朝食の一時
様々な理由にて孤児となった子を保護し共に暮らす施設である≪ふれあいの里≫。
そのふれあいの里には施設の責任者であり皆のお母さんである園長先生。
子供達の中では最年長である、高校生の少女、瀬世良優菜。
他はまだ小学生の年齢の子達だ。
活発で元気な少年、五郎。
眼鏡をかけている本が好きな少年、陸斗。
小柄で一見すると女の子に見えそうな少年、勝実。
お嬢様の雰囲気のある子供達の中で最年長である少女、舞華。
物静かな雰囲気がありよく気になったものをじっと観察する少女、里久。
ゴスロリに常にクマのぬいぐるみを所持している少女、恵理香。
親に虐待されていた過去があり特に大人に対して対人恐怖のトラウマを抱えている少女、沙羅。
そして昨日からこの施設で暮らし始めた記憶喪失で優菜と同い年くらいの少年、アルト。
計10名が共に一緒に暮らしているメンバーだ。
*
園長先生に頼まれた子供達を起こす役は完了し、朝食を摂るために1階の食堂に全員が揃った。
先に起きて食堂に向かった五郎、陸斗、勝実、舞華、里久は既に自分の席に座って待っていた。
「あら、これでみんな揃ったわね。さあ、アルト君たちも席について、いただきましょう」
笑顔の園長先生。その手には朝食のおかずが乗ったお盆があり、皆の席に置きながらアルトたちにそう告げた。
「わかりました」
「はい」
そう返しアルト、優菜、恵理香、沙羅は席についていく。
大きめの長テーブル。その正面は園長先生。
男子と女子でそれぞれ分かれており、男子側の席順はアルト、五郎、陸斗、勝実で、女子側は優菜、舞華、里久、恵理香、沙羅の順で座っている。
席に着いたアルトは園長先生が作った朝食に目を向けた。
(昨日も思ったけど、今日のも美味しそうだ)
食欲を誘う良い匂いがしている。
「それでは、皆さん揃いましたので、いただきましょう。いただきます」
「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」
優菜達も手を合わせて「いただきます」と言った。
アルトはなぜ手を合わせて頂きますと言うのか不思議だった。
昨日の夕食時にそう尋ねた際に園長先生から「頂く物への感謝の気持ち」だと教わった。
記憶のないアルトだが、何故かそれが新鮮だった。
もしかするとそういう習慣がなかったのだろうか。
記憶が無い以上はわからないのだから気にしても仕方ない。
優菜達に倣い両手を合わせ、
「…いただきます」
と言った。
+
食事の礼を終え食べ始める。
アルトは目の前に置かれている”箸”に手を伸ばす。
そして右手に箸を握る。
「アルト、お箸はこう持つのよ」
優菜がアルトの箸の握り方を見て助言し、持ち方を教えてくれる。
「えっと……」と言いながら優菜の箸の持ち方を見様見真似で持つ。
慣れないからかぎこちない持ち方だ。少なくとも優菜達に比べてだ。
そして食事をする前にした「いただきます」と同様に体が覚えていない。
アルトは箸を持って食事をしたことがない。
記憶が無くしているとは言え、今までの経験した事は体が沁み込んでおり覚えているものだと思う。
スプーンやナイフ、フォークと言った器具は問題ない。
しかしこの箸はぎこちない。
それは使用した事が無いと言う事の証明なのだろう。
始めは園長先生からスプーンやフォークを用意してくれようと提案された。
しかしこれが皆にとって当然であるのだ。
なら普段から使い慣れていけばいい。
だから皆と同じで良いとそう告げた。
ゆっくりと手と箸の持ち方、動かし方を気にしつつ使う。
食べ終わる頃には多少の違和感はあるが使うのは問題なくなった。
園長先生や優菜も「大丈夫」と言ってくれた。
そう考えながらぎこちない持ち方ではあるが右手に箸を持ち、昨日も口にした白く一つ一つの粒が輝いている様に見える≪米≫の皿を左手で持つ。
そして一口する。
(…美味い)
ホカホカと体が温まる感じがする。
いくらでも食べられる気がする。
そしてだが、こんな美味いものは口にした記憶が無かった。
他の料理も美味かった。
ふと作り方等が気になり、園長先生に食後に尋ねてみた。
「あら、アルト君は料理に興味があるのね」
そう微笑む園長先生は丁寧に教えてくれた。
教えられた作り方を頭で思い浮かべる。
初めて知る作法もあるがなぜか問題なく作れる。
記憶なき身体がそう告げている気がした。
もしかしたら記憶を失う前にも料理をしていたのではないかとアルトは思った。