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水瀬典子75歳

「おーい!」

 治と平助はその声のする方向に顔を向けた。すると、二人が歩いている道路の反対側の繁華街から二人に手を振る男性が居るのに気付いた。

 その男性は恰幅の良い身体にラフで洒落た衣装を着ていて、二人はその男性を良く知っていた。

 何故ならその男性は宮路平助。つまり、平助と入れ替わっている水瀬典子だった。


 平助、いや典子は行き交う車を交わしながら道路を横切って二人の前に立った。そして、しわがれた声で二人に尋ねた。

「今から帰るところですか?」

「そうじゃ」

 平助は治の前に出て典子に言った。治はそんな平助の後ろから身を乗り出して典子に訪ねた。

「典子、お前、こんなところで何してんだよ?」

「私? 私はついさっきまであの居酒屋で友達の相良さんと飲んでて別れたばかり。で、丁度その時、二人を見かけたってわけ」

 典子は繁華街に連なる一軒の居酒屋を指差しながら微笑んだ。彼女の周囲から酒の臭いが漂い、そのシワだらけの顔には赤みが掛かっていた。

「それより、おじいさま、聞いてくださいよぉ。私、今日、76で回ったんですよ。しかもホールインワンのオマケつき」

「ほ、本当か、典子ちゃん?!」

「嘘なんか言いませんよ。で、その勢いで相良さんと二人で飲んでて、祝杯だとか言って随分と奢らされちゃった」

 典子は平助の顔と声でけらけらと笑った。言葉づかいは兎も角、その雰囲気からは18歳の女の子の面影は微塵にも感じられず、彼女は完全に平助に成りきっているように見えた。

 そんな典子のシャツからのぞく腕を見て平助は言った。

「それにしても随分と焼けているな」

 それを聞いた典子はその焼けた腕を折り曲げて力瘤を作った。75歳の老人の身体ながら力瘤は若者のように盛り上がった。そしてそれを見せつけながら平助に言った。

「でしょ? 私、遊びまくってますから。おじいさまが夏休みの宿題を放りっぱなしにして、勝手にアルバイトに行くのと同じように」

「そ、それを言うなよ、典子ちゃん~」

 そう言って二人は顔を見合わせて一緒に笑った。

 それからしばらくの間、平助と典子の他愛もない会話が続いたが、その一方、治は完全に置いてきぼりを食っていた。


 平助は手にしたカバンの中から、可愛いマスコットのストラップが沢山付いた携帯電話を取り出して時間を見た。

「そろそろ行くとするか。…そうだ、治。今日は典子ちゃんと一緒に帰りなさい。家はすぐそこだし、ワシは一人で帰る」

「えっ?」

「あっ!」

 そう言って平助はその場から駆け出し、あっという間に居なくなった。そして、治と典子は二人っきりになった。

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