施設での初めての朝…【陸斗の部屋】
児童保護施設ふれあいの里に暮らし始めたアルト。
暮らし始めて暫くは、施設の責任者である園長先生が身元身分発行を行う数日間は施設内で大人しくしていた。
アルトは最初に目が覚めたあの部屋がそのままアルトの部屋にあてがわれた。
あの部屋は一人部屋だった。
机に椅子。本棚やタンスも用意されていた。
もちろんだがまだ本棚やタンスに物はない。
衣服などの必要な物は、身分証明書が発行されてから、改めて買いに行く予定となった。
着替え等は今有る服のいくつかを仮として受け取った。
施設生活1日目。
アルトは朝早くに目が覚めた。
まだ日が出た早い時間だった。
目が覚めてまだ時間的に早いかと思い、再び目を閉じようとしたが、どうしても眠気が来ない。
二度寝が不可と諦め起きる事にした。
起きると寝間着代わりのTシャツと膝くらいの長さのズボンを脱いでシャツとズボンに着替えた。
部屋を出ると施設内にある中庭を目指した。
とりあえず体を少し動かしたいと思ったのだ。
中庭に着いた。
朝早いのでまだ誰も起きていない。
と思ったのだが、自分より早く起きている人がいた。
施設の責任者である園長先生と呼ばれている女性だった。
「あらあら、おはようございます。アルト君。どうですか、昨日はよく眠れましたか?」
「ええ。おかげさまで、よく眠れました。まあ今は目が冴えてしまって起きた所ですけど」
「ふふ。早起きは良いことですわよ」
「そうですね。…おっと、園長先生に挨拶をし忘れるとこだった。おはよう」
「ええ、おはよう。ふふ」
そんなやり取りの後、園長先生は中に戻っていった。
園長先生は起きたらまず軽く体操をしているのだそうだ。
「アルト君が来ると分かっていたら一緒に体操できましたのに。残念ね」
と言われた。
流石に2度も自分に付き合わせるのはどうかと思い、「気にしないで下さい」と返した。
その後、一人になった後、まず目を閉じて何度も深呼吸をした。自分の内に外の空気を自分の中に取り入れ自分の内にある『なにか』を循環を促そうとしていた。
なぜかその呼吸法をアルトは無意識的に行っていた。
どうやら記憶なき昔からこの方法を取り入れ実践していたのだと思う。
数回繰り返した後、身体を伸ばしたりと軽く運動をした。
運動後、時間的に朝の食事の時間が近付いていたので、中庭を後にし、ダイニングルームに向かった。
「あっ!アルトってば、どこに行ってたの?」
ダイニングルームに向かう途中、優菜に声を掛けられた。
どうやら此方を探してたらしい。
「ああ。おはよう、優菜。何だか朝は早くに目が覚めちゃってさ。さっきまで中庭で運動をして軽く体を解していたんだ」
優菜に挨拶を返しつつ何処にいて何をしていたのか教えた。
昨日に優菜から日本語の基本と発音、特に優菜や子供達の名前の字と発音を何度も教えられ学んだので、今ではきちんとした発音で名前を呼ぶことが出来る。
「そうなんだ。さっき起こしに行ったらいなかったから。もしかして昨日の出来事は私の妄想が生み出した幻だったの!?とか思っちゃったわ」
「…何だかよく分かんないけど、心配させたのかな。だったら済まないな。ごめん」
「ううん。いいの、いいの。アルトはこれからダイニングルームに行くんでしょ?私も行くし一緒に行きましょ」
オーケー、と言い、優菜と一緒に向かった。
+
ダイニングルームの扉を開け入る。
すると良い匂いがしてきた。
中に優菜と共に入るとキッチンで調理中の園長先生が此方に気付き笑みを共に声を掛けてきた。
「おはよう優菜。アルト君はさっきぶりでおはようね。もう少しで朝御飯が出来るから。子供達に声を掛けてきてくれないかしら?起きていなかったら起こしてあげてくれる?」
「おはよう園長先生。起こしてきたらいいのね。わかったわ。…それよりも、アルトは私より先に園長先生と会ってたんだ」
「え?ああ、中庭でね」
何だか面白くなさそうなジト目でいる優菜。
どうしたんだろうか?何か不満に思う事でもあったか?とか思っていたら、園長先生が笑みを浮かべながら優菜に声を掛ける。
「うふふ。優菜ってば、私にまで嫉妬するなんて、意外と―」
「だ、だれが嫉妬なんてしてるんですか!?もう!?さ、さあアルト!あの子達を起こしに行くわよ!……してないんだから!?」
「あ…ああ。なんかよく分かんないけど分かった。とにかく起こしに行けばいいんだな」
「ええ、よろしくね♪」
真っ赤な優菜に囃し立てられながら着たばかりのダイニングルームを出て子供達の部屋に向かった。
そんなアルトと優菜の二人を微笑ましい表情で見つめる園長先生だった。
+
このふれあいの里の施設は2階建ての建物だ。
1階には玄関、園長先生の部屋でもある事務所、中庭、子供が遊んだりする為の遊具が置いてある遊戯室、御風呂場、洗濯場、食事をするダイニングルームとキッチン等。
2階は居住区となっており、基本は2人部屋で、年齢を重ねると一人部屋が良いと希望する子もいるからと一人部屋も用意されている。
アルトは一人部屋だ。優菜も同じらしい。ただ優菜は学生でいつもは学生寮にいるから最近は週末や長期休暇とかのみ部屋を使っている状態らしい。
この施設に暮らす子供は高校生である優菜を除くと、計7名で、その全員が小学生なのだそうだ。
男子3名。
女子4名。
の計7名である。
子供達の部屋割りはこうなっている。
男子3名、女子4名と、女子は2人部屋を二つ使用している。男子は3名なので二人部屋一つに一人部屋一つの二部屋を使用して暮らしているみたいだ。
まずは男子から呼びに行く事にした。
決めたのは優菜だ。
理由を聞くと、「女の子は準備に時間が掛かるものなのよ」らしい。
最初の部屋の扉の前に来た。
扉には木で出来たネームプレートが掛けてあった。
ネームプレートは一つ。
つまりここは一人部屋と言う事だ。もちろんアルトの部屋にもある。平仮名で『あると』と書かれている。小学生でも読める様にと言う配慮らしい。記憶がなく日本の文字がまだ完全でないアルトには助かる配慮だった。
さてここのプレートには『りくと』と書かれている。
昨日の紹介にて知った情報。
名前は陸斗。フルネームは金崎陸斗。眼鏡をかけた小学校に通う今年で3年生の本が好きな男の子だ。
インドア派らしく身長は小柄な方だ。手足は細い。
色んな本を読んでいるので色んな知識を持っているらしく物知りな子という印象だ。
「それじゃ開けるか」
「アルト、待って。開ける前には確認のためのノックをしないといけないわ。着替えの途中の場合とかあるかもしれないんだから。特に女の子の部屋に入る前は必ずノックする。必ずだからね」
「そうか、わかった。ありがとう。教えてくれて感謝するよ優菜」
「いえいえ」
あらためてと、コンコン、とアルトは中に聞こえる様にとノックをした。
すると中から「はぁい!」と元気良い声が聞こえた。
どうやら陸斗とは既に起きているらしい。
起きているなら大丈夫かと優菜に声を掛けると部屋に入って確認らしい。
入っていいかと声を掛けると「いいよ」と許可が下りた。
扉に手を掛け開ける。
「おはよ……う…なんだ、この本の量は?」
「アハハ、やっぱり驚くのかな?」
入ったらアルトは驚いた。部屋の大半が本で埋め尽くされていた。
本棚はもちろん机や床にも積まれている。
もちろん積まれていると言って綺麗に整頓しておいてある状態でだ。
ベッドにも何冊か置いてある。
「おはよう、アルト兄さん、優菜姉さん。朝ごはんの時間ですか?」
「………」
「ん?アルト兄さん?」
「あぁ、あらら、アルトってばどうやら驚いて声も出ないみたいね。あ、そうだ陸斗もおはよう。流石ちゃんと日曜日でも起きてたわね。偉いわ」
「え?……いやぁ…」
偉いと優菜に褒められて逆にばつが悪そうな表情の陸斗。
本の量に圧倒されていたアルトも戻って「どうした?」と聞くと、
「…起きてたのは偶々です。というよりもほとんど起きてたが正解なんですアルト兄さん」
「まったくもう、あれほど夜更かしして本は読まない様にって園長先生に言われてるのに」
「うぅ…ごめんなさい優菜姉さん…。次の日がお休みだとどうしても読みたくなっちゃんだよね」
「もう、夜中に本なんて読んでるから陸斗ってば視力が悪くなるのよ」
「うぅ、面目ないです。実際その通りだし」
陸斗は視力が悪く、視力は両方とも0、5と悪いらしい。原因は夜中の本読みらしい。
なので陸斗は視力を補う道具である眼鏡を付けている。
どことなく知的な雰囲気ある陸斗に眼鏡が似合っているなと思うアルトだった。
あとこの時に視力を補う道具である眼鏡にも興味を持った。
「でもまあ夜更かしはいけないぞ。睡眠は成長に不可欠な要素らしいからな。寝られる時はしっかり寝ておいた方がいいぞ」
何かを知りたいという気持ちは記憶のないアルトには陸斗の気持ちがよく分かったが、それでも陸斗の年齢くらいであれば今がもっとも成長するのに適している時期でもある。特に睡眠は成長に大きく関わるのを理解しているので、そう助言の意味も込めて告げた。
「ごめんなさいアルト兄さん。その、夜は本を読んでただけでなく…その、アルト兄さんって、まだ文字とか語学が難しいみたいだから、読めそうな本があったら、と思って探していたのもあって。言い訳してごめんなさい」
「……怒れない理由だなそれ」
「そうね。アルトの為にしてくれたんだから。フフ、よかったわね、アルト」
自分の為であれば怒れないわな、と陸斗の頭をなでながら「ありがとうな」と感謝を告げた。
陸斗も「えへへ」と年相応の表情で笑った。いい子だなと思った。
「それじゃ陸斗はこのまま食堂に行って待っていてくれ。他の子に声を掛けたら直ぐに僕達も行くから」
「は~い。それじゃまたあとで~」
陸斗は部屋を出ると階段を下りて食堂に向かう。
とりあえず選んでくれたらしい本は朝食の後受け取ることにしアルトと優菜は次の部屋に向かう。
「……僕と優菜の二人で行かずに、二人でそれぞれ男子と女子の部屋に行って声掛けた方が早くない?」
「それはダメ」
何でか即答された。