サイン
ギルドにある少人数打合せ用の小部屋を借りて、テーブルを挟んで大柄な男が二人向かい合っていた。
まぁ、わたしとレヴィなんだけどね。
あれから無事にパナの実を見つけて――レヴィが、あっさりと見つけ出してくれた。さすが上級冒険者だ、植生に関する知識も素晴らしい。
ギルドに戻る途中で、昇格を辞退することはできないのか確認したところ、ギルドの差配に意義を申し立てるには相応の理由が必要だということだ。ようは、実質無理。
ついでに、なぜ罠に掛かって宙づりになっていたのか聞いてみたんだけど、そちらは誤魔化されてしまった。どうやら、聞かれたくないことだったみたいなので、追求するのはやめておいた。
レヴィはテーブルに広げたわたしの活動実績表を見て、難しそうな顔をしている。
「見事に採取しかしてねぇのな……」
「はい」
素直に頷く。
だって、採取しかしてないからね!
Cランクに上がるために、仕方なく最低限の狩りの依頼は受けたけれど、それ以外は採取や他の依頼で評価を稼いだ。
そしてCに上がってからは、採取しかしていない。
Bランクに上がるつもりがこれっぽっちもないから、当然だ。
彼は最近の依頼から目を通し、過去へと遡るようにページをめくっている。
この世界は不思議なことに、妙に近代的な部分がある。
彼の捲っている書類も、機械で印字されたものだ。タイプライターなどではなく、プリンターで。
ギルド内でネットワークが組まれ、情報の共有がされている。だから、身分証も兼ねているギルドタグがあれば、どの支部でもお金を下ろすことができるし、タグに記憶されている実績を印刷することができる。
実績を印刷するのは、護衛依頼などで依頼主から要望があった場合などだ。滅多にないことなので、わたしも今回はじめて自分の実績を印刷したけど、パソコンとは違っていてちょっと面白かった。
ギルド内にはもっと色々面白い技術が使われているらしいので、ギルド職員になれないのは本当に惜しいな。
あ、でも高ランクの冒険者になってから引退すれば、ギルドに雇ってもらえるらしいし、そっちを狙うのもありなのかも?
室内には、紙を捲るゆっくりとした音だけがある。
なんだか面接に似た緊張感があるな。
面接といえば、元の世界で受けた面接はサイテーだったなぁ。学歴を貶され、化粧っけのないのを馬鹿にされ、挙げ句にもう十センチスカートを短くしたら即採用だったのにね、なんてニヤついた顔で言われて――いやいや、思い出すのはやめよう、折角目の前にレヴィがいるんだから。
紙に視線を落とす横顔を見て、心を落ち着ける。
「まぁ、ギルドが推す理由がわからなくはないな」
一通り目を通した彼が、ページを戻して書類を机に置いた。
「理由をお聞きしても、よろしいですか?」
「そう難しい話じゃねぇよ。あんた、魔獣の縄張り内にある採取もかなりやってるだろ、ってことは、魔獣を倒すなり退けるなりするだけの実力があるってことだ。狩らないまでも、このレベルの魔獣をどうにかできるなら、Bランクに上がるのに問題はないからな」
彼の考察に、必死で首を横に振る。
「いえいえいえいえ! そんな実力なんてありませんからっ」
魔獣避けのお陰なんですっ! と言っていいものか。
魔獣避けを作るのに使う、破魔の木は第三層にしかなく、ここ第二層ではかなり高価となっており、富裕層の商人や貴族が魔獣が出そうな地域を移動する時に使うくらいで、民間人が常用するなんてあり得ない代物だ。
わたしは、第三層にいたときに、大量に採ってきたので潤沢に持っている――ひと財産を築けるくらい。
これを売って左うちわで生活することも考えたけれど、そもそも大量に破魔の木を販売するとなると、商業ギルドに登録しなくてはならない。
商業ギルドに登録するには、後見人が必要で――ギルド職員に引き続き、挫折。
裏ルートで売ることもできるかもしれないが、レヴィと再会したときに脛に傷があるのもツライと思い却下した。
見知らぬ男と組む嫌悪感に追加して、高級な魔獣避けを使っているという事情もあってパーティを組むことがないわたしだけれど、魔獣避けのお陰で魔獣が寄ってこないから、採取の依頼もソロで楽勝なのよね。
だけどそうか、レヴィと組むことになったら、魔獣避けを使うわけにはいかないか。
「まぁ、実力は、一緒に仕事をすればわかるさ。あんまり深く考えるなよ、審査なんて一回で通る方が珍しいんだ、いつも通りやればいい。当分よろしくな、相棒」
笑顔で握手を求められ、躊躇う。
「いつも通りと言われても。一度もパーティを組んだことがないので、右も左も分からないのですが……」
「そうか――そういや、そうだったな」
「やっぱり、わたしには昇格は早いです。わたしからギルドに掛け合って――」
部屋を出てギルドの職員に直談判に行こうとしたのを止められる。
掴まれた腕は痛くないのに、振りほどける気がしない。
「ソレも込みでの、ギルドの判断だろう。諦めて、俺と組め」
低い声で、言い聞かせるようにゆっくりと言われた。
それは懐かしい、記憶にあるレヴィの話し方で――断れるわけがない。
「わかりました。本当に、組んで仕事をするのがはじめてなので、ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」
腹をくくって握手を求めている彼の手を握れば、彼は満足そうに笑って握り返してくれた。
「連携の取り方とかも、さっぱりわからないので、教えていただきたいのですが」
「連携の取り方? 例えば?」
首を傾げる彼に、握手していた手を離して説明する。
「例えば、魔獣を狩るときに、包囲するように展開した場合、離れた場所にいる相手に合図を送るハンドサインとか」
「ハンドサイン……例えば?」
問われて、少し考える。
「例えば、(右手の指を揃えて、左側に向け)こっちの方向に、(指を二本立てる)二匹、(親指を下に突き出す)敵が居る。という感じでしょうか」
彼は面白そうな顔をして、手を真似る。
「これで方向か、それで指で何匹居るか、最後に敵の有無だな」
「そうです。(親指を上に突き上げる)こうすると、敵は居ない、という意味になりますね」
「他には?」
「(人差し指を自分へ)自分。(人差し指をレヴィへ)あなた。(手で目を軽く覆う)状況不明。(手のひらを水平に首元へ)危険。などでしょうか」
わたしの仕草を、真剣な顔をして繰り返している。
「なるほど、使えるな。他には?」
「あとは、バントのサインくらいしか覚えていませんね」
左肩に触れてから、握った両手を水平に揃えてみせたけれど、やっぱりわからないようだった。
「バントとは?」
説明に困るやつだ。
「……ええと。ということは、パーティを組んでも、特に連携のサインはないということなのでしょうか?」
「そうだな、もしかしたら使っている奴らもいるかもしれないが、俺はまだ会ったことがないな。だが、面白いから、俺たちはそれを使おう」
ノリノリのレヴィによって、それからいくつかハンドサインを創作して、小部屋の利用時間いっぱいまで、ハンドサインで遊んだ。
最終的には、おふざけで「愛してる」というサインまで作って、二人で笑った。
胸を二度拳で叩いて、親指と人差し指でちいさなハートを作るアレだ。
彼はそれを一番気に入ったらしく、ことある毎にサインを送ってくるのが可愛い。
大の大人なのに無邪気で、三年前には知らなかった彼の一面を知ることができて嬉しかった。
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