首輪の朝
今回はちょっと長いです
幾ばくかの時間が経った。
日は既に落ち、窓から見渡す空は闇に染まっている。
そんな中、海斗は用意された部屋で呆然としていた。
あの時生徒達は3パターンの反応を見せた。
海斗の様に現実を受け入れられず呆然とする者、ただただ泣きわめく者、そしてどうしようも無い感情をこの世界の人間にぶつける者。
結局暴れた奴は強制的に、他は促されて部屋で待機ということになった。
「どぉすりゃ、良いんだろうなぁ…」
誰に言うでもなくそう呟く。
海斗はこの世界に来たあの時、根拠も無く帰る手段があると思っていた。
だがここは現実だ。漫画やアニメのように都合良く最初から帰る方法がある訳がない。
「まぁまぁ、ポジティブに考えようよ。
あの王様だって帰る方法は知らないって言ってただけでしょ?なら探せば見つかるかもしれないじゃん?」
落ち込む海斗にそう声をかけたのは翔太だ。部屋に連れて行かれたときに同室になったのだ。そして同室は翔太一人では無い。
「何にせよ後ろ向きに考えるよりはマシじゃないかな。落ち込んでたって先には進まないからね」
「賢次…まぁ、それもそうだよな。異世界物は大体帰れるのが鉄板だもんな!」
同じく同室の賢次に励まされ海斗は俯いていた顔を上げた。と、そこで翔太がじーっと顔を見つめているのに気づく。
「…な、何?どうしたよ?」
「いやさ、僕ずっと気になってる事があるんだよね」
「気になってる事?あぁ、俺の顔がイケメンだってことか」
「ハッ」
「鼻で笑うな鼻で」
海斗のボケを翔太は鼻で笑う。一見冷たいようだがいつものやり取りである。
どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。
「そんで、何が気になってるんだよ?」
「海斗の髪の色、こっち来た時から赤くなってるよ?」
「赤く?ハハッまさかそんな…」
タチの悪い冗談だと思いながらスマホを開きカメラを起動する。写っている映像を内側に切り替えて見た自分の髪を見て、海斗は絶句した。
そこには確かに自分の赤くなった髪が写っていた。
もちろん海斗は染めた覚えなど無い。
「えぇ…?つーかなんで俺だけ?」
「僕等の髪は黒いままなのにね」
「まぁ今は気にしなくても良いんじゃ無いかな?海斗の身体に何か違和感があるとかじゃないんでしょ?」
「そりゃ…まぁ違和感とかがある訳じゃ無いけどよぉ…」
賢次に言われるも不安が拭えないのか海斗は自分の前髪を弄る。
コンコン
と、そこで突然部屋の扉が叩かれた。誰か来たようである。
「誰だ?」
「海斗近いし宜しく〜」
「まてまて、ここは公平にジャンケンでだなーー」
「待ってるみたいだし早く開けてあげようよ…」
結局いつものように賢次に窘められ、近かった海斗が渋々といった感じで扉を開けた。
「はーい、どちらさんですか?」
ガチャリと取手を下げ扉を開く、開いた扉の先に居たのはメイドの格好をした女性であった。いや、事実メイドなのだろう。
海斗は戸惑いながらも要件を聞く。
「えっと…なんかご用っすか?」
「はい、夕食の用意ができました。食堂へお連れします。」
「あ、了解っす。じゃあちょっと二人を呼んできます」
そう言って扉を閉める。
その後二人に食事だと言うことを伝え、外に出た。
「それでは私について来て下さい。食堂までご案内致します。」
メイドに促され三人はついて行く。
数分と言ったところだろうか。しばらく歩きメイドが立ち止まった頃、正面には3メートルほどの巨大な両開きの扉があった。
「この中が食堂になります、それでは私はこれで」
「あれ?メイドさんは一緒に食事しないんすか?」
「はい、私にはまだ仕事があるので」
「そうなんすか…了解っす、仕事頑張って下さい!」
「ええ、それでは」
メイドはそう言って海斗達に背を向け、廊下を一人歩いて行った。
海斗達はそれを見送ると扉を開けて食堂へと入って行く。
開けると同時に聴こえてくる雑談や物音の数々、そして高校の食堂とは比べ物にならないほどの大きな部屋に思わず感嘆の声を上げた。
「うぉ!広ぇ…!」
「これは…凄いな。下手すると体育館より広いかも」
「僕はもっと静かな所で食べたかった…」
「君達、異世界人だね?君達のテーブルはここだよ」
それぞれが感想を口にしていると、横から兵士が現れテーブルを指し示す。
どうやら座れるテーブルは指定されているようで、誰もいないのに既にテーブルの上には料理が並べられていた。
海斗達は促されるまま椅子に座る。
「食事は各自勝手に食べて良いからね。食べ終わったら食器はその場に残しておいてくれ。…何か質問はあるかな?」
「…いえ、大丈夫です。二人は何か質問とかある?」
兵士の言葉に賢次はしばらく考えたのち、海斗と翔太に聞く。
「いんや、俺は無いよ」
「うーん…僕も無いかなぁ」
「そうか、では私はもう行く」
「わざわざありがとうございました」
賢次がお礼を言うと同時に兵士は少し先のテーブルに座り、同僚と思われる兵士と談笑を始めてしまった。
「…なぁんか素っ気ないよなぁ城の人って、もうちょっと関わってくれても良いんじゃねえの?」
「仕事だから僕等に関わってるだけでしょ、もし僕が同じ立場だったら関わりたいとは微塵も思わないよ」
「まぁ、ただでさえ俺達は異世界人っていう不審者的立場だからね。今こうして食事をくれるだけでも随分と親切な対応じゃないかな」
「まぁ、確かにな…」
海斗は賢次の言葉に頷く。しかしその一方で現状に違和感を感じていた。
(だとしたらなんで親切にしてくれるんだろうな…)
賢次の言った通り現状、海斗達は不審者同然の存在だ。だと言うのであれば捕らえるなりなんなりするのが普通であるはず。なのに現実はこうして部屋を用意され、夕食まで準備して貰っている。違和感を感じるのも無理はない。
「海斗…聞いているかい?」
とそんな思考を遮るように賢次に名を呼ばれた。
「…な、何?どうかしたか?」
「いや、だからせっかくのご飯が冷めちゃうって。翔太に至ってはもう食べてる…」
「いふぁあきまふはいっふぁお?」
「何言ってるのか分かんねぇよ…」
見れば確かに翔太は料理を食べ始めていた。
行儀悪く口にスプーンを含みながら喋っているので何を言っているのかは理解できない。
海斗は呆れたように溜息を吐いて両手を合わせた。
「んじゃま、食うか!」
「そうだね、それじゃあーー」
「「頂きます!」」
賢次と海斗は声を揃えて言った。
置かれているスプーンを手に取り目の前の料理を見る。
中央に置かれた皿にはスープが並々注がれている。具は四角く切られた小さめの肉と赤いキャベツのような野菜、白いジャガイモのような塊が入っている。
主食はパン、手のひらと同じくらいの丸パンがスープとは別の皿に乗せられて置かれており、この2皿が夕食なのだろう。
海斗がまず手をつけたのはやはりスープだった。スプーンで肉をすくい取り、スープと共に口に含む。
しばらく肉を噛み潰し、そしてゴクリと一口目を胃に送った海斗は誰にも聞こえないくらいの小声で一言ーー
「味薄っす…」
そう呟いた。
そしてそう感じていたのは海斗だけではなかった。
隣の席に座っている賢次も微妙な表情で料理を食べ進めている。唯一翔太だけは表情を変えずに黙々と食べていた。もしかしたら昼を食べていないのでお腹が空いているのかもしれないが…
ちょっと残念な気分になりながらも海斗達はしっかり料理を完食した。ちなみにパンは普通に美味しかったそうだ。
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「あーさっぱりしたー」
海斗は髪から滴り落ちる水滴を首にかけたタオルで拭き取りベッドにダイブする。
「にしてもこっちでもシャワーあるんだなぁ…風呂はねぇっぽいけど」
「凄いよね、お湯まで出るなんてさ」
夕食を食べた海斗達は食堂から部屋に戻ってきていた、そこで部屋の中にシャワールームがあるのに気付き汚れを流してきたところであった。
シャワーは地球の物とほとんど変わりなかったが、唯一シャワーヘッドに赤い石のようなものが取り付けてあった。
「魔石っぽいのあったしそれのお陰かもな」
海斗の言っている魔石とは、ラノベではよくある魔法の力を持った石のことである。
地球で読んでいたラノベ、ゼロ活にも登場しており、その本によれば人間の日常生活に欠かせない物であった。
「って事はこの世界には魔法あるかもねぇ、僕は風魔法とか使いたいなぁ」
「翔太は風魔法を使いたいのか、海斗は何魔法が使いたい?」
「俺はやっぱり火だな!魔法っつったらこれ一択でしょ!そう言う賢次はどうなんだよ?」
「えー俺?俺は、雷…とかかな?純粋にカッコいいしね」
三人の会話は弾む、まるで帰れない寂しさを紛らわすかの様に。
喋り声は全員が自然と寝付くまで聞こえ続けるのだった。
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「クヴェェェェ!クヴェェェェ!」
窓の外から聞こえる奇妙な鳴き声、余りにも馴染みのない音に海斗は目を覚ます。
見渡せば窓の外に奇妙な鳥が飛びながら鳴いていた。
体長は1メートルはあろうかという青い鳥は群れをなしてそのまま飛び去っていった。
「…そうだ、異世界に来てたんだっけ俺達」
すっかり眠気が吹き飛んでしまった海斗はそう呟き、腰に手を当てて背筋を伸ばした。
カチャンッ…
(…?何の音だ?)
その時突然金属特有の音が鳴った。同時に首に妙な違和感を感じる。
(ん?何か首回りについてねぇか?)
何かと思いながら立ち上がり、壁に付けられた鏡の前に行く。
そこで海斗は自分の首に付けられたものが何なのかを理解した。
「……….くび……わ?」
犬に付けられる様な形の首輪、それが海斗の首に付いていた。
そしてそれは海斗だけではなかった、未だ寝ている賢次と翔太にもまた、首輪が付けられていた。
「あぁ、目が覚めましたか?」
「っ!?」
動揺する海斗に声がかけられる。
見れば昨日のメイドが扉の前に立っていた。
動揺する海斗に対し、メイドはどこか冷たい目で海斗を見据え、そして口を開いた。
「一つ忠告です。首輪は絶対に外さないことをお勧めします。命が惜しければ、ですけど」
理解の一切が追いつかない中、異世界2日目が始まった。
変だな、ここまで長々と書く気は無かったのに何故…!?
とまぁちょっと長くなり過ぎた第三話ですが、ここまで読んでくれてありがとうございます!
次回も是派読んでくださいね〜