Good Luck
皿に残ったソースをパンでさらえてきっちり食べきり、口の端をハンカチで抑えてから彼女と向き合う。
「合理的ではないことをするのが、そちらの流儀ということなのでしたら。申し訳ありませんが、お申し出は辞退させていただきます」
名刺を指先で押し返し、皿と荷物を持って立ち上がる。
「ま、待って! まだ話は終わっていないわっ」
腕を掴まれ引き戻され、思いのほか強い力にバランスを崩し椅子に逆戻りした。
逃げないように腕を掴まれたまま、というのも困ってしまう。
「手を、お離しください」
「あなた、逃げるでしょう、離さないわよ」
ギラギラした目が睨んでくる。
これでわたしが力任せに振り払えば、きっと問題が起きるだろう。
「話など、もうないじゃありませんか」
うんざりしてそう言えば彼女の目尻がつり上がるが、わたしは構わずに彼女を見下ろしてゆっくりと言葉を続ける。
「それに、あなたは、わたしを……下々の者を馬鹿にしていらっしゃる。そんなあなたを相手に、取り引きなどできるわけがありません」
見下ろすわたしに、腕を掴んだままの彼女は口元を笑みの形にした。
「あらそうかしら? そうだわ、報酬のお話しがまだでしたわね。情報ひとつにつき、十万出すわ」
どや顔をされたけれど、札束で頬を殴るスタイルの交渉は、嫌いだな。
「生憎と、お金には不自由しておりませんので。他をあたってください」
「嘘つき。お金が無いから、冒険者なんてやってるのでしょう? 仕方ないわね、手付けとして先に五十万出すわ」
お金など不要だと断れば、なにを思ったのか、彼女は笑みの種類を変えて赤い唇をペロリと舌先で舐めた。
「ははぁん、なるほど、ね」
掴まれたままだった手をねっとりと撫でられ、ぞわっと鳥肌が立つ。
花街を歩いたときに、強引な客引きがいたけど、同じ空気を感じる。
自分の容姿を信じて疑わず、自分の色香に落ちない男はいないと確信している、厄介な自信を持つ空気だ。
「まぁ、それもいいわよ? 楽しませてくれるなら、ね?」
「勘弁してください――う、わっ」
咄嗟に体をのけぞらせてしまって、危うく椅子から転がり落ちそうになったところを、強い力で背中を支えられた。
「あ、すみませ……レヴィ、オスさん?」
「なにやってんだよ。こんなところで怪我して、仕事ができねぇなんて、笑い話にしかなんねぇぞ」
見上げた偉丈夫は苦笑いでわたしを起こしてくれ、それから一変した険しい顔で、わたしの手に触れていたカルーダ女史の手を払いのける。
「いたっ! 酷いわね、ギルドに暴行されたと申し立てるわよっ」
「てめぇもな。俺の仕事の邪魔をしたと、新聞社に抗議するぞ、クソが」
殺気まで出したレヴィと、カルーダ女史がにらみ合う。
彼女は真っ青になって小刻みに震えているから、どちらに分があるかは一目瞭然だ。
よく、こんなに怒っているレヴィに向き合えるな、そこの肝の据わり方は素晴らしいかもしれない。
それにしても、彼の女性嫌いというのは本当なんだな。
もしかすると、彼女にだけかもしれないけれど……いや、ギルドでも女性職員とは一言も口を利いていなかったっけ。
「Aに上がっただけでいい気にならないでちょうだい、たかが冒険者の分際で、我が社に抗議ですって? ずうずうしいにも程があるわ」
彼女の声はよく通り、周囲にいた『たかが冒険者』が険悪な視線を彼女に向けた。
そもそもAランクはそれだけで冒険者の憧れなのだから、憧れもろとも貶されるのは腹に据えかねる。
周囲の空気が一気に悪くなった。
すると、どこからともなく、帯剣した男が二人彼女を守るように立ちはだかる。
服装は町に馴染む目立たない格好だが、目つきや身のこなしは彼女の護衛なのだろう。護衛の一人や二人、連れていて当然か。
レヴィと彼女がにらみ合い、周囲の雰囲気も一触即発でピリピリしている。
正直にいうと、うんざりだ。
食事をしていた一般の人たちは、なにがはじまるのかとワクワクしている。
娯楽が少ないから、喧嘩はとてもいい余興になるわけだ。
野次馬が集まる前に、帰りたい。
座ったままレヴィを見上げれば、わたしの視線に気づいた彼が、険しい顔のまま見下ろしてきた。
咄嗟にハンドサインで『自分は戻る』と送れば、彼は怒らせていた表情をすこし緩めて『すこし待て』と返してきた。
がっかりして思わずうんざりした顔をすると、彼は楽しそうに口元を緩める。
「ちょっと! なにやってるのよっ」
向こうは余裕がなくなっているのか、どんどん声のトーンが高くなっていく。
それを無視して、彼はわたしを見たまま、素早く胸を二度拳で叩き、親指と人差し指を交差させた『愛してる』のサイン。
わたしを動揺させたいんだろうけど、そう何度も同じ手は食わない。
素早く、人差し指で自分を指してからその手でOKの形を作る、自分+了解で『わたしも』。
どや!
わたしがどや顔で彼を見ると、彼は吹き出して、わたしの背中をバシバシ叩いて大笑いした。
「さて、それでは、失礼いたしますね、カルーダさん」
大笑いするレヴィに、彼女がぽかんとしたのをいいことに、さっさと立ち上がって、皿を返却して荷物を持って、屋台の広場をあとにする。
「おい待ってくれよ。あんた、思ったよりも面白いんだな!」
大笑いの余韻があるレヴィが、追いかけて肩を組んできた。
「レヴィオスさんも、思ったよりもお若くて、楽しい方ですね」
第三層では、落ち着いた大人というイメージだったけれど、再会してからの彼は若くて冗談も好きで明るい人だった。
「どんな想像してたんだよ。ってぇか、あんた、俺のこと知ってたんだな」
肩を組んだまま歩きながら、笑い声で探りを入れられた。
「知ってますよ。風の噂で、知る程度の情報だけですけどね」
「へぇ?」
くっついているからだろうか、彼が少し警戒したのを感じる。
――それもそうか。レヴィがホームにしているのは、ここからかなり遠いダンジョンだから。
いくらAランクの冒険者が珍しいといっても、あまり離れた場所にいる人は、よっぽど有名じゃないと名を知られるなんてことはないから。
因みに、このギルドにはAランクの冒険者はいない。
ダンジョンも迷いの森もあるけれど、どっちも小さいからAランクの冒険者にとって、うまみが少ないからだろう。せいぜい居て、Bランクの冒険者が数名だ。
「あ、そうだ。わかれるときのハンドサインを作りましょう。コレを、多用するのもなんですから」
『愛してる』のサインを見せれば、彼は「えー、いいじゃねぇか」と口をとがらせる。
だが、引き下がらずに、なんとか説得する。
「わたしが、ソワソワしてしまうので。変えましょう」
「まぁ、あんたがそう言うなら。『じゃぁな』のサイン作るか」
オーケーが出たので、予め用意していたサインを伝える。
「『幸運を祈る』というサインはどうですか?」
人差し指と中指を交差させて見せると、彼は細かく頷き『了解』としてきた。
それから、指を揃えて左斜め後ろを示してから、親指を下に突き出した。左斜め後ろに敵?
「なにかしてくる感じではないから、様子見か……」
彼はそう呟くと、「とりあえずは、気にするな」と言われたんだけど。
気になりますけどね。
そのまま、通り道だということで共同住宅まで送ってくれた彼は、さっき決めたばかりのサインをさりげなく出して帰っていった。
本当に、ハンドサイン気に入ったんだな……。
中に入る前にチラリと後ろを見たけれど、『敵』を確認することはできなかった。
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間に合ったー!!(≧∇≦)ノシ
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