動けない。
自分ならやっつけられるという自信はあるんだけど、やりたくないというか。
いいわけじゃないけど、いま、すっごく体がだるくて……。
気がついたら寝ていた。
多分、脳みそがキャパシティオーバーで現実逃避しちゃったんだろうな。おやすみなさい。