苛立ち
この世界で最上の謝罪スタイル、ジャパニーズ土下座。
「申し訳ございませんでしたっ」
ビレッドはおでこを地面に擦り付けて、決して頭を上げない。
「それは、何に対する謝罪ですか?」
自分でも冷たい声がするりと出てきた。
「わたしとレヴィオスさんを、危険にさらしたことですか? それとも、そもそもわたしたちの邪魔をしようとしたことに対する、謝罪でしょうか? なにに対して、謝っているんですか?」
頭を下げたままの彼の肩がビクリと揺れる。
「黙ってないで、答えてください」
声が地を這う。
「そ……それは――」
口ごもる彼に、イライラしてしまう。
「口先だけ、ですか? 頭を下げれば、それで済むなら世話はありませんね」
丸まった彼がビクッと縮こまる。
「それくらいにしておいてやれ、もう日が落ちる」
大きな手が肩にかかり、振り向けばレヴィが空を指さしていた。
確かに日が落ちて一番星が出ている。だけど、まだちゃんと謝罪を――。
言い募りかけたけれど、レヴィの静かな目を見て、文句を飲み込んだ。
何度か深呼吸をして、レヴィに場所を譲り、わたしは後ろに下がった。
駄目だ、イライラが止まらな――……ああ、そうか、あと数日で生理がくるのか。
バタバタしていてすっかり忘れていた。
レヴィがビレッドを立たせてから、わたしに帰ることを促す。
「わかりました」
まだ、心のさざ波が落ち着かず、言葉少なに返事をして、岩場から荷物を取ってくる。
それから、忘れてはいけない、紙に包んだ『集魔香』を土から掘り出す。
魔獣避けをまぶし、厳重に包んであるので持ち歩いても大丈夫だろう。
「レヴィオスさん。集魔香は、わたしが持っていても大丈夫ですか?」
ギョッとした顔のレヴィだったが、鼻で周囲の匂いを確認して鋭い視線をわたしに向け、至近距離まで近づいてきた。
「集魔香の匂いはしねぇな。ってぇか、この匂い――魔獣避けだな?」
わたしの耳元で囁くように問われ、頷いた。
「たまたま持ち合わせがありましたので」
そう答えると、彼はわたしを抱きしめて肩を叩く。
「でかした! あんたのお陰で、向こうの鼻を明かせそうだ」
突然のハグに目を白黒させるわたしを尻目に、彼はウキウキとした様子でビレッドを急かして森の中にある小屋を目指した。
片道二時間、月明かりで歩くのは、心身共にキツく。
回復薬を飲んだわたしとレヴィは元気だったが、ビレッドは力尽きてしまったので、仕方なくわたしの秘蔵の薬を与えた。
「出所は聞くな。聞けば、毒を飲ませる」
私の脅しに、彼はコクコクと頷き、わたしたちからすこし遅れて歩いてくる。
いつも生意気な口ばかりだから、おとなしいのは静かでいいな。
今日、わたしは少々短気になっているので、おとなしくしてもらえるとありがたい。突っかかられても、いなせそうにないから。
「あんた、毒も持っているのか」
隣を歩くレヴィが、興味深そうに聞いてくる。
「薬も過ぎれば毒になりますから」
しれっと答えたわたしに、「一筋縄じゃいかねぇの、いいねぇ」と笑って肩を組んできた、そして手を差し出す。
「集魔香は、俺が預かっておく」
確かに、Aランクであるレヴィに任せるのが一番だろう。
頭ではわかるのに、感情が躊躇した。
「これで、誰の鼻を明かすつもりですか」
質問したわたしに、彼は強烈な流し目をして凄みのある笑みを浮かべた。
闇の中で、光った錯覚すらして、背中に冷や汗が流れた。
「あんたを巻き込むには忍びねぇ、ゴタゴタだよ」
明るい声だけれど、深入りするなという警告だということがわかる。
彼の迫力に押されるようにして、わたしは持っていた集魔香の包みを彼に渡した。
「ありがとよ。ああそうだ、礼になにか欲しいものはねぇか? なんなら、その収納袋をやろうか?」
集魔香を大事そうに荷物に入れた彼は、ご機嫌でそう提案してきた。
この収納袋は確かに欲しいものではあるけれど、これは自分でも買えてしまう。どうせなら、もっと他の……彼にしかもらえないものがいい。
「収納袋は自分で買うので大丈夫です。その代わり、わたしを名で呼んでもらえますか」
わたしがそう願うと、彼は目に見えて動揺した。
わたしの名を知っているはずなのに、一向に呼ぼうとしない、いや呼ばないようにしていることには気がついていた。
第三層にいたときは、あんなに頻繁に呼んでくれたのに。
どうして、呼んでくれないのだろう。
「名前か……。なかなか、難しい要求してくるじゃねぇか」
苦笑いを隠さない彼を見上げ、わたしは首を傾げた。
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