エピローグ
以前マジックハンドという作品を書いていたのですが、展開が気に入らず色々変えて書き直しました。是非問わず様々な感想を頂けると幸いです。
アラームが鳴り響く。
海斗は微睡の中で手を伸ばしデジタル時計のスイッチを押した。当然アラームは止まり部屋に静寂が戻る。
しかしこのまま寝ているわけには行かないだろう、動きたくないと抵抗する身体を意志で捻じ伏せベットから立ち上がった海斗は階段を下り、キッチンへと向かった。
「ふぁ〜ぁ、おはよ〜」
「あぁ、海斗起きたの?私もう出るから遅れない様にね?」
「分かってるよ。…あ、今風呂空いてんの?」
「さっき夏海が上がったわよ。」
「了解〜」
母の晴子の言葉を受け海斗は一度洗面所に向かう。顔を洗う為だ。
ジャバジャバと洗顔を終え、ついでに歯を磨く。目が覚めたのかほとんど開いていなかった目が開き、若干吊り目な人相があらわになった。
その後海斗は風呂場に向かい服を脱ぐ。写真部に所属している身体は運動をしているはずもなく、割れてもいないどころか僅かに下っ腹が出ている。なんとも嬉しくないサービスシーンである。
平日の朝の為、寝癖を直す程度に頭を濡らし風呂場から出た海斗は一旦パジャマを着なおしリビングに向かった。
リビングでは姉の夏海と父の大地が朝食を取っているようだ。
海斗も食パンを焼き自らの朝食を用意しだす。パンを焼いている間に冷蔵庫からバターと卵をを取り出し、コンロに置いてあるフライパンで目玉焼きを作る。そして焼けたパンの上にバター、目玉焼きの順番に乗せて醤油をかけた目玉焼きパンが完成した。
テーブルの上に朝食のパンと牛乳を並べて父と姉に挨拶をする。
「おはよ」
「おはよー」
「あぁ、おはよう。母さんならもう出たぞ」
「あいよ」
どうやら晴子は風呂に入っている間に家を出たようだ。
椅子に座った海斗は朝のニュースを見ながらパンを齧る。
『それでは次のニュースです。埼玉県熊谷市で16歳少年の行方が分からなくなっています。
少年は塾に行った帰りにコンビニに寄ったのを最後にその行方が分からなくなり、一昨日警察に捜索願が届けられました。警察は防犯カメラの解析などをして行方を追っているものの依然手掛かりは無く、情報提供を呼びかけていますーー」
「16歳っしょ?やっぱり連れ去られたんかな?」
「じゃない?私も可愛いから連れ去られそうだわー、可愛いから」
「そっすね」
自意識過剰にも程があるだろ…と海斗は内心思ったが口に出せば姉に蹴り飛ばされるのでもちろん言うことはない。
それはそれとしてなんとも奇妙な話である、ただの一般人が、16にもなる男子がなんの手掛かりもなく消えるものだろうか?
考え込む海斗に、父の大地が声をかける。
「海斗、ボーッとしてていいのか?学校遅れるぞ?」
「あぁ、すぐ出るよ」
時間を見れば普段より少し遅れている。どうやら風呂に長く入り過ぎたようである。
海斗は詰め込むようにパンを頬張り牛乳で流し込む。
食べ終わった後、食器を片付けて二階の自室に向かった。着替える為だ。
自室で制服に着替え終わった海斗はリュックを背負って玄関口に向かい外に出た。
「んじゃ、行ってきまーす!」
振り返り声を上げる。そのまま返事を待たずに海斗は走り出した。
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チャイムが鳴っている。鳴り終わった後到着した者は遅刻である。
そんなチャイムの音をかき消す程に勢い良く教室の扉が開かれた。
「ぜぇッ…ぜぇッ…ま、間に合った…ヴォェッ!」
扉の先に現れたのはやはり海斗であった。慌てて来た為に息も絶え絶えのようだ。
「やぁ、海斗。この本ありがとう、面白かったよ」
息を切らしながら席に着く海斗に声をかけたのは親友の天野 賢次だった。
彼は海斗と違い優しげな目をしていて、几帳面なのか頭には寝癖一つ無い。身長は170センチといったところで、顔のパーツがバランスよく整った綺麗な顔立ちをしていた。その手に持っているのは海斗が薦めた通称ゼロカツでお馴染みのライトノベル本「ゼロより始まった異世界生活」で、どうやら読み終わった為に持ってきたようだ。
「ぞ、ぞれはよがった…ぜぇッ…、…どころで、せんぜいは…?」
「まだ来てないからそんなに急がなくても間に合ってたよ」
「ま、マジか…」
結果的にここまで急ぐ必要はなかったのだと知り自分の席に座り脱力する。
そんな海斗に声がかけられる。
「おはよ〜海斗。…そんなに疲れてどうしたのさ?」
「何で知らないんだよ!?今結構音出して入ってきたんだけど!?」
ツッコミつつ声の主を見ればそこには海斗のもう一人の親友である影井 翔太がいた。
彼は賢次とは対照的に部分部分で髪が跳ねていた、それでありながら非常に眠たげな目をしている。しかし彼は実のところ寝不足ではなく単にそういう表情をしているだけである。
そんな翔太は頬を掻きつつ海斗の質問に答える。
「あ〜、これに集中してたら海斗の存在が認識できなかったんだよね」
「それ俺の存在だけピンポイントで見えなくなってんの!?」
「まぁまぁ、気にしない気にしない少なくとも僕は気にしない」
「いや俺が気にするんだが?」
「………それよりこれ見てよ」
「話を逸らすな…ってこれ!」
翔太が見せてくれたのは手に持っていた本。そう、ゼロカツ最新刊の第13巻だ。発売は一昨日だったのだが、あまりの人気に既にどこも売り切れ状態だった。海斗も買いに行ったのだが、既に売り切れていた為に入手できていなかった。海斗は思わずゴクリと喉を鳴らす。
「フフフ…ついさっき読み終わったんだよね僕。どぉしてもっていうんなら貸してあげても良いんだけどなぁ?」
「お、お前まさか…俺を強請る気か…!?」
「貸して欲しいのならそれ相応の態度ってものがあるんじゃ無いのかなぁ?」
「ち、ちくしょぉ…もはやここまでか…!」
「二人とも、俺まで変な目で見られるからそこらへんでやめて欲しいんだけれども…」
二人の茶番劇は第三者(といっても賢次のことなのだが)によって止められた。
流石にこれ以上やれば変人扱いは免れないので二人も大人しく海斗の席に集まった。
「じゃあほい、貸してあげるよ。借りパクはやめてよ?」
「せんわ!…じゃあ有り難く借りるぜ」
そう言って翔太から本を受け取る。とそこで海斗は急な尿意に襲われた。
慌てて借りた本を自分のバックにしまい、席を立つ。
「わりっ!ちょっとトイレ!」
「先生には俺から伝えとくよ」
「頼んだ賢次!」
「じゃあ僕からは漏らしたって伝えとくよ」
「それはやめろマジで!」
「冗談冗談」
クッソ翔太め!と思いながら海斗は部屋の出入り口の扉に駆け寄った。
と、そこで何かが閉まるような音と共に不思議な感覚が海斗を襲った。
なんと小走りをしていた自らの足が急に地面を踏めなくなったのだ。いや、この表現では少し的確では無い。的確にいうのならば、足が沈み込んだ。
「っ!?」
当然海斗はバランスを崩し倒れ込む。咄嗟の判断で、もがく手が掴んだのは扉の窓枠であった。直径2、3センチにも満たないそれをなんとか掴んだ海斗は何が起きたのかと自らの足元を見ようと振り返る。そして目にした光景に唖然とした。
「うわぁぁぁ!!」 「だ、だれか助けーー」 「イヤァァァァ!!」
なんとクラスの床全体が黒く染まり、クラスメート達が呑み込まれていっていたのだ。
先程まで空気を入れ替える為に開いていた筈の窓は全て閉め切られていた。さっきの何かが閉まる様な音はこの窓だったのだろう。
沈み込む黒い床は椅子も机も関係なく呑み込み、海斗の様にどこにも掴まれない彼等は悲鳴も意味無く消えていった。それは賢次と翔太とて例外では無い。
「くっ!抗えなーー」
「なにさこれ!?かいーー」
賢次と翔太は最後まで言い切る事すらできずに地面の中に消えていった。
「…賢次ィィィィ!翔太ァァァァ!」
運良く扉の窓枠を掴んでいた海斗は腹部まで呑みこまれた辺りで何とか止まっていた。
しかしその為に親友達が、クラスメートが、黒い地面に消える様を最後まで見ることになってしまったのだ。
(くそっ!なんだよこれ!?皆は何処に行ったんだよ!?ちくしょお!指が痛ってぇ!)
握力は平均以下の海斗であったが、命の危機に何とか未だ窓枠を掴み続けていられた。しかしそれでも指の痛みに手を離してしまいそうになる。
後どれほど耐えれば良いのか、どれほど待てば助けが来てくれるのか、そんな思いから海斗はチラリと横目で壁掛けの時計を見る。いや、見てしまった。
その時計は止まっていた。時間を表す短針が、分を刻む長針が、そして秒を数える秒針が、全てが一切動いていなかった。
決定打だった。助けを求めた心が、助けは来ないと判断を下した。
自分の全体重を支えていた指が徐々に緩み始める。もはや落ちるまで数秒といったところか。
とその時、海斗の身体にとてつもない激痛が走った。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
それはまるで身体中をグチャグチャにされるような、無理矢理作り替えられるかのような、とてもでは無いが形容できないような凄まじい痛みが海斗を襲った。
それ程の痛みを一高校生が耐えられるはずもなく、海斗は意識を失った。
意識を失った海斗の身体はいとも容易く黒い床に呑み込まれる。
そうして全員を呑み込むと、黒い床はひとりでに消え、後にはがらんどうの静かな教室だけが残ったのだった。
納得いく文章を作成するまでに1ヶ月もかかりました!超遅筆なので更新は完全に不定期です、暖かい目で見守って下さいね〜