ぬぬ子01
ぬぬ子01
「まあ、気にするな」
お兄さんは気になる表情でそう言った。”大人の人”がこういう時はこれ以上は何も教えてくれないのは、私ちゃんと知っているんだから。お父さんは私になんでも教えてくれた。やっぱりこの人はお父さんじゃないんだ。
「・・・・・・じゃ、気にしない」
日も暮れてきたし、お母さんが心配し始めているかも。お家に帰らなくちゃ。
お兄さんの頭を持ち上げると、汗をかいていた所に風が当たって少し涼しかった。ケガをしているみたいだから重いけど優しく下ろさないとね。
「私、もう行かなくちゃ」
ベンチの上で横たわったまま、お兄さんが寂しそうに私を見ている。きっと、お兄さんは私ともっとおしゃべりしたかったんだ。お父さんに似ているお兄さんに見られていると、変な気持ちになる。私のお父さんじゃないのに、違うのにズルい!
「バイバイ」
モヤモヤが嫌で、私は駆けっこで1位になれるくらい速く走った。麦わら帽子が途中で取れそうになったけど、すぐに手で押さえたからギリギリセーフだった。ゴールは公園の入口。そこまで行ったら歩いて帰ろう。
苦しくなってきた。公園の入口はあと少しだけど、もうゴールしてもいいよね。
「ゴール!はぁはぁ・・・・・・」
いっぱい走ったから疲れちゃった。少しここで休もう。
「はぁはぁ」
早く帰らないとお母さんが心配する。
でも、帰ってもお母さんは泣いていると思うの。
お父さんが居なくなってからお母さんはいつも泣いている。
どうしたら、お母さんは笑顔になってくれるのかな?
お父さんが居たら、また笑顔になってくれるよね?
お母さんにはお父さんが必要だ。
私にも――。
「飛行機の墜落事故だって?」
「いやいや、飛行機が消息を絶って、墜落したかも不明なのさ」
「1ヶ月経った今も何の手掛かりも見つからないらしいね。結局、捜索も打ち切られたし」
「一時帰国途中だったとか」
「ほら、菜々子ちゃんの入学式でしょ?」
「今年から小学校だもんね。そりゃ、パパとしてはガチなイベントよね」
「姉さん、ずっと泣きっぱなしね」
「まだ二十代だし、良い子だから新しい人すぐに見つかるわよ」
「おい、こんな時に不謹慎なこと言うな」
「あら、私はキヌちゃんのことを心配して言っているのよ」
「しっ、ナナちゃんもいるのよ」
「そういえば、菜々子は全然泣かないな」
「まだ、”死”が理解できないんじゃないのか?」
分かっている――分かっているよ。私、”死”が何か教えてもらったから。お父さんはもう戻ってこないんでしょ。だから、お母さんはずっと泣いているんだよ。お父さんの言った通りだった。お父さんが居ないから、お母さんは泣いているんだよ。私、お母さんが悲しくて泣く姿は嫌だ。きっとお母さんも私の泣く姿は嫌だと思うから。それを見たらもっと泣いちゃうと思うから・・・・・・。
「やっぱり」
――やっぱり、あのお兄さんにはお父さんになってもらわないと!
私がお父さんのことをいっぱい教えて、立派なお父さんになってもらうの。そうしたらきっとお母さん、ニセモノって気付かないと思う。そうしたら、また笑顔がいっぱいのホームに戻るの。私、すごい良いこと思いついちゃったかも!
「菜々子、お父さんまた少し出かけるよ」
「今度はどこに行くの?」
「インドだよ」
「インド?」
「そう、菜々子の好きなカレーが美味しい国だよ」
「そうなんだぁ。ねぇ、インドは近い?歩いて行けるの?」
「うーん、前のイギリスよりは近いけど、海があるから歩いては行けないね」
「そうかぁ」
「イギリスと言えば、菜々子にもよく話していたサクシさんとはインドでも一緒に働くんだよ」
「サクシさんだけズルい!」
「まあまあ。菜々子の入学式にはちゃんと戻ってくるから」
「そんなの当たり前ですけど」
「ははは、そうだね。卒園式も良かったけど、ランドセル姿の菜々子も楽しみにしているよ」
「また泣くの?」
「そうだね、きっとまた泣くだろうね」
「お父さんの泣き虫~。お母さんは全然平気な顔していたのに」
「そりゃ、お母さんは毎日菜々子を見ているからね。お父さんは会う度に菜々子が大きくなってビックリだからね」
「そんなにビックリしていたら、菜々子が結婚する時は大変だよ」
「そうだね、お父さんビックリし過ぎて死んじゃうかも」
「ええーっ!?」
「ははは、冗談だよ」
「もう!」
「まあ、菜々子は将来お父さんと結婚するって5歳の時に言っていたから、泣くのはお母さんかな」
「そんな約束覚えていないんですけど」
「あれぇ~」
「もう、二人ともバカなこと言っていないで、早く寝る準備しなさい」
「「はーい」」
「ぉぃ、菜々子、お母さんはな、本当は泣き虫なんだぞ」
「うそだー」
「本当さ。だから、お父さんはいつも遠くに行く時には、何かあったらどんな時も家に帰ってくるってお母さんに約束しているんだぞ」
「ハイハイ。ねえ、”うち”って英語でなんて言うの?」
「ハウスだよ。あ、いや、こういう場合はホームだね」
「ホーム?」
「そう、ホームだよ。世界中のお父さんは必ずホームに帰るんだ」
「ホーム・・・覚えた!」
「菜々子は頭が良いなぁ」
そう言って、お父さんはいつものように私の頭を撫でてくれた。
「ねぇ」
「んがっ!?」
私が声をかけると、お兄さんは変な声を出した。ビックリさせるつもりはなかったけど、ケータイを見ていたからこっそり後ろからのぞいちゃった。
「質問に答えていなかったから戻ってきたの」
漢字はよく分からないけど、”死”って書いてあった。私、その漢字の意味を知っている――お父さんと一緒だ。とにかくもっとお話をしないと。
正直にお願いしたらお父さんになってくれるかな・・・・・・
「お、お父さんに似ていたから、お父さん帰って来たのかなって・・・・・・そう思って」
「そうかぁ」
頭をポンポンしてくれた。お父さんと一緒だ♪このお兄さんがお父さんになってくれたら嬉しいな。
まずはもっと仲良くならないとね。
「また、会ってくれる?」
あれ、お兄さん、急に顔がなくなった。私、何か変なこと言ったかな?
「お父さんとしてか?」
お兄さんは私の頭から手を下ろした。うぅ、園長先生が怒っている時と同じ感じがする。お兄さんはお父さんになるのが嫌なのかな・・・・・・どうしよう。もしも、怒っているならもう帰ったほうがいいのかな。ちょっと、おしっこもしたくなってきたし。
「・・・・・・怒った?」
顔を上げたら、お兄さんに顔が戻っていた。さっきのはなんだったんだろう?
「怒ってはいない、だけど、俺は君のお父さんじゃない」
本当に怒っていないのかな?さっきよりも声は優しくなった・・・様な気がする。それにお兄さんの言うことは私、分かっている。だって、お父さんはもう居ないから。
「そんなの分かっているよ!」
でも、お兄さんにお父さんになってもらわないと困るの。お母さん、今日の夜もお父さんの写真を見て朝まで泣くから。このままじゃ、お母さんも・・・・・・
「お兄さんはお父さんじゃないけど、子供にはお父さんが必要なの。その、本物のお父さんじゃなくて偽物のお父さん!そう・・・2番目のお父さんとか?」
よく分からないけど、私がんばった!お兄さんは人形みたいに動かなくなったけど。あ、今、目をそらした。
「まあ、一番だろうが二番だろうがお父さんは無理だ」
そんなぁ・・・・・・
「だが、友達にならなっても良いぞ」
と、友達!?お父さんじゃないと――ん?んん!ちょっと待って、聞いたことある。そうだ、お父さんとお母さんが話してくれた。
お父さんとお母さんは最初、お友達になったって!それで、それで、コイビトっていうのになって、結婚して、ウフフ?フウフ?っていうのになったって。それで、私が生まれてお父さんとお母さんになったって――私、覚えている!
だから、お父さんになってもらうには――まずお友達!オーケーオーケー、私、全部分かっちゃった♪
でも、ユウタ君とか普通のお友達じゃダメ。お父さんになるんだからすごい友達じゃないとね。
「じゃ、お友達。まずは大きいお友達になってよ!」
そうだ、お兄さんの横に座ってもっとお話ししよう。お兄さんもちょっと嬉しそうに見えるし、なんだかとても楽しくなってきた。
「とはいえ、友達になるにはお互い名前を知らないと始まらないな」
はっ!?そういえば、お兄さんの名前知らなかった・・・・・・
「そうだね。お兄さんのお名前は?」
あれ、またお兄さん、お人形みたくなった。
「???」
「お巡りさん、あそこです!」
後ろからどこか聞いたことがある声が聞こえる。ユウタ君のお母さんかな?
「すまん。また今度にしよう」
そう言うと、お兄さんは立ち上がって公園の出口に向いちゃった。
どういうこと?お友達になるには名前を言わないといけないんでしょ?
「え、ちょっと待って!お名前は?」
もしかして、私が先に名前を言わないから友達になるの嫌になったのかな!?
「私は菜々子だよ!」
でも、もうお兄さんは走り出していた。私も追いかけたいけど、今走ったらきっとおしっこもれちゃう・・・・・・そんなの恥ずかしい。それに外でおもらしする子となんて友達になってくれないよね。
「ぬぬ子!」
突然、お兄さんが大きな声で叫んだんだ。
でも、私の名前そうじゃないんですけど・・・・・・
「ぬぬ子じゃなくて、菜々子だよぉ~」
お兄さんは名前も教えてくれず、私の名前も間違えて走って行っちゃった。もう、バカ!
「君、大丈夫?さっきの男に変なことされなかった?」
「おじさんもバカ!」
「えっ、ええ~~!?」
あの後、ケーサツのおじさんにお兄さんとのことを聞かれたから、お兄さんとお友達になって、コイビトになって、ムフフ?になって、お父さんになってもらう話をしたら、すごい怒られた。それに”ジアン発生”っていうのでみんなに教えるとか言ってた。ユウタ君のお母さんが「知らない大人に声をかけられたらすぐ逃げるか、周りの大人に大声で助けてって言うのよ」って言われたけど、まるでお兄さんが悪い人みたいじゃない!お父さんになる人は悪い人じゃないんだから。
周りはもう暗くなっていて、公園もあちこちで明かりが点いてしまった。こんな遅くまで一人でお外にいるのは初めてだよ。私が悪い人になっちゃったよ。
集まっていた”大人の人”達は私がケーサツのおじさんに怒られている間にみんな帰っていて、公園は虫の声が聞こえるぐらい静かになっちゃった。
今、ケーサツのおじさんはパトカーに戻ってどこかに電話しているみたい。ユウタ君のお母さんは私のお母さんに電話してて、これからお母さんが迎えにきてくれるみたい。でも、帰る前にトイレ行きたい・・・・・・
「あれれ?」
私がベンチに座って待っていたら、背の高いお姉さんがやってきた。もしかしたら人形のお兄さんよりも高いかも。青みがかった瞳に茶色い髪がふわふわしていて、テレビで見たお姫様みたい。紺のジャンパースカートの学生服を着ていて、細い帯みたいな腰紐を蝶々結びしているんだけど、垂れている片方の端が反対側よりもとっても長くてまるで動物の尻尾みたい。このお姉さん綺麗なのに蝶々結びも上手くできない可哀想な人なのかな?
お姉さんと目があった。
「うそー、かわいいー!」
近付くお姉さんからはうちのトイレの香りがした。とても甘くて、少しすーすーする香り。お姉さんはベンチの前で身体を曲げると、いきなり私の頭を撫でてきた。
私の頭を撫でていいのはお父さんとお母さんだけなんですけど。ケーサツのおじさん、今ジアン発生しているんですけど。
「ねえ、ここに見ててあげないとすぐに消えそうなキュートな存在いなかったかしら?」
お姉さんは撫でていた手を私の肩に置くと、まっすぐ私を見ながら質問してきた――まっすぐ私を見ているはずなのに、お姉さんは私を見ていないように感じて少し怖くなった。
えぇと、見ていないといけなくて、キュートはかわいいって意味だから、赤ちゃんのことかな?私、お兄さんしか見ていないけど。
「・・・・・・知らない」
「そっかー、ありがとう♪」
お姉さんはもう一度私の頭を撫でた後、ダンスをするみたいにクルッとベンチの前で回ると、歩いて行ってしまった。お姉さんが回った時に長い方の腰紐の端が、広がるスカートの周りを新体操のリボンのように回ってとても素敵だった。私も今度真似してみようかな。
お姉さんは歩きながらケータイを取り出して、すごい速さで画面を指で叩いているのが見えた。お外は暗かったけど、ケータイの画面の光で見えたお姉さんの顔はなんだかユーレイみたいだった。
「あ・・・・・・」
ちょっとチビってしまったじゃない!もう!!
「ナナちゃん、お母さん来られないみたいだから、おばさんと一緒に帰りましょ」
「ダメ~!ト、トイレが先!!」
*****
「ぬこ氏、あたしのメッセージ読んでないのかしら?」
美優は学生鞄からスマートフォンを取り出すと、メッセージに既読がついていないことを確認して呟いた。他と違い、ぬこはいつも美優の言うことを聞かない。
ぬこが今どこに居るのかメッセージを送った。
ピコン
すぐにメッセージが帰ってきた。
― ミウ01へ ―
最後まで読んで頂きありがとうございます。
並行してインドネタを書いていますので、良かったら読んで頂けると嬉しいです。
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