ぬぬ子02
「私のうちはこっちだよ」
ユウタ君のお母さんが曲がる道を間違えたので、私は教えてあげた。
「いいのよ」
ユウタ君のお母さんは私と繫いでいた手を引っ張った。少し痛かった。
”大人の人”の力がとても強いのは、子供を自分の思った通りにさせたいからなんだ、きっと。私も大人になったら力が強くなるけど、私は子供のしたい事のために使いたいな。
「今日はこっちなの」
夜に歩くと危ない道があるって聞いたことがあるから、回り道するのかな?危ないってお化けでもでるのかな?
「菜々子ちゃーん!」
ユウタ君のうちの前にきたら、ユウタ君が居た。ユウタ君の家なんだから、当たり前なんだけどね。ユウタ君は私に大きく手を振っている。その後ろにはユウタ君のお父さんも居た。
「ユウタ、それにあなた、外で待っていてくれたの?」
「ご苦労だったな」
ユウタ君もお父さんもうちから出てきて、私達と一緒になった。
「菜々子ちゃん、行こう!」
ユウタ君が私の手を取って、ユウタ君のうちに連れて行こうとしたから、私は手を振り解いた。
「どうした?」
ユウタ君のお父さんが聞いてくる。
「私、自分のうちに帰る」
「ナナちゃん・・・・・・」
ユウタ君のお母さんはしゃがんで私と同じ高さになると、私を見て話し始めたの。
「ナナちゃんのママね、ちょっと急な用事ができて、すぐ旅行に行くことになったの。それでね、ナナちゃんは暫くうちに泊まるのよ。今日は遅いから、着替えとかは明日取りに行きましょうね」
何を言っているの?
お母さんが旅行?
一人で?
私を残して?
――嘘。
「嘘」
「え?」
「嘘よ!」
お母さんが私を置いてどこかに行くはずがないの。だって、お母さんは寂しがり屋で・・・・・・泣き虫で・・・もう、私しかいないんだから!
「帰る」
ユウタ君のお母さんは嘘を付くのが下手ね。私、すぐ分かっちゃったんだから。
「ちょっと、待って!こんな夜に危ないわ!」
嘘つきの話なんて聞かない。私は走り出――そうとしたら、腕を掴まれた。ユウタ君のお父さんだ。
「パパ!」
「良い子だから、言うことを聞くんだ」
「放して!」
私がどんなに強く引っ張っても、ユウタ君のお父さんの力が強くて腕を抜くことはできない。”大人の人”は子供より力が強いし、足が速いのは知っているから、別の方法を考えなくちゃ。お母さんが心配して待っている。だから、考えなくちゃ。お父さんも言っていたし、いっぱい考えればグッドアイデアが見つかるって。
「・・・・・・分かったから放して」
ユウタ君のお父さんは、手を放してくれた。今、走ってもすぐに掴まっちゃう。
「あの、髪が、ヘンなの、ですから、帽子、持って、ください」
私、”大人の人”が使う言葉も少し知っているんだ。ケイゴって言うんだよ。なんか、男の子の名前みたい。
「ん、あぁ」
麦わら帽子を取って、ユウタ君のお父さんに渡――さないでそれを地面に落とす。
「おっと」
「あなた!」
ユウタ君のお父さんが帽子を拾っている間に私は力一杯走った。ユウタ君の隣の家の壁は木でできていて、その下は子供なら通れるけど、”大人の人”は通れないんだ。
「菜々子ちゃん!」
壁の下を抜けようとしたら、ユウタ君が私の足を掴んだ。
でも、子供同士なら負けない――負けちゃいけないんだ。
「ユウタ君、ごめんなさい!」
私は私の足を掴んでいる方のユウタ君の肩を蹴った。
「痛いっ!!!」
「ユウタ!」
ビリッ
服が引っかかったけどなんとか木の壁を抜けられた。私は隣の家の裏に向かった。そこには小さなドアがあって、そこから外に出られる事は、昔ユウタ君とかくれんぼした時に知っているんだから。
ユウタ君達に見つからないように私は少し遠回りをしてうちに向かったの。駅の近くの場所はお店がいっぱいあって、夜はキラキラしてとても綺麗。
「どうしたの?迷子かな?」
私が道からお店の中を見ていたら、眼鏡を掛けたお兄さんに声をかけられた。メガネお兄さんは心配そうな顔をしている。子供が夜に一人でいるのは良くないもの。私が大人でも心配すると思う。
でも、今日、私は悪い子になっちゃったから、へいきへっちゃらなの。うちへの道も分かるんだから、一人で帰るもん。
「へーき!一人で大丈夫だから。バイバイ!」
自信満々で私が答えたら、さっきまで心配していたメガネお兄さんの顔が急に怖くなったの。
「お前も拒絶するのか・・・・・・なんなんだよ・・・どいつもこいつも・・・・・・」
怖い、逃げないと。
私は走った。でも、いっぱい疲れていたから、大きな道を曲がって暗い道に入ったところで建物と建物の狭い隙間に隠れた。ちょっと臭いけど、ここで少し休もう。
「はぁはぁ、くそっ、逃げやがって、くっそ・・・」
メガネの人がやってきた・・・・・・怖い、怖いよ。お母さん、助けて。
「さっきのババアも馬鹿にしやがって、俺の事は拒絶したのに、女子高生とは・・・自分は、善意で、手を差し伸べて、やっているっていうのに、なんなんだよ・・・危ないだろ」
私は口を押さえて息を止め、メガネの人が通り過ぎるのを待った。
プ~
ん?何か聞こえたような気がしたけど、気のせいかな?
プ~ン
うわっ、蚊だ。あっちいけ、シッ!
プ~ンプ~ンプ~ン
ふ、増えた!?ほら、シッシッシッ!
ビリッ
あ、ワンピースがパイプについているネジに引っかかっちゃったじゃない!
「そこか!」
見つかっちゃった!逃げなきゃ!!!
「逃がさないぞ」
私は腕を掴まれてしまった。ユウタ君のお母さんとお父さんの事を思い出した。"大人の人"はみんな私を逃げないように掴まえる。痛い、痛いよ。
「痛い!」
「逃げようとするお前が悪い」
「放して!」
「いや、離さない!」
「ひっ」
痛い、怖い、痛い、怖い、痛い、怖い、オトナなんて――
ピカッ
「おやおや、これは面倒ですねぇ」
ま、眩しい。
「おい、お前!今何した!?」
ピカー
さっきは一瞬だったけど、今度はずっと強いライトが私とメガネの人を照らしている。
「いやね、写真を一枚と現在は動画を撮影中、と」
「なっ!?おい、やめろっ!!」
メガネの人は私の腕を無理矢理引っ張って、ライトの方に動き出した。痛いよ。
「先に言っておきますが、写真は自動的にクラウド上にアップされていますので、ここで貴方が何をしようと無意味ですよ」
「う、煩い!まずはその眩しいのを止めろ!!!」
男の人はついに私の手を放して、ライトに向かって走り出した。
「ご要望とあらば」
眩しかったライトが消えて、周りは真っ暗になった。本当に真っ暗で何も見えない・・・・・・
「ぐぇっ」
「おっと、失礼。そして、こちらも失礼、と」
「えっ?」
いきなり私は誰かに抱っこされたの。そして、上下に揺さぶられながら移動しているようだった。よく分からないけど、私は必死にしがみついた。
目が慣れてきて、明るい場所に出ると私を抱っこしていたのは、メガネを掛けたお髭のおじさんだった。メガネのレンズが黒くて目は見えないけど、お手入れされているお髭の口元はとても優しそうに見えた。
怖いメガネの人から助けてくれたのは、ヒゲメガネのおじ様だった。
「ううむ、汚れて破けた服・・・事後ではないことを願いつつ、この状態で大通りに出ると私が捕まってしまいますのでね。この面倒はここまで、と」
ヒゲメガネのおじ様は大きな通りの手前で私を下ろすと、黒い長袖のシャツと黒いズボンについた埃を叩いた。肩に触れない位に伸びている癖のある髪が顔に掛かって邪魔だったのか、片手で掻き上げた。
「あの・・・」
「ボランティアに多くを求めるのは、自立から遠ざかるばかりです。ビジネスの契約なら話は別ですがね」
「けいやく?」
お父さんが仕事の話をする時にたまに聞いたことがある。確か、絶対に守らないといけない約束だったはず。
「おっと、子供には難しい言葉でしたね。それでは、これにて」
「待って!」
私は立ち去ろうとするおじ様の腕を掴んだ。子供の力だけど、放されないよう両手で強く、強く掴んだ。
「け、ケイヤクする」
「おやおや」
振り向いたおじ様の口元は困ったようには見えなかったの。だから、私は掴んでいた手を放した。
「ケイヤクするから!」
おじ様はしゃがんで私を正面から見た。
「交渉は嫌いではなくてね、ここからは録画させてもらいますよ。・・・・・・分かっている。5分だ」
5分?
「お嬢さん、貴方は私に何を求め、私に何を与えてくれるのですか?」
私がうちに行っても、きっとユウタ君達がいる。私がうちに帰るためには、誰かの協力が必要だ。
「私のうちの前にいる人達をどこかにやって欲しいの」
「ふむ」
「そうしてくれたら、おじ様にお金をあげるよ。私の持っているお金全部」
おじ様は首を横に振った。
「私はね、子供からお金は受け取らない主義なんです」
シュギ?でも、お金じゃダメってことだよね。う~ん、ビジネスはお金も大事ってお父さんは言っていたけど、他には何があったかな・・・・・・そうだ!
「おじ様が困った時に今度は私が助けるよ!」
「ほう、どんなことでも?いつでも?どこでも?」
「うん!絶対助ける!スーパーウルトラハイパーミラクルに助けるんだから!!!」
「・・・なかなか面白い投資案件ですね。よろしい、出世払いということで引き受けましょう」
そう言うとおじ様は優しく握手してくれたの。“大人の人“だって、優しい力で子供に触れることができること、私忘れていた・・・・・・。
「・・・・・・ありがとう」
「さて、時間も限られていますし、すぐに着手しますか」
おじ様は立ち上がった。
「ルネ、彼女の画像をサーチ――お母様がSNSに貴方の写真をアップしていますね。SNSのパーソナルデータにアクセス――住所特定――映像回せるか?――なるほど。キトウ君が一番近いようですね。ルネ、彼に追加オーダー。プライオリティ[優先度]はトップに。10分以内に対象1名を排除、いや、1km以上離れた場所へ誘導開始に変更。ドローンによるサポートオプションも追加。オーダーチェック――そうですね、彼への報酬を50%アップ――この内容でアプローバル[承認]」
???
ヒゲメガネのおじ様は早口に一人で難しい話をしたかと思うと、急に静かになってしまったの。
「おや、キトウ君にしてはレスポンスが速いですね」
その口は笑っていた。おじ様はまたしゃがむと、
「これで貴方が家に着く頃には誰もいないはずです」
「本当?」
「自分の目で確かめて、検収をお願いしますね。報酬は必要な時になったらこちらから連絡します。さて、私はもう時間です」
立ち上がったおじ様は腰を曲げてお辞儀をすると、大きな通りではなくやってきた道を戻るように歩き出した。
「ルネ、ターゲットの最新位置情報を」
「おじ様、ありがとう!」
おじ様は振り返らずにゆっくりと片手を上げた。
さあ、私もうちに戻らないと。
「あ」
うちの近くに来てから気付いたけど、ヒゲメガネのおじ様の名前を聞くのを忘れていた。人形のお兄さんもそうだけど、今日は会った人の名前全然教えてもらっていない。
でも、今はお母さんに会うことが一番大切なんだから。
うちの前は本当に誰も居なかった。
「すごい!」
おじ様は魔法使いだったのかな?
ガチャガチャ
家のドアは鍵がかかっていた。でも、鍵を持っているから大丈夫だよ。私は首に紐で下げていた鍵を胸元から取り出すと鍵を開けた。
カチャ
ドアをゆっくり開けてうちの中を見たけど、真っ暗だった。
『逃がさないぞ』
嫌なことを思い出しちゃった・・・・・・
私のうちなんだから居るわけないじゃない。
「お母さーん」
私はお母さんのことを呼びながらうちに入った。
1階を全部探したけど、お母さんは居なかった。いつもなら晩ご飯を作って待っていてくれるのに、テーブルの上には何もなかった。
そういえば、外よりもうちの中は涼しい。あ、エアコンが点いているからだ。誰も居ないのにエアコンを点けていると、お母さんすごく怒るんだから、お母さんやっぱり居るんだ。
私が遅くまでお外にいる悪い子になったから、怒って先に寝ちゃったのかな?
明かりを点けて階段を上がったけど、2階も真っ暗だった。
「お母さーん!」
誰も返事をしてくれない。
私はお母さんとお父さんの部屋に行った。
「お母さぁーん!!」
でも、そこには布団も敷いていないし、お母さんも居なかった。
なんで?
どうして?
もし・・・・・・もし、私がいつも通り早くうちに帰っていたら、こんなことにはならなかったの?
私、お母さんのために頑張ったのに、そのせいで私は一人になっちゃったの?
お母さん、どこに行ったの?
私、一人は嫌だよ。
ねえ、どうして、みんな居なくなるの?
私、わたし・・・・・・そんなに悪い子だった??
何かのイタズラなんだよね?本当は近くに居るんだよね?
ねぇ、出てきてよ。
お母さん――
私は涙と汗を服の裾で拭きながらいっぱい考えたの。
でも・・・でも、全然グッドアイデアが出ないの。
「ねえ・・・お父さん・・・私達のホームは・・・・・・ここだよ・・・ね?」
*****
我が輩は菜々子を抱えて部屋に戻った。
「おがぁ・・・さん・・・・・・ぉか・・・さ・・・ん・・・・・・」
「ぬ、ぬこ氏、あなた何しているの!?」
「かぁ・・・さ・・・・・・」
――選択肢がない。いや、
「お前がお母さんになるんだよ!」
― ぬこ03へ ―
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