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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

骸装騎~その少年、骸を装いて、業を断つ~

作者: 大惨事苦労

初投稿作品です。

笹月様の企画「第2回11枚小説コンペ」のお題が好きな内容「ヒーロー」だったので、自分なりに好きなヒーロー像を頑張って描きました。

4400文字にやりたいことを詰め込むのにはとても苦労しましたが……とても良い勉強になりました。

 ここは祭壇。

 世界転生という、純潔にして醜悪なる祭儀を執り行う為、遥か太古に何者かが建造せし空中神殿シャンバラの最上層部。

 数日前に浮上したこの神殿は、現在高度33,000ハイトの位置で浮遊している。

 人類未踏の領域、世界の最果ての地。

 吹き荒ぶ暴風に身を晒しながら、二人の剣士――少年と少女――が対峙していた。

 互いに譲れぬ想いを胸にして。


「私の夢を邪魔しないで、アスカ。あと少しで叶うの」


 この世界には存在しないはずの黒髪。

 美しく艶やかなそれを後ろに束ねた少女が、決然と告げる。


「あの扉が開けば世界は転生する。私は、私の居るべき世界に生まれ変わるんだ。あなたも大人しく待っていれば――」


 かつて異世界より召喚されたレナという少女が、長年溜め込み、押さえつけてきた思いの発露。

 絶大にして、確固たる意志で突き進まんとするレナに対し、少年――アスカは、


「ダメだ。……考え直してくれ、レナ」


 彼女とは、相反する意志で応える。


「考え直す、か」


 レナは、アスカに背を向け、背後を振り返る。

 何かを追想するかのような視線の先には、眩い光を発する巨大な城壁の如き扉が存在していた。

 扉が開いた時、世界の全ては飲み込まれ、エネルギーへと変換される。

 "天の御使い"により殺害された人々に、反対側の世界で新たな人生を与える為の力。世界転生を引き起こす力へと。

 止める手段は、ただ一つ。


「俺は、君を殺したくなどない」

「ふふ……」


 扉を見上げたまま、レナが嗤う。そして、


「なら、死ぬのはアスカの方だ」


 宣言するかのように告げ、振り返る。


「もう後戻りはできない。私は、私のいるべき世界に生まれ変わる。選ばれた命に対しては、責任をもって――新しい人生を与えてみせる」


 レナの右手が動く。彼女の鮮やかな青の戦装束に括り付けられた、漆黒の凶器に向かって。

 数多の敵を殺戮してきたレナの愛刀。確固たる彼女の覚悟を、どんな言葉よりも強く証明するものだった。

 訣別の言葉が、再び告げられる。


「アスカ、あなたが一緒に来てくれないのは残念だけど、邪魔をするなら……ここで殺すよ」

「やめろ。俺は――」

「さようなら。何も無かった私に、夢をくれて……ありがとう。――”骸装”」


 ガイソウ。骸を纏うという言葉と共に、眩い輝きが彼女を包み、肉体を一瞬で変容させる。

 敵対する者を恐怖のどん底に叩きこんできた、白い骸装体。

 レナ骸装体。その名を<セプテンナキア>。

 曲線を中心に構成された優美かつ艶やかなフォルムには傷一つなく、頭部に頂く王冠の如き7本の黄金角を荘厳に煌めかせる威容は、異形でありながらも神秘性を帯びている。


『あなたも骸装した方がいい、アスカ。"この世界を守る"――そんなことが、本当にやりたいことなら』


 奇妙にくぐもった、しかしアスカのよく知る声が<セプテンナキア>の頭部装甲越しに発せられた。


 ――やるしか、ない。


「……骸、装」


 紅の輝きが、アスカの肉体を変容させる。

 頭部に2本、左右両肩に2本ずつ。背部から背びれのように伸びる4本――合計10の真紅に輝く角を持つ、紅の異形。

 <メガセリオン>=アスカ骸装体。


 Guuuurrrrraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!


 咆哮と共に、全身を覆う鋭角的な装甲の一部に亀裂が生じ、隙間から真紅の闇が噴出する。

 どこか神秘性を漂わせる<セプテンナキア>とは対照的に、おぞましく、醜悪な獣と化したアスカは、戦闘態勢に移行する。

 迷いは、捨てきれぬまま。



 アスカもレナも、元々ここではない別の世界から召喚された存在だ。


 アスカは日本で生まれ、中学校入学まではいたって普通に暮らしていた。

 ある朝目覚めると、アスカはこの世界に召喚され、肉体に”骸”を埋め込まれていた。

 神に嫌われし究極の獣の骸。神から祝福を受けていない異世界人が使うことによって、骸の力を鎧として身に纏い、制御可能にする。

 繰り広げられていた大戦争に於いて、帝国軍という勢力を勝利へと導く手段のひとつだ。

 レナもまた、アスカより以前に召喚された少女で、ほぼ同じ運命をたどっている。

 異なるのは、アスカと出会うまでは自分が別の世界から来たということすら覚えていなかったということだろうか。


 数年の間にアスカは、レナと共に戦場で恐れられるようになった。

 体内に仕込まれた自己崩壊術式により脱走を封じられ、敵対勢力に属する自身と同じような存在を何人も屠った。その他人間の兵士も数千、数万と殺害してきた。

 罪を重ねる諦観の日々。

 二人が心の支えとしたのは互いの存在であり、夢だった。

 いつかレナが言っていた。


 ――夢が、あるんだ。


 ――戦争が終わって、約束通り、自由になれたら。


 ――あなたの……いえ、もしかすると私にとっても、か。


 ――故郷に行ってみたい。戦争も、骸装体も存在しない、本当の世界でふつうに暮らしたい。


 ――いつか、ふたりで。

 

 帝国との約束はあっさりと破られた。

 自己崩壊術式は戦争が終結してすぐに発動した。

 意思を持つ危険な生体兵器を、戦後もそのまま生かしておくリスクは高いと判断されたのだろう。


 肉体の腐敗に苦しみながら、これまで友軍だった者たちからも追撃を受けたアスカとレナ。

 二人はすぐに追いつめられ、伝承では異世界と繋がっているとされるオルスティア高原の地下墳墓に逃げ込むことになった。

 伝承に縋ったわけではない。

 人が立ち入れないほど高濃度な瘴気で満ちた、唯一の逃走先だったからだ。


 既に狂った運命を担わされていた二人は、そこで再び岐路に立たされる。


 異世界人の召喚や、骸装体という生体兵器のルーツは、全てその地下墳墓に眠っていた。

 放置された水晶型情報端末には、レナの知る言語――英語に似ていた――で、骸装体にまつわる様々な情報が記載されていた。

 自己崩壊プロセスの解除方法、瘴気に適応する為の術式までも。

 古代技術と骸装体特有の再生能力で一命をとりとめた二人は、ある儀式の存在をも端末から知った。

 世界転生という儀式の存在を。


 アスカは内容のおぞましさ故に、それを拒絶した。

 だが、レナは、


 ――これしか……ない。


 レナは世界転生の儀式を開始する為に、地下墳墓に眠っていた空中神殿シャンバラを浮上させた。

 ほどなくして、無数の異形天使たちと4人の騎士が次元の狭間より召喚され、世界中の人間を無差別に殺し始めた。

 殺戮は今も地上で続いている。

 転生すべき魂を一定数まで選別する為に。



 ――赦してはならない。


 レナが召喚した4体の異形騎士、異形天使たちによる人々の殺戮は、祝福でもある。

 地下――今は空中神殿と化しているが――で見た情報通りなら、殺された人々はやがて、異世界で新たな生を受けるのだそうだ。

 アスカは言い知れぬ不快感をぬぐえなかった。

 帝国は憎い。

 既に万単位の殺人を犯した身で今更倫理道徳を説くというのも、おこがましいことなのかもしれない。

 だが、それでも。

 <メガセリオン>の飛行形態で空中神殿から飛び出し、"選定"の様子を己の目で確かめようとして。


 ――俺は見てしまった。


 荒れ狂う炎の中で、瓦礫に埋もれた友や兄弟を救おうとする子供たちの姿を見た。

 全身を異形天使たちに噛み砕かれながら、我が子の盾となる母たちの姿を見た。

 天候すら操る騎士たちに対し、恐怖を殺して立ち向かい、塵と化して消える父親たちの姿を見た。


 ――あれは、繰り返してはならないものだった。


 同時に。


 ――すべて、無駄にしてはならないものだった。



『さようなら、アスカ』


 間に合わない。

 眼前に迫る、白い骸装体の細腕に把持された日本刀のような形状の刃。

 その刀身に、青く、美しい光をまとわせ、刺突の型に移行する。

 対するアスカ=<メガセリオン>は、赤い魔力で編まれた光の剣を上段に構えた体勢で、懐に飛び込まれてしまっていた。


 ――敗ける。


 何千倍にも加速した意識の中に諦観が滲んでいく。


 ここでアスカが討たれれば世界転生は成されるのだろう。

 向こう側の世界での新たな人生が、天使によって命を奪われし選ばれた人々には与えられるはずだ。

 犠牲になっていった人々の痛みも、悲しみも、それまで積み重ねてきた何もかも……すべてはその為にあったのだろうか。


 ――違う。


 各々にとって大切だったはずのナニカを抱えて泣き叫ぶ、名も知らぬ人々の姿がアスカの脳裏でよみがえる。


 ――彼らが、守りたかったものは……この世界に……ッ!


 無辜の怒りと憎悪は炎と化して、僅かに滲んだ諦観を吹き飛ばす。


『レナァッ!!』


 咆哮するアスカ=<メガセリオン>。

 刹那湧いた激情が、かつてないほどの剣速を実現させた。

 対する、レナは、


「――本気、なんだね」

『……ッ!?』


 骸装を、解除していた。

 <セプテンナキア>の純白の装甲がほどけ、光となって消失する。

 無防備となったレナ。

 微笑んでいた。泣いているようにも、見える。


 鈍い衝撃。

 生身の肉体を破壊する感触が、装甲越しにもはっきりと両腕を伝った。

 慣れ過ぎているが故に、アスカは確信する。

 殺した。

 殺してしまったのだ、と。


 <メガセリオン>を解除し、人間体に戻ったアスカは、力を失ったレナの身体を抱きとめる。


「何故だ。勝てていたはずだ、お前なら」

「……言わないでよ」


 見開かれたレナの澄んだ紺碧の瞳は、アスカの方を見ていなかった。

 魔力供給元を絶たれ、消え去ろうとしている異世界への扉を名残惜しそうに、じっと見つめている。


「生まれなおしたかったんだ。こんな、こんな世界じゃなくて……。でも、ね」


 ようやく視線が合った。

 命の火が消え去る寸前の瞳が、じわりと揺れる。


「あなたが、本気で尊いと思えたものが、この世界に、ある、のなら、」


 口内から血がこぼれる。

 苦しいのだろうが、懸命に言葉を紡ぐ彼女の表情には遮ることを許さない意志が宿っていた。


「私……夢……諦めるのも……悪く、な……ッ――」


 命の火が消える。

 同時に、術者を失った扉もまた、光の粒子と化して散っていく。

 異世界の帝国に運命を弄ばれ続けた少女は、最後に己の意志で夢を志ざし、自らそれを手放す決断を下した。

 愛の証明だった。


「……おやすみ、レナ。俺も必ず、お前の傍へ行く」


 ――だが、今は。


 骸装する。

 愛した女にたったひとつの願いすら捨てさせたものが、その場限りの偽りではないことを証明する為に。

 

 世界の転生が阻止されたとしても、制御を失った異形天使と4騎士による殺戮はまだ続いている。

 異形天使は無限に増殖し、奴らを率いる4騎士は、それぞれが<セプテンナキア>と同等かそれ以上の力を持っているはずだ。

 

 ――すべて、敗北の理由にはならない。


 崩落する空中神殿より飛び立つは、赤き有翼獣。

 その名も<メガセリオン>飛行形態。

 無垢なる憎悪と嘆きに応え、業火渦巻く紅蓮の大地へと、異邦の獣が――骸装騎が征く。


 斃すは、4騎。


 

 遠い未来。

 地下遺跡内の端末より、旧き時代に削除された項目が、新人類によってサルベージされた。


■ノアシステム起動と防衛の構想(仮

 骸装体を用いてはどうだろう。

 彼らは骸を埋め込まれた時点で、魂を失っている。

 寄生した骸が、脳に残った記憶から人格を模倣しているに過ぎないのだ。

 転生装置の非探知対象=転生対象外である彼らならば……。

「骸」を装う……その本当の意味とは。

というのがやりたくて。

今回はあまり戦闘描写を入れられなかったので、超人的なバトルもいずれ別の作品で描きたい……。


ここまで時間を割いて読んで下さり、本当に本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 葛藤と決意、希望と絶望。極限まで圧縮された情景の裏に感じられる確かなドラマは、登場人物たちが辿ってきたであろう道のりを思わせる、迫真性に満ちた掛け合いの賜物だと思います。 もはや魂さえ失い…
[良い点] 壮大な物語の中のグイグイ引き込む力のある作品でした。 転生の扱いが面白いなぁと拝読しました。 二人の対峙や、骸装の存在など、絵面でもしっかり見せてくれるので読者を飽きさせません。 これが初…
[良い点]  ドラマティックな展開と圧倒的スケールを4400字以内に納めた手際!!  限られた字数の中で固有名詞を出す事は、説明などで貴重な文字数が削られることを指してしまうと考えていました。しかし武…
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