鯖折り禁止
「イヤです」
闇ギルドに手配書が出されたことで、わたしと別行動しようと言い出したレヴィにわたしははっきりと否を伝える。
「聞き分けてくれ。アキの元の姿なら、追われる心配がねぇんだ――」
「ついさっき四六時中一緒にいるって言った口で、別行動しようなんて言わないでください!」
大きくなってしまったわたしの声に、彼はグッと黙り込む。
「女に戻ることに否はありません。だけど、別行動は嫌です、レヴィと離れたくありません」
言い切って、唇を噛みしめる。
折角こうして再会できたのに、折角こうして二人で居られるのに、離れなきゃならないなんて絶対に嫌だ。
立ち上がり、風呂場へ向かう。
「おっ、おい、アキ――」
追いかけてきた彼を、ギッと睨む。
「元に戻ります。絶対に中を覗かないでください」
どこかの鶴のような言葉を残して、わたしは浴室を占拠した。
わたしもあの鶴のように、彼に恩返しができるだろうか……。
一時、浴室内を凄惨な殺人現場のようにしてから、清浄の魔法で現状回復をした。
今回も出た血肉(※産業廃棄物)は、異空間にポイしておく。
なんとなくねっとりしている気がする体を洗ってスッキリしてから、異空間から取り出したワンピースを着る。
「お待たせしま――」
風呂場を出たところで待機していたレヴィに抱きしめられる。
「アキ……っ」
「レヴィ、どうしたんですか?」
抱き上げられて、頬ずりされる。
それはもう愛おしそうに。
だから、わたしも腕を伸ばして彼の頭を抱きしめる。
やっぱりおっさん姿だと遠慮や違和感があって、心から彼の腕に飛び込めないというのはある。
生々しいけれど、肉一枚隔てている感じというか。
「男の姿も嫌いじゃねぇが。やっぱり、アキはアキでいてほしい。俺の我が儘だってぇのはわかってんだけどよ」
男嫌いのわたしは、この女の姿で居つづけるのは、ちょっと勇気がいるけれど……。
いいよ、と言いかけたわたしの口を彼の唇が重なって止めた。
「いいって言うなよ、アキ。お前は俺を甘やかすから。駄目なことは駄目ってちゃんと言え、俺はお前に無理をさせたいわけじゃねぇ……今はただ、ちょっと我が儘言っただけだからよ」
語尾が小さくなっていく彼の唇に、わたしもチュッと唇をつける。
「ありがとうレヴィ。レヴィの我が儘を聞きますから、わたしの我が儘も聞いてくれますか?」
迷うような目をした彼だったが、覚悟を決めたように頷いた。
「別行動は絶対に嫌です、ずっと一緒にいてください」
言った途端、抱きしめる力が強くなって内臓が潰れそうになり――肉体を変えるなんて大仕事をしたあとに、ベアハッグは無理ぃぃ。
身体強化を忘れていた自分を呪いながら、意識を失った。
翌朝、清々しい朝日で目を覚ました。
昏倒からの睡眠って……どうなの? 体に悪かったりしないのかな。
ひと組のお布団でレヴィに抱き込まれるようにして寝ていたようで、目覚めるとレヴィの晴れやかな笑顔があって、もう一度意識を失いそうになった。
目覚めの最初が、大好きな人の愛しげな笑みなんて、心臓に悪い、超心臓に悪いっ。
彼の笑顔にドックンドックンしている心臓を持て余しつつ、慌てて起き上がる。
「おっ、おはようございます、レヴィ」
お布団の上に正座して頭を下げたわたしに、彼も起き上がり……寝起きのはだけた浴衣の胸元がとてもセクシーで、目に毒ですっ。
「おはよう、アキ」
微笑んで言う余裕綽々の彼が憎い。その経験値、どこで習得してきたの?
レヴィもいいお年だし、女嫌いとはいえ、女性経験がないってわけはないわよね。
不毛なことを考えて、気が滅入る。
過去に嫉妬してどうするのよ、あーもう、本当に馬鹿かしらわたし。
なんて自己嫌悪をしているわたしを、彼はひょいと持ちあげて、座っている自分の太ももに乗せて、至近距離からわたしの顔を覗き込む。
「どうした? どっか具合が悪いのか? 急いで回復薬を飲ませたから大丈夫だと思ったが、まだ痛いところがあるか?」
わたしの様子を見逃さないとでもいうように、彼が真剣な顔でわたしを見る。
「ううん、どこも痛くないです」
わたしの言葉に、彼はホッと表情を緩めた。
「昨日は本当に悪かった、つい力が入っちまって……。男姿のアキのいいところは、思い切り抱きしめられるところだな」
そんなことを悪びれずにいった彼に、思わず目が据わる。
「力加減には注意してくださいね。あなたの抱擁が生死に関わるって、すっごく理解しました」
「うっ……。本当に、悪かった」
肩を落とす彼の首に腕を回して抱きついた。
「レヴィがわたしを抱きしめるのはダメですけれど、わたしから抱きしめる分には問題ないですものね」
耳元で囁いたわたしに、彼の口からうめき声が漏れる。
「ぐ……っ! 生殺しかっ」
わたしを抱きしめるに抱きしめられない彼の手が、宙を彷徨っている。
「わたしを気絶させた罰です」
ひとしきりギュウギュウと抱きしめてから、立ち上がる。
「もういい時間ですね。わたしはこの姿なので危険は減りましたけれど、レヴィもどうにかしたほうがいいですよね」
「いや、だから俺は――」
「別行動は、論外です」
ぴしゃりと言ったわたしに、彼は肩を竦める。
「髪と目の色を魔法で変えましょう。それから服装も変えれば、随分と印象が変わるはずです」
わたしの言葉に目を白黒させた彼ににじり寄り、問答無用で魔法を行使した。
「へぇー、本当に変わってるな。こんな魔法もあるんだな」
洗面所の鏡を見て感心する彼を、わたしも感心して見る。
「赤髪もいいですけれど、真逆の青色もいいですね。目のグリーンも、髪に合ってますね」
「随分と雰囲気が変わるもんだな。どうだ? 似合うか?」
そう言ってキメ顔をする彼に笑顔で頷く。
「はい。赤髪の野性味あふれるレヴィも素敵でしたけれど、青髪の知的なレヴィも素敵です」
うっとりと、心からそう伝えれば、彼は頬を僅かに赤くして狼狽える。
「そ、そうか」
照れてるレヴィも可愛くて大好きです。
ニコニコしながら彼を見上げるわたしに、彼も笑顔を返してくれる。
「あとは、服ですね。流しの薬売りという設定にしませんか? 薬の行商の服なら、冒険者だと知られずに済むと思うのですけれど」
「流しの薬売り……俺がか?」
イマイチピンとこないのか、彼が渋い声を出す。
「旅をしていても目立たない職業って、他に何かありますか? もちろん、冒険者以外で」
薬売りなら、わたしが薬を持ってるし、問題無いかなと思ったんだけど。
わたしの質問に彼はひとしきり考え込んで、頭を横に振った。
「確かに行商が、目眩ましになるな。それじゃあ、夫婦で薬売りをしてるってことにするか」
「いいと思います!」
夫婦ってところが、特に。
勢い込んで賛成したわたしに、彼は笑う。
「じゃぁ、ちょっと左手を出してくれ」
「はい?」
彼に請われて左手を彼に差し出すと、収納袋から小箱を出した彼が、わたしに見せるようにその小箱を開く。
「これ……って……」
大小の指輪が二つ並んでいる、すこし幅があってそこにはびっしりと文字が刻まれているけれど、小さすぎて近づかないと読めそうにない。
いや文字よりも、その指輪って、どうみても結婚指輪に見えるんだけど。こちらの世界に、そういった風習があるっていうのは、まだ知らない。
「アキの世界だと、結婚をすると揃いの指輪を、左手の薬指にするんだろう?」
そう言ってわたしの左手を取ると、手の甲に彼はそっと口づけした。
「我レヴィオスは、アキを守り、共に生きることを誓う」
そう宣誓すると、わたしの左手の薬指に指輪を填めた。すこし大きめだった指輪は、すぐにほどよいサイズに縮む。これも魔道具なのかも知れない……いや、そうに違いない。細かく彫られている文字に目を凝らせば、ヒラガさんのところで見たような文字の並びが見えた。
「アキも」
彼が箱をこちらに向けると、サイズの大きな指輪が残されている。
「わたしも、レヴィオスとずっと一緒に居ることを誓います」
彼の大きな手を握って左の薬指に指輪を嵌めると、わたしの時と同じように指輪が縮んだ。
彼の手を握り返して不格好ながら宣言したわたしに、彼は溶けるような笑みを浮かべると、わたしの首筋に手を添えて引き寄せ、彼の唇をわたしの唇に触れさせた。
「神殿に受理してもらうのは、今は無理だが。形だけでも、な」
額と額を合わせて、照れたように言う。
神殿で受理されることで婚姻が正式に認められるのだけど、わたしがニホン人として処々の手続きを終わらせてからじゃないとできないらしい。
だけどこうして、形だけでも誓ってもらえて、とても幸せを感じる。
「嬉しいです、ありがとうございます」
わたしが笑顔で彼に抱きつくと、彼の手がわたしを抱きしめ返そうとして、静止する。
ふふっ、『抱きしめ禁止』をちゃんと守ってくれる彼が愛おしい。
「さっさと王都に行って、色んなことに蹴りつけて、名実共に夫婦になろうな」
わたしの腰に緩く腕を回し、わたしに抱きしめられながら、思いの丈を囁いてくれる。
男の人が怖かったわたしだけれど、レヴィは……レヴィだけは別だから。
「はい。早くレヴィの奥さんになりたいです」
彼の首を引き寄せて、その唇に唇を押し当てた。