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我が輩はぬこである。  作者: saki
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ぬこ03(後編)

挿絵(By みてみん)

玄関から外に出ると、泣き声は少し小さくなった。声の主は建物の反対側に居るのであろう。

仔供の声は性別の判断が難しいが、おそらく雌と思われた。

階段を下り建物前の道に出ると、建物の裏手に回るため、すぐの角を曲がった。

「えーん!うえぇーーーん!!!」

目標はすぐ目の前に居た。

麦わら帽子もない、水色の洋風草履ようふうぞうりも履いていない、所々破れているつなぎ服は泥で汚れ、白さは失われていた。美しさをたたえていた黒髪も今は埃まみれで乱れている。

されど、その少女が菜々子であることを否定する理由たり得ないのである。

少女はゆっくりと進み、目の前の我が輩の腹に顔を埋めると、力なく崩れそうになった。膝を付く寸前で我が輩は彼女を抱き支える事ができた。

選択肢に溢れていたはずの少女は、今はひとつもたずさえていなかった。このままでは”ここまで”になってしまう。

我が輩は菜々子を抱えて部屋に戻った。

「おがぁ・・・さん・・・・・・ぉか・・・さ・・・ん・・・・・・」

「ぬ、ぬこ氏、あなた何しているの!?」

「かぁ・・・さ・・・・・・」

――選択肢がない。いや、

「お前がお母さんになるんだよ!」

我が輩は菜々子を片手で抱えるとミウの腕を掴んで吼えた。

「み”ゅっ!?!?」

ミウは目をつぶり耳を塞ぐと、その場にしゃがみ込んだ。こんなに怯えるミウを見るのは初めてである。大声を出してしまった事を反省する。

「す、すまない。この子は母親が必要で・・・だから、あの、その」

言葉が上手く出ない・・・・・・

「・・・・・・」

辺りはいつの間にか静かになっていた。

胸の中の小さな少女は泣き疲れて寝てしまったようである。なんらかの防衛機制ぼうえいきせいが働いたのかもしれない。

大きな少女は耳を押さえて、うずくまったままである。

仕方ないので、抱えていた菜々子を奥の部屋に運び布団の上に横にする。その顔は涙と鼻水と唾液と色々混ざって酷い有様ありさまである。手拭てぬぐいを持ってこようと立ち上がろうとすると、小さな手が我が輩の寝間着のそでを掴んだまま放そうとせず動けなかった。

ギュッと握りしめる少女の拳を、動かせる方の手で包み込むと、夏らしい熱と湿り気を感じた。

「さっきは取り乱してごめんなさい・・・」

ミウの声が背後から聞こえる。いつもの達観たっかんしたような語気ごきがなく、まるで別人のようだ。

「脱衣所に新しい手拭いがある」

「うん」

「濡らして持ってきてくれないか」

「うん」

足音が遠ざかり、そして、また近付いてくる。

「はい」

受け取った手拭いで菜々子の顔を拭いていく。そうしながら、我が輩の気持ちが落ち着いていくのが分かった。

我が輩の隣りにミウは静かに座った。我が輩と反対方向に折り曲げた両足を出す横座りのため、上体が正座よりもこちらに近くなる。接してはいないが、彼女の体温が伝わってきそうな距離である。

「その子、お母さんって・・・・・・」

甘い香りと共にミウの言葉が我が輩に向けられる。

「日中に出会った時は父親がいないと言っていた」

そして、母親もいなくなったのだろう――という言葉は唾液と共に喉の奥に飲み込んだ。ミウなら言わなくても分かるであろう。

「怪我をしていないかたいから、隣の部屋で待っていてくれるかしら」

「あぁ」

肌着用はだぎよう襯衣(しんい/しゃつ)であれば、大きくても寝間着代わりになるであろうか。

引き戸を閉め、衣類を置いている脱衣所へ向かおうとし、食卓に置いていた白い箱が床に落ちているのに気付いた。それとともに先程の違和感の理由が分かった。蓋を外して身と分けて卓上に置いたのに、あの時は蓋が元に戻っていたのである。今、落ちているそれも蓋が身に被さっている。

ミウが触ったのであろうか?

拾い上げると想定していた以上の重みを感じた。中に何か入っていると思われる。

ミウが悪戯いたずらで変な物を入れているかもしれない――いつもからかわれている記憶が次々とよみがえり、唐突に我が輩はささやかな仕返しを決意した。

我が輩は食卓の椅子の上にあるミウの学校鞄を開けた。我が輩の聖域すみかに勝手に侵入した者の所有物である。良心の呵責かしゃくなどない。

どれどれ。

パッと見える範囲で筆箱や教科書、学習帳に巾着袋きんちゃくぶくろ・・・・・・それに透明な密封式袋の中に・・・わさび?

深く考えないようにし、鞄に隙間を作ると白い箱をそこに納めた。

「よし」

少しスッキリした。

おっと、我が輩は着替えを取りに行こうと脱衣所に向かうところであった。


「ぬこ氏、いいわよ」

我が輩の時は顔しか拭いていなかったが、横たわっている菜々子は髪も足も綺麗になっていた。我が輩が渡した肌着用はだぎよう襯衣(しんい/しゃつ)を着て、布団の抱布ほうふも交換済みである。

「それにしても、このTシャツの”絶対領域”って何よ?」

笑いを堪えながら、ミウは菜々子が着ている肌着用はだぎよう襯衣(しんい/しゃつ)に印刷された文字についていてくる。

いつものミウらしさが戻ってきていた。だからこそ、答える必要はないと思った。

我が輩は菜々子をた。

――やはり選択肢がない。状況は変わっていないということだ。

「この子、かぎだったわ。これ、首にぶら下げていたの」

そう言ってミウは片手を持ち上げ紐付きの鍵をぶら下げた。

「父がいない、この時間に一人きりで母を探している――この子の帰る居場所はあるのかしら?」

・・・・・・分からない。

「ま、後は明日にしましょ。あたしも今日は疲れたわ」

そう言うと、ミウは女袴おんなばかまを脱ぎ始めた。襯衣(しんい/しゃつ)の裾の下から見える”我が輩”の腰布に、こんなにも心拍数を上げられる日が来るとは誰が想像できたであろうか。

「ぉ、ぉぃ!」

寝ている少女を起こさないように注意する。

「スカートがしわになったら嫌じゃない。それに寝る時はなるべくまとわない方が好きなのよ。本当はこのパンツだって脱ぎたいくらいなんだから」

!?

ミウは魔女であり、痴女ちじょでもあるようだ。

「さっき、押し入れ見たけど、布団これ一式しかないでしょ」

ここには我が輩しか住んでいないのだから当たり前である。

ミウは菜々子の横に寝ると菜々子を抱き寄せて、夏用毛布を自身の胸の辺りまで掛けた。菜々子の顔が半分程隠れる。

ミウは少しの間、菜々子を見詰めていた。そして、

「み”ゅー、洗顔や歯磨きじたいよ”ぉ~」

聞いたことのない低音でうなりながら、ミウはその美しい紺碧こんぺき双玉そうぎょくおりに閉じ込める様に、長い上睫うわまつげを伏せた。いつの間にか枕元には彼女のスマァホが充電状態で置かれている、我が輩の充電ケーブルを使って。

ところで我が輩の寝床ねどこは・・・・・・?


*****


暑い・・・とっても暑いの。夏だから当たり前かぁ。

ここはどこ?

この香り・・・・・・トイレかな?

そういえば、今日はずっとトイレ我慢してばっかりだったなぁ。

明日、またあのお兄さんに会えるかな?

明日こそ、お父さんになってもらわないとね!


― ぬぬ子03へ ―

最後まで読んで頂きありがとうございます。

並行してインドネタを書いていますので、良かったら読んで頂けると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n5728en/

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