第二層へのダンジョン
第三層での日々で、逞しくなった自覚がある。
まず、魔法は思うまま使えるようになった。『調べる』魔法だって、難解な思考回路を持つ人間以外なら意識するだけで情報を読み取れる。
薬草も大量に採取し、不可抗力で倒した魔獣で、他の魔獣が食べなかった部位や魔力石も回収してある。
わたしが第二層に上がるために通ったダンジョンは未踏のものらしく、人の通った痕跡がなかった。
ダンジョンというのは地下構造物とか地下迷宮で、今回は地下構造物としてあった。
いくつもの階があり階段を上がっていくことになる。
灯りの魔法と防御の魔法があれば、あとは体力勝負で上るだけだ。
ダンジョンの中には魔獣がいるんだけど、第三層の魔獣に比べればどれも小物なので、相手にせずに進み続ける。
時々、立派な宝箱があって、気になって一つ開けてみようとしたら、それ自体が擬態した魔獣だったので、他の箱も触るのをやめた。
長い道のりを上がり続けた、半月という日々。
視界の端に揺らめく灯りを見つけ、驚いた。向こうからもこちらの灯りが見えたのだろう、ざわざわとした気配がして、こちらに近づいてくる。
久し振りに会う人間に、戸惑ってしまう。なにせ、最後に会った人間は、わたしを害そうとした男だったから。
レヴィのような人ならいいのにという思いを胸に、わたしの方からも近づいてゆく。
「こんなところに、オンナ?」
わたしを認識した、武装した男たちが、怪訝な顔を一変させて武器を構えた。
「ここには擬態系の魔獣もでるのかっ!」
「ま、魔獣じゃありません。わたしは、人間です」
必死に言い募るが、彼らは険しい顔を崩さない。
「オンナが一人、そんな軽装で来れるような場所じゃねぇんだよっ!」
「人語を理解してるとなると、……まさか、魔人では!?」
「魔人なんて、おとぎ話の中でしか聞いたことがねぇよ」
口々に否定の言葉を吐く。
「本当に、わたしは人間です!」
「魔人なら人を騙すのもお手の物でしょう。気を引き締めて! 決して、言葉に惑わされてはいけませんよっ!」
魔力石のついた杖を持つ男が、わたしを睨みながら言う。
「オンナに擬態するなら、もっとこっちの油断を誘うような美女にすればいいのによ」
大剣を持つ男が嘲笑する。
「そうだな、全裸で出てきたら、油断しただろうにな」
両手に細身の剣を持った男が肩を竦める。
やっぱり、この世界でも女の扱いは酷い。
女でいると、また搾取され、虐げられ、尊厳を奪われるんだ……っ!
確信した、いやそう理解せざるを得なかった。
だってそうでしょう? やっぱりこの世界も……。
「だから、嫌なんです。群れて、非のないこちらを堂々と貶めて、女を貶すことで優位に立った気になって。そんなクズばかりで、うんざりです。どいてください、わたしは第二層に行きたいだけなので」
「通すわけにはいかねぇな」
「魔人を倒すなんて、伝説になれますかね」
「生きて帰れりゃぁな」
「(光を嫌う)魔人がこんなところに来るわけがないのに、人の話もきかないで……。本当に、うんざり」
殺すのは多分簡単。だって、この人たちは、第三層の魔獣よりも弱いから。
でも、人を殺すのには抵抗がある。
だから、彼らの知覚から姿を消す魔法と音を消す魔法を使う。
第三層の強い魔獣には察知されてしまうけれど、彼らの能力では見つけることができないだろう。たとえ、あっちに魔法を使う人が居たとしても、わたしの能力を上回ることができないから。
魔法の精度は理解力による。この世界の真理を見たわたしよりも、深く理解できている人間はいないはず。
突然視界から消えたわたしに、三人の男達は動揺している。
その横を堂々と歩いて通り過ぎ、先に進んだ。
うしろから聞こえるパニックになっている声が聞こえなくなったところで、一度足を止めて振り返る。
大丈夫、撒くことはできた。
安堵はしたけれど、魔法は解かずに先を進むことにする。
また同じような面倒は避けたいから。
第三層のほうに人が居なかったのは、このダンジョンがまだ踏破されていなかったからなのかもしれない。
階段を上っていくと、だんだんと人に会う確率が増えていく。
完全武装の冒険者たちの横を、普通の格好をしたわたしが通りすがる。向こうから感知されていないけれど、近づきたくないので大回りしながら。
ようやく第二層に到達したときには、わたしの心は固まっていた。
この世界で平和に暮らすために、わたしは女であることをやめようと。