【恵理香・沙羅の部屋】
最後の残った部屋の前に立つ。
扉には『えりか・さら』とネームプレートが掛けてある。
二人は年少組で沙羅が最年少の2年生で、恵理香は一つ上の3年生。
優菜からは二人も起きていると聞いているので、”コンコン”、とノックする。
「はぁい」
「は、はいッ!」
のんびりと緊張した様な二人の声が部屋の中から聞こえた。
「僕、アルトだけど。起こしに来たんだけど開けてもいいか?」
(お兄ちゃんだ。…大丈夫、沙羅?)
(う、うん…)
「うん。いいよ~」
「良いみたいだし入ろっかアルト」
「ああ」
扉を開ける。
開けて驚く。
二人は着替えも終えている。
アルトが驚いたのは部屋の半分、おそらくは恵理香のであろう大小のクマのぬいぐるみでいっぱいだった。
「おはよ、お兄ちゃん」
「ああ。おはよう恵理香。なんて言うか凄いね。クマがいっぱいだ」
「うん。『…ボクはクマだから仲間がいっぱいなんだよ』…なんてね」
恵理香はクマのぬいぐるみを抱えている。
時折、先の様にクマが喋っているように腹話術で話す時がある。
個性があっていいんじゃないかと思う。
そして恵理香の服装なのだが……ヒラヒラだった。
何て言ったか…
「ゴスロリよ、アルト」
そうだった。
似合っている。そう伝えると頬を染めて嬉しそうだったな昨日も。
そして―
「おはよう、沙羅」
「…!?」
朝の声を掛けたのだが沙羅はビクッと体を震わせるのみだ。
少し涙目の沙羅。
怯えている。
そう感じ取れた。
どうしたら良いか分からないので優菜に目線を向ける。
「沙羅、アルトは他の大人とは違って怖くないわよ。沙羅にとって優しいお兄ちゃんだから、大丈夫よ」
「そう。『怖くないよ、それにボクもいるよ』…沙羅、大丈夫」
「…うぅ…」
昨日の内に沙羅が対人恐怖症の傾向があるのは園長と優菜から聞いていた。
この施設で暮らす子供達や園長先生や優菜も沙羅と話をするのにも時間を要したらしい。
そして対人に対する恐怖を彼女が感じるのは数年前まで実の両親からの虐待を受けていたかららしい。
だから大人は特に怖いものだと根付いているのだろう。
初対面に近い自分では怖がるのは仕方ないだろう。
しかしこのままにはしない。
アルトは一歩沙羅に近づく。
それに怯えを見せる沙羅。けど逃げる様子はない。
沙羅も受け入れてくれる気持ちが少しでもあるのだろうとアルトは思った。
怖がらせない様にとゆっくりと沙羅の目線に合わせるように片膝を付く。
そして近くにあった恵理香のクマのぬいぐるみを一つ手に取る。
「あっ…」
勝手に手を取ったことは後で謝罪しよう。
それよりも今は一つ試してみよう。
「…おはよう。ボク、クマのアルト。沙羅ちゃん、おはようクマ」
「あふっ…」
恵理香を習ってのクマさん挨拶をしてみた。
何だか目を丸くする沙羅。目の前のお兄さんがするとは思えなかったのが意外だったからだ。
沙羅の様子から恐怖心が薄れたのが分かった。
「あらためて、だけど、おはよう、沙羅」
「あ…その、お、おはよう、です。…アルトお兄ちゃん」
「うん。おはよ」
+
「凄いわよね、アルトって、やっぱり」
「何がだ?」
恵理香と沙羅と共に食堂に向かっていると優菜がそう言ってきた。
何が凄いのかよくわからないアルト。
「あの子がこの僅かの時間で心を開き掛けてるんだもん。私達なんて1週間くらいかかってようやくって感じだったんだもの」
「ああ、まだまだって気がするけどね。まあ一緒に暮らす仲間、と言うか家族なんだろ?だったら仲良く出来る様にするのは普通の事だと思うな」
そう告げると恵理香が聞いてくる。
「お兄ちゃん、恵理香と家族になって嬉しい?」
「ああ。もちろん沙羅もね」
「!…う、ん。…その、がんばる」
微笑ましい気持ちが湧いたのでアルトは恵理香と沙羅の頭を撫でた。
同時に優菜から「あっ」と声が漏れた。
丁度よい位置に二人の頭があったのもあり気にせず撫でてていた。
ほとんど無意識に行動でもあった。
もしかしたらこうした行動を記憶を失う以前もしていたのかもしれない。
なんとなくそんな風にアルトは思った。
+
「!…えへへ…って、沙羅、大丈夫?」
突然アルトに頭を撫でられたのは驚いたけど恵理香は少しも嫌な気持ちにはならなかった。
むしろもう少し撫でていて欲しい気持ちだった。
そしてそう言えば沙羅も撫でて貰っている。
あの子は対人、特に大人に対して恐怖感が襲われる。
だから心配になった。
しかし―
「!?……あれ?…(怖くない?頭を撫でられたのに、いつもなら怖くて叫びたくなるのに、優しい気持ちが、ポカポカとする。不思議…なの)」
沙羅はアルトにいきなり自分の頭を撫でられた最初は身体に一瞬の緊張が走った。けどそれは一瞬だった。
昨日出逢ったばかりの大人の男の人。
普段であれば全身が硬直し、顔は青ざめ昔の虐待から来る恐怖心が沸き上がり泣き叫んでいたと思う。
しかし彼の―アルトの手からはなぜか安心感が流れてくるの様な気がした。
撫でられた頭が,髪から温かい気持ちが自分の体を包み込んでくれているような気がした。
不思議だった。
撫でててくれていたアルトの手が離れると不思議と寂しさが真っ先に浮かんだのでした。
(うぅ、子供達が何でか羨ましい!あとで私も撫でて貰いたいなぁ。…でも撫でてなんて自分からじゃ恥ずかしくて言い出せないかも!)
そんな恵理香と沙羅に羨ましいと、自分も撫でてほしいけど気恥ずかしいと言い出せない優菜。
そんな優菜にアルトは二人を撫でつつ「?」と不思議に思うのだった。