ぬこ03(前編)
遠くから聞こえた声は近所の動画再生装置の音声であろうか。それよりも今は我が輩の縄張りに侵入した魔女を追い払うことが先決である。
廊下に繋がる最初の部屋は、台所も一緒になった木の床の居間である。そして、先ほどまで暗かったその部屋には、すでに明かりが灯されている。
居間に繋がる引き戸は我が輩が開けたままにしていたため、廊下からも居間の様子が少し伺える。しかし、ここからは動く者の姿を視認することはできなかった。我が輩の死角に隠れて待ち構えている可能性もある。
「これがぬこ氏の部屋かぁ~」
居間の先は寝室である。そこは今まで誰にも見せたことのない我が輩の聖域である。もし、万が一にでも魔女が我が輩の聖域に侵入したとしたら――まさに一刻を争う事態である。
我が輩は魔女に無理矢理手渡された悪魔の契約書に等しい黒布をその場に投げ捨て・・・・・・ることができずに寝間着の懐に突っ込むと、慎重に居間に入った。しかし、そこには誰も居なかった。食卓の椅子には魔女の鞄が置かれてあり、食卓上には寝る前に触れた白い箱がある。
?
何か違和感を覚えたが、それが具体的に何かはわからない。取りあえず、食卓の上へ我が輩のスマァホを置き、更に懐に手を入れようとすると、
「へぇー」
魔女の声は奥の寝室から聞こえてきた。我が輩の聖域が今汚されようとしている!
急ぎ半分程開いている寝室の入り口である引き戸から中を覗き込むが、先ほどまで我が輩が横になっていた布団の端が見えるのみで動く者の姿はやはり視界に入らなかった。止むを得ず戸を全開にし、中に飛び込む。前回り受け身――地に左手の小指側が着くやすぐに腕、肘、肩、脇腹、腰へと自重をいなしながら低空で一回転し、最後に右手で畳を叩いた勢いで上体を起こすと両足を地に着け、しゃがんだ姿勢で部屋の奥へ移動する。
「・・・・・・」
足裏に畳の凹凸を感じながら、状況の把握に努める。部屋の死角には侵入者は居なかった。が、
「何・・・を、している?」
我が輩は布団の上で夏用毛布から頭だけを出して目を閉じていた魔女に真上から問うた。
「みゅ?」
厳密には違うのかもしれないが、そう発声すると問われた相手は眼を見開く。姿を現した群青色の視覚器官が我が輩を映し出す――
「・・・・・・」
ん?
我が輩の身に何が起こったのであろうか?一瞬意識が飛んだようにも感じたが、何も起こっていないようにも感じられる。
ただ、先程目を開けたはずのミウが目を閉じている。幻覚を見たのであろうか?
そもそも、ミウは何故、我が輩の布団に入っているのであろうか?
「なぁ」
「・・・・・・」
我が輩の呼びかけにミウは反応しない。改めて観察すると、目は閉じ、口は少し開いているミウは、眠っているというよりは、絞め技で意識を落としたような気絶状態に見えた。
桜色の艶やかで弾力性のある口元を眺めていたら、舐めたい衝動が急激に沸いてきた。唐突にキトウの事務所の名前は何だったかなと記憶を手繰る。キトウの事を思い出したおかげか衝動を抑えることができたw
どうしようかと、枕元に腰を下ろそうとした時、枕元に紺色の衣類が落ちているのに気付いた。ミウの高校の制服――つなぎ服に近い女袴である。取り敢えず、それを手に取ると我が輩は匂いを嗅いでみた・・・甘い香りがする。これは間違いなくミウが身に着けていた物である。
ん?
ミウの制服がソコにあるということは、ココに居るミウは今、何を身に纏っているのであろうか?
改めて観察すると、薄手の夏用毛布はミウの身体の輪郭をあまり隠すことはできず、特に重力に負けることなく頂上を形成している二つの膨らみは主張を続けている。袴を着けていない腰回りは、括れから足元に描かれる美しい曲線に追従するように掛け布は垂れていた。
袴以外に確か半袖の白い襯衣は着ていた。それに太股まである黒い長靴下。長靴下より更に奥の足の付け根にあったモノは・・・今、我が輩が・・・・・・。
先程まであまり気にならなかった寝間着の懐辺りの圧迫感が、急に強くなったような気がする。
ま、まあ、何にしても我が輩の聖域にこれ以上ミウを居させる訳にはいかないである、な?つまり、ミウをここから移動させなければいけないという訳である。
もしかしたら、ミウは我が輩をからかって面白がっている可能性もある。もし、そうであるとしたら、そんな馬鹿なことにいつまでも付き合うほど我が輩は暇ではない。
そもそも、何らかの理由でミウが気絶しているとしたら、このまま放置するのは問題ではないか?
可能性がいくら増えても、選択肢はひとつである。
もう一度声を掛けて反応しなければ、ミウへの物理接触を試みることとする。
「・・・・・・なあ」
「・・・・・・」
反応はない。
我が輩はまず、ミウの鼻っ面に頬を近付け、息をしていることを確認した。布団の中からミウの右腕を引き出し、脈があることも確認できた。生命活動に異常はなさそうである。
両脇に寄せていた窓帷が揺らめき、少し強めの風が部屋を巡る。
さて、時は来た。それだけである。
ゴクリ
額の汗を拭い、我が輩はゆっくりと毛布に手を伸ばす。
「・・・・・・けて」
ミウが何かを呟き、我が輩は意識が戻ったと思い手を止めた。
「・・・・・・たす・・・け・・・・・・」
閉じられた少女の瞳から零れるものは何もなかったが、泣いているように見えた。
この少女の群れに加わってから、どれくらいの日数が経ったであろうか?
我が輩は双眸を閉じ、一度大きく息を吐くと、伸ばしていた手で彼女の頭を撫でるように毛繕いを始めた。寝癖なのか、前髪の一部跳ねている個所が生き物のように踊り出した。
出会ってから約一ヶ月、しかし、我が輩は彼女の個人的な背景を何も知らない。
だから、これぐらいしかできなかった。
窓から吹き込む風が落ち着く度に、甘い金木犀の香りが微かに漂う。
コホッ
ミウが目を覚ましたようだ。
「んん、無防備な”美女”にノータッチなんて相当なヘタレね」
実は触れていたのであるが黙っていよう。
「・・・・・・」
ミウが顔をこちらに向けようとしたので、我が輩は視線を逸らした。なんだか顔を合わせ辛い。ここが自宅でなければ逃げ出しているところである。いや、一度外に出るというのはありか。
我が輩は胡座を解き、立ち上がろうとした。
「股間をそんなに膨らませて、どこに行くの?」
「!?」
ミウの下着を懐に仕舞ったままであったことを忘れていた。
「こ、これは――」
我が輩は中腰のまま急いでそれを取り出――そうとして、ミウが分かってからかっている事に気付いた。まさに小悪魔の所業である。
ミウは上体を起こし、掛かっていた毛布は胸元から腰まで一気に滑り落ちる。着ていた襯衣は襟紐の結びが解かれ、胸元が少し開き乳房の谷間が伺えた。白い肌に映し出される濃い陰影は、その起伏の差が大きい事の証明でもある。
仄かに漂っていた香りが、急に鼻腔を強く刺激してきた。
ミウも立ち上がろうと下半身に掛けられていた毛布に手を掛ける――
「ま、まて!」
我が輩はミウを制止しようとしたが間に合わなかった・・・・・・
するりと毛布は畳へ落ち、ミウの下半身が露わになった・・・・・・え?
なんと、白い襯衣の下にミウは腰布を纏っていた。拳闘士が穿くような形状の赤いその腰布は見覚えがあった――というより、それは我が輩の所有物である!
「みゅ?もしかして、ぬこ氏、あたしがノーパンだと思った?」
ミウは少し乱れていた後ろ髪を手で撫でつけながら、腰布を凝視する我が輩に問うた。我が輩は混乱するばかりである。
「ねえ、思った?思ったでしょ??」
こちらをしつこく覗き込もうとするミウから顔を背けつつ、我が輩は片方の手で落ちている女袴を手に取り、もう片方でミウの手を掴んで廊下まで連れて行くと、懐にあった黒い下着一式と一緒にそれらを脱衣所に押し込んだ。
「ちょっと~!」
「き、着ろ!」
閉じた扉に背中を向けると腕を組み、溜息をひとつ。
すると急に窓の外が騒がしくなった。
「ぁーん!ぅぁーーん!!」
先ほど聞こえた声であろうか?それは再生機ではなく、生の音声で、先程よりも近くに聞こえた。仔供の泣き声であることは間違いなかった。
・・・・・・どこかで聞いたことがあるような。我が輩は瞼を閉じ、耳を傾けるように声が聞こえてくる居間の方を向いた。
ガチャ
「さっきも聞こえたけど、子供の声ね」
女袴を身に着けたミウが脱衣所から出てくる。胸元は相変わらず開放的であるが。
「あぁ」
ぬこが取るべき選択は。
ミウと一緒に居間に移動し、卓上のスマァホを手に取る。
「ここで待っていろ」
我が輩は玄関へ向かった。
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