冒険者になりました
第二層にきて早三年、わたしは中堅の冒険者として地道に薬草採取の依頼に精を出している。
朝早くにギルドに顔を出し、朝一で貼られた依頼からめぼしいものをピックアップした。
「おっさん、また草むしりかよ。たまには、冒険者らしく魔獣の一匹でも狩ってこいよな」
若い男性の言葉に、他から同意するようなちいさな笑い声が聞こえる。
聞き覚えのある声に振り向き、馴染みの冒険者であるビレッドがわたしを見上げていた。
「薬草の採取も、大事な依頼ですから」
わたしが穏やかな声でそう返すと、彼はふんっと鼻で笑う。
「そんないいガタイしてんのに、持ち腐れもいいところじゃん。なんのために冒険者やってんの? そんなに草が好きなら、調薬師にでもなりゃぁいいんじゃねぇの」
とげとげしい声に、やっかみが隠れているのが分かる。
わたしより頭一つ分以上背が低く、体格も一回りは劣っている彼だから、わたしの「この体」が羨ましいんだろう。
今のわたしは、普通の冒険者よりもいい体格だから。
魔法で性別を男に変えて、体格もそこらの男になめられないように逞しくしたのだ。
元の肉体から離れれば離れるほど魔力を食うのは分かっていたけれど、妥協はできなかった。
わたしの心身の安寧のために、体内で生産される魔力と第二層の地から取り入れられる魔力の、ギリギリまで使ってこの体を作っている。
この肉体を得てからというもの、本当に生きるのが楽になった。
見た目通りのパワーも、わたしに自信をつけた一因だ。
顔の作りは可もなく不可もなく、少々外見の年齢を上げて箔も付けてみた。
ああ、なんて生きやすいんだろう。
そうなると心の余裕も出てくるようになったし、視野も広くなったように思う。まぁそれは、異世界の荒波に揉まれたせいかもしれないが。
だから、まだ若い冒険者に難癖をつけられたところで、痛くもかゆくもない。
「調薬師も立派なお仕事ですが、彼らのために材料を採取してくる人間も必要ですから」
「けっ! 他の冒険者が魔獣退治に命を賭けているあいだに、草むしりなんてチョロい仕事ばっかしやが――あ痛っ!」
彼の頭上に振り下ろされたバインダーが、バコンといい音を立てた。
彼のうしろに、ギルド職員のお嬢さんが仁王立ちしている。彼の顔があからさまに引き攣る。
「チョロい仕事ですって!? あなた、この薬草がどこに生えてるかも知らないで、よく言えるわねぇっ! そりゃぁ魔獣退治も大事ですけどね、こういう依頼もこなしてもらわないと、困る人がたくさん居るんですよっ! 依頼のレベルもわからないで、よくもアキ様に喧嘩を売れるわね!」
ギルド職員のきっちりとした制服を着た若い女性が、バインダーを小脇に眉を怒らせた。
「レーラさん、そう怒らないでください。わたしは大丈夫ですから」
「アキ様もっ! 若者を注意するのも、先輩冒険者の役目ですよっ!」
目をつり上げた彼女の、怒りの矛先がこっちに向いてきてたじろぐ。
「いや、あの。彼とわたしは、同じ時期に冒険者になったものですから……。いわゆる、同期なんですが」
わたしの言葉に彼女はぽかんとし、それから同期の彼とわたしを見比べる。
彼女は今年ギルドの受付になったばかりの新人さんだし、わたしと彼の外見を見て同期だとわかるわけがないんだけれど。
「そういうこと。オレとおっさんは同期なの」
ドヤ顔の彼が、頷いて認める。
なんなら同じ日にギルド登録したんだけど、彼は覚えてるかな?
わたしの本当の年齢と同じくらいだけど、この外見だとわたしはおっさんなので、同期といわれても抵抗があるのかもしれない。
でも冒険者になる年齢に上限はないんだから、おかしいことではない。
「じ、人生の先輩として、ですねっ」
なんとかひねり出した彼女に、生暖かい視線を向ける。
苦肉の策ですね。
同期の彼も、呆れた視線を彼女に向けた。
「そうですね、人生の先輩として、注意は必要でしたね。今後は気をつけるようにいたします」
このままでは話がまとまらないから、上手いことけりを付けたわたしに、彼が渋い顔を向ける。
「なんでおっさんが謝んだよ。勘違いしたくせに認めねぇのは、あっちだろうが」
まぁそうなんだけれど、引くに引けなくなることだってあるんだからさ。
人生の先輩として、助け船を出すのはあることだよ。
「おっさんはいつもそうだ、女に甘すぎ。おっさんはもうおっさんなんだから、モテねぇの自覚して、女のご機嫌取りなんかやめちまえよ」
直球過ぎやしないか、わたしが本当のおっさんだったら怒るか泣くかしているよ。
「ご機嫌取りをしているわけではありませんよ。それに女性だから、ということもありません」
いや、少しはあるかな?
どうしたって、男の人よりも女性を贔屓にしたくなるのは、同性としての人情だ。
頑張っている女性は、応援したくなる。
「ビレッド、今日の依頼はこれでいいかー?」
彼が加入しているパーティから声がかかり、彼は不完全燃焼な顔のままそちらへ行ってしまったことで、この件は終了となった。