一日目
長い間暗い場所にいたせいで、突然の眩しい光に目が焼かれ、咄嗟に両手で目を覆い、しゃがみ込んでしまった。
「――。――――?」
うずくまっていると、突然、低い男の人の声がして、わたしは咄嗟に声の方向から逃げ出した。
怖い、男の人の声が、怖い。
身についた恐怖が、わたしの足を動かしたけれど、足場の悪い石畳のような地面だったらしく、目がうまく見えないまま数歩足を出しただけで思い切り転んでしまう。
「い……っ、つぅ」
「――、――――?」
みっともなく地面に転んだ腕を掴まれ、軽々と引き起こされる。
その力強さが怖くて、うまく立ち上がることができない。
――逃げなきゃ、逃げなきゃ、また殴られる。
幼い頃からすり込まれている恐怖で強ばった体を、ひょいっと持ちあげられた。悲鳴も出ないまま、視力の戻らない目でわたしを抱き上げた男を凝視する。
白濁した視界に、ぼんやりと輪郭だけわかるが、本当にぼんやりとしていて細部が一切わからない。
「――――。――、――――。」
ゆっくりとした口調は穏やかで、パニックが過ぎれば、わたしを宥めようとしているのがわかる。
それでも、怖いものは怖い。
震える体を彼の腕のなかで縮ませていると、話しかけるのを諦めた彼が、わたしを抱いたまま歩き出した。
どこへ連れて行かれるんだろうという恐怖で、背中が冷や汗に濡れる。
一向に戻らない視力も恐ろしい。
この世界には、回復に長けた魔法があるから、治療することができることはわかるけれど、それは聖力でなければならなくて。
ある魔法を使いたくて、魔力を蓄えるためにわたしが出現場所に選んでしまった第三層には、その聖力が一切ない。
聖力さえあれば、自分でどうとでも癒やすことができるのに。
おとなしく第二層に出現するんだった、と思うのも後の祭り……。
魔力のない地球から、この魔力のある世界に来たからには、やっぱり魔法を使いたいわけで。
魔法を使うためには魔力を体に蓄えなければならなくて、最も効率よく魔力を蓄えるのは魔力の強い第三層だった。
予定では三日もあれば、目標に十分な魔力を得られるはずだったのに。
こうして後悔している間にも、土地にある魔力がわたしの内に溜まるのがわかる。
元々持っていない力だからか、ジワジワと吸収している感覚があるんだけれど。こんな状況でなければ、もっとゆっくりと堪能できるのに。
とはいえ、この腕の主が気をつけてわたしを運んでくれている、っていうのはわかる。
揺らさないような足取りだし、時折優しげな声も掛けてくれることで、この人がとりあえずわたしを保護しようとしてくれているのだとわかる。
人さらいかもしれないし、今は優しくてもいつか手のひらを返すのかもしれない。
信じてはダメだと、心に言い聞かせる。
それにしても、言葉が理解できないのが、惜しい。
この世界に来るまでに得た情報というのは、世界の根幹となる情報であって、文化や文明に関することは全然なかったのよね。その情報だって、重要で、有用で、とても大事なことではあったし、正直いってわたしの脳みそのキャパも一杯いっぱいだから、覚えきれないかっただろうけれど。
「――――、――。――――」
静かな声が何事か伝えてきて、わたしを抱えたまま器用にドアらしきものを開けて、建物? の中に入った。
男の家に連れ込まれた。
それを認識した途端、危機感のゲージが振り切れそうになる。
ここに来るまでに、暴れて逃げ出さなきゃならなかった。
のんきに運ばれてるなんて、どうかしてた。
運ばれている間は治まっていた恐怖が、ブルブルと体を震わせる。
血の気が引き、手足が冷たくなった。
「――! ――――!」
男が慌てたように声を荒げ、わたしの口に布を突っ込んだ。
「うーっ! うーっ!!」
暴れるわたしを、強い力で抱き込む。
びくともしないその強さに、更に恐怖が限界となり――意識がぷっつりと途切れた。