寒空の全肯定ペンギン
初めての短編
寒空の下、近場では最も太陽に近いここで今日もペンギンが声を張る。
「どんな悩みも~、僕にお任せ! 全肯定! 君との出会いに大感謝~!」
ストロー化現象により、ここら一帯からは二十数年前の騒々しさは失くなっている。そんな悩みだらけの都市のデパート屋上。
甲高いアニメ声はそのペンギンがあたかも本物であるかのように錯覚させる。いや、このショーを見に来た三人の子供にとって、それは本物であると言っても差し支えないだろう。
しかし、その数少ない観客の周辺には本来いるべき者たちの陰はない。ペンギンはその事実に内心首を傾げるが、ショーを続行することにした。
「さ~て! 君たちの中に~、困ったなぁってことがある人はいるかなぁ? 居たら手を挙げてね~!」
誰も手も声も上げない。
子供と言うのは往々にして、その時の気分次第で行動というのを変える。そんな子供が静かな空間に頼りになる人もいない状態で放置されたら、どうなるだろうか。
まあ、問うまでもなく、眼前の三人がその答えは示してくれているのだが。
ペンギンは改めて観客が他にいない事を眼で確認し、ステージから飛び降りた。飛び降りたペンギンは自分の体を自分で踏みつけてしまい、低い悲鳴を上げつつ倒れこんだ。
そのマヌケな姿は子供たちのおめがねに適ったようであり、先程までの涙を嘘のように引っ込ませ、今ではペンギンを指さし、ケラケラと笑っていた。
「あれれ? 困ってるんじゃなかったの~?! 困ってると思って降りたのに!」
ペンギンはぷんぷんとコミカルに地団駄を踏み、ステージに登っていく。子供たちの興味は既にペンギンに集中していた。
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丁度蛹から蝶が生まれるかのようにペンギンの背から、男が現れる。
男はぬいぐるみの着脱を補助する女性から、ペットボトルを一本受け取り、それを一息に飲み干した。男にとってのそれは勤務後の土木作業員の麦酒であるのだろう。
その後、男は言い忘れていたというように低い声で感謝の言葉を口にしたのだが、女性は何でもないという風情であり、片手を振るにとどめた。
男は女性が先に部屋を出るのを待ちパイプ椅子に腰かけていたが、女性もまたすぐに部屋から出る気はないのかパイプ椅子に座り、鞄からスマートフォンを取り出した。
意地のようなものが働いた男は何をするでもなく、ただパイプ椅子に堂々と構えていた。すると、女性がスマートフォンを弄りながらではあるが小さく問いかけてきた。
「……なんで、こんな場所で、あんなことを?」
居心地が悪くなったからその場凌ぎで聞いただけであるとわかっているが、男はその問に対して如何に真摯に向き合うかを思考していた。その短い思考で至った結論は至極単純なものであった。
「お客さんは少ない方が、一人一人に向き合えるから。ヒーローショーとかだと、演じるキャラクターがあまり選べないけど、こうやってオリジナルキャラクターを演じるんだったら、それも自由だから。ですかね」
存外のしっかりした返答に面食らったのか女性は小さく息を飲んだ。しかし、それと同時に小さな疑問も湧き上がった。
「どうして、ずっとこの町でステージを? 他の町にも行った方がより活動できるんじゃ?」
男の言葉は全くの嘘ではないが、少なからず女性に良い所を見せようという見栄があった。果たして、そこをあっさりと突かれてしまい、言葉に窮する。
「……実はここでしか、ショーが出来ないんですよ。ステージはあるけど、なんのショーもやっていないところなんて言うのは意外と少ないんです。それに、大した規模でもないのに、少額ですが、給金も出ますしね」
男は先ほどの虚栄を否定せずに、情けの無い事実をそのままに伝えた。
「世知辛いものなんですね」
女性は一瞬苦虫を嚙み潰したような顔をして、部屋を出ていった。
しかし、男はしばしの間、パイプ椅子から重い腰を上げることは無かった。
これはきっと繰り返すのだろう。形を変えていても、場所を変えていても。明日も百年後も。
最後に問うてみよう。
ここに正義はあったのだろうか?