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1-2

 その言葉に、俺は思わず絶句した。

 そして、思わず眉間に皺を寄せながら、平然とした様子を崩そうともしないクウに向かって言った。

 

「……いや。いやいやいや、勿論って威張ってる場合じゃねえだろ。何が許容範囲内だ。問題ありまくりじゃねえか。それってつまり、次はお前が狙われるかも知れないって事だろうが」

「そうね、そうなるかもしれないわね」

 

 クウは涼しい顔をして、事も無げにそう言う。

 その態度や言動からはなんの動揺も伺えない。

 あくまで冷静に、冷徹に、冷酷に、事実として現状を受け入れているような態度だ。

 俺は、その態度に言い様もない引っかかりを覚えた。

 

「……なんだそれ。何他人事のように言ってんだ、下手したらお前の命が狙われてんだぞ。そんな落ちついてる場合じゃねえだろ」

「別に。私達が慌てれば、それで事態が解決する訳でもないでしょう?」

「だったら何か対策でも取りゃいいだろ」

「対策と言っても、向こうはまだ何も動いていないわ。それにまだ私が狙われると決まったわけではないでしょ? 可能性に怯えて立ち止まるなんて意味のない事よ」

「そりゃ……そうだけどよ」

 

 クウの余りにも感情の乗らない、正確過ぎる回答に思わず言葉が詰まる。

 確かにそうだ。

 例え俺やクウがここで騒いだところでどうにかなる問題じゃない。

 来るものは来るだろうし、来ないものは来ないだろう。要は、何事も起こってみなければ分からないと言う、当たり前すぎる事実なんだろうけど……その冷静過ぎる部分が妙にイラつく。

 確かにそれは正解なのだろう。

 あくまで感情的にならず、その答えを導き出せるということは、上に立つものとしてはこの上もない資質なのだろう。

 だからこそイラつく。

 自分自身のことなのに微塵も慌てず、客観的な立場を崩そうとしない、まるで自分自身の体をRPGゲームのように、少し上の視点から見下ろし、ステータスを確認しているかのような態度が、俺の心に波風を立てるのだ。

 

「……クウ、昔っから言ってると思うけどよ。俺、お前のそう言う所嫌いだ」

 

 幾度となく繰り返してきたその言葉を口にする。

 大した学のない俺なんかにゃ分かりゃしないが、物事を客観的に見ることが出来ると言うのは、私情に流されず、物事の本質を的確に捉える事ができると言う点ではきっと良い事なのだろう。

 クウの立場からすれば、それは必要不可欠な能力なのかもしれない。

 けれど、こいつのソレは余りにも完璧過ぎる。

 完璧過ぎた。

 子供の頃から。

 それこそ出会った当初から。

 自分自身の事すら完璧な第三者視点で見てしまっている。

 それが良い事なのか悪い事なのか評価を付けるのは誰だか知ったこっちゃないが、少なくとも――この俺は気に入らない。

 

「どうしてお前はそうやって何でもかんでも他人事みたいに言える。そんなんじゃまるで――」

 

 ――人形みたいじゃないか。

 思わず口から出そうになったその言葉を噛み潰す。

 これはもう『あの日』に置いてきた言葉だ。

 今更掘り返すまでもなく、もう二度と現れはしない……現れてはいけない類の物の筈だ。

 

「別に慌てふためけなんて言ってんじゃねえ。ただ、自分の事くらいもっと主観で判断しても良いじゃねえかよ」

 

 取り乱す様を見てみたい訳じゃない。

 声を荒げる様子を聞きたいんじゃない。

 お前が泣き喚く様子なんて想像すらしたくない。

 ただ、自分で自分をもっと人間として見て欲しいのだ。

 お前は観賞用の人形なんかじゃなくて、一人の人間だろう?

 だから、完璧なんかじゃなくて良いから、――『あの頃』みたいなお前を連想させないでくれ。

 

「……そうね。確かにマコトにはそうやって何度も言われてきたわね。もっと自分を自分として見ろ……ええ、本当に貴方らしい言葉」

 

 クウは俺をじっと見つめてから薄く目を閉じ、言葉をかみ締めてからそう呟いた。

 閑散とした部屋に声は思ったよりずっと響く。

 そんな中に、クウのいつもの鈴を弾いたような、しかしどこか硬質な声が響き渡った。

  

「確かに私は自分の事を人間扱いしていないのかもしれない。四鵬堂空姫に求められたのは能力であって、四鵬堂空姫と言う個人ではなかったもの。だから私は自分の能力を正確に把握し、他人の能力も正確に把握できるように育ってきたわ。その事に疑問も持たなければ持つ必要もなかった……いいえ、疑問を持つと言う考えそのものが元々生まれる筈も無かった環境だったのだから当然ね……そうやって生まれた結果が今の私」

「だからッ、」

 

 またしても自分の事を人間扱いしていないような、『結果』と言った発言をするクウに思わず声を荒げそうになる。

 作り物めいたその言い方が気に食わない。

 作り物を気取るその考えが気に入らない。

 そして何より、それを善しと考えているお前が気に障って仕方ない。

 

「でもね」

 

 しかし、俺が感情のままに言葉を叩きつけるより早く、クウが二の句を紡いだ。

 そうして気が付いてみれば、クウは閉じていた筈の瞳を開き、俺の事をじっと見つめていた。

 その表情がやけに穏やかで、それを真正面から見てしまった俺は、どうも気勢が削がれてしまい、言いかけた言葉を口の中でモゴモゴと咀嚼して飲み込むしかなかった。

 そうしてクウが再び口を開いた。

 

「でもね、マコト? 貴方が嫌いだって言っている部分、私は存外気に入っているのよ」

「……なんでだよ」

「確かに貴方の言うとおり、私は自分の事すら客観的に見てしまっているのかもしれない。私にはその自覚は無いけれど、貴方が言うならそれはきっと事実なのだと思う。それを今から変えるのは難しいと思うし、何より私がその自覚を持てないのだから変えられるかどうかすら分らない」

 

 けれど――クウはそう前置きし、一旦言葉を区切ると、ふっと表情を緩ませた。

 そうして、それこそ他の誰にも見せた事の無いような、幼くも可憐な、透き通ったとびきり純粋な笑みを浮かべ、

 

「――変えられなかったとしても、その分貴方が私の事を見てくれているでしょう? 私が私の事を鑑みない分、それこそ我が事のように貴方が私の事を見てくれているでしょう? だったら、私にはそれだけで十分だわ」

「――――」

 

 不覚にも。

 全く持って不覚にも目を奪われた。

 右手を急いで顔へと持って行き、急激に熱を帯び始めた両頬を、妙な形に歪みそうになる口角ごと封じる感じで力任せに覆い隠す。

 ああくそ。ああ畜生。ああコンチクショウ。

 油断した。

 思いっきり油断した。

 いくら俺が見慣れているとは言え、相手は人類史上最高の美少女だったんだ、その肩書きは伊達じゃない。

 勿論忘れていた訳じゃないが、俺程度凡人が慣れる訳がないのだ。

 何時まで経ってもこういう不意打ち気味の仕草は俺の心臓に悪過ぎる。

 

「……マコト?」

「……何でもねえよ」

  

 更に言えば、こういう時に限って本人にはその自覚が全くと言っていい程無い。

 俺の態度の変化に小首を傾げているその仕草から見て分かるように、心の底から純粋にそうやって思っていると分かってしまうから余計に性質が悪い。

 コレが俺をからかう為のいつもの演技とかだったら、俺は俺で切り返しようもあるんだが、本心からの言葉だと分かってしまうからこそ何も言えなくなってしまうのだ。

 ともすれば愛の告白めいた発言を受けて、赤くなっているであろう頬をマッサージするように揉んで紅潮を消し去ろうと指を動かす。

 ああー、全く。

 人様を勘違いさせるようような発言を軽々しくするなってんだ。

 俺とクウの間にはそんな色艶めいた色っぽい関係はないってのに、今の会話を聴かれでもしてたら勘違いされちまうだろうが。

 それで不利益を被るのは俺なんかじゃなくて、お前自身だろうに。

 ホント、全くだ。

 

「――失礼します」

 

 と、そんな時だった。

 ノックの音と共に男性の凛とした声が響き渡った。

 それに遅れる事数秒、両開きの大きな扉が開くと、そこから長身の男性の姿が現れた。

 俺より頭一つ分高いその身長は185センチと言った所か。

 体型は痩せ型だが貧弱さはまるでなく、むしろその細身に鍛え上げられた体は名刀のようだ。

 また、容姿も非常に整っており、その凛々しくも優しげな顔立ちは、町を歩けば100人中100人の女性がが振り返るだろう。

 服装は、どこかの執事だと言ってもそのまま通じるような非常に洗練されたフォーマルなデザインの服を着ているが、執事なんかとは全く違う言えるのは、その腰の両側に帯びた物騒な事この上ない刀剣の類。

 左手側には見事な拵えの鞘に収まった日本刀、右手側には刃渡り40cm程度の肉厚のナイフのような物、そして腰の後ろの方にも同じようなナイフと、合計で3本もの刃物を堂々と身に付けているという点だろう。

 そんな物騒な人間の登場にも関わらず、俺もクウもまるで慌てないのは、その人物がもう一人のボディーガードである――俺の一つ年上の『東雲角端しののめ かくたん』その人であるからだった。

 そんな東雲角端こと、かくが恭しく頭を下げながら言う。

 

「姫様、帰りの支度が整いました」

「あらそう、御苦労さま。それじゃあ30分程休憩したら帰りましょうか」 

「畏まりました。――お飲み物でもお持ちしましょうか?」

「ええ、そうね。お願いするわ」

「畏まりました」

 

 そうしてもう一度丁寧にお辞儀をすると、今度は俺の方へと顔を向けた。

 

「誠君はどうしますか?」

「あ~……俺はいい。どうせ高級品かどうかも判別のつかねえ俺の舌には勿体無さ過ぎるレベルのが出てくるのは分ってるからな、自分で適当に自販機で買ってくるわ。かく、一緒に行こうぜ。いいよな、クウ」

「ええ、別に構わないわよ」

 

 本当は角の用意してくれる飲み物でも全然良かったのだが、いかんせんまだ若干顔が熱い。

 適当な理由を付け、クウのせいで熱くなった頭を冷ましに脱出する必要があったのだ。

 逃げるように扉を潜り、後ろ手にそれを閉める。

 室内との若干の気温差を含んだ空気が、火照った顔に当たって気持ちがいい。

 

「やれやれ。また姫様と何かあったのですか?」

 

 心地よい空気に息を吐いていると、隣に立った角が俺を見下ろしながら若干の呆れを含んだ声を落とした。

 まあ、俺も一応は背が高い部類に入るから見下ろすって程の感覚でもないんだろうけど。

 それでも185センチと178センチの差はでかいよなー、数字が与える印象っていう意味でも。

 

「いんや、何でもねえよ。あの馬鹿の無自覚さ加減に手を焼いていただけだ」

 

 高級そうな材質の床の上を、コツコツと歩きながら頭の後ろで手を組んでそうやって答えると、角は何が面白かったのか、クスクスと薄く笑った。

 

「……あんだよ」

「いえね、姫様に対して『馬鹿』などと言えるのは、いくら世界広しといえども誠君くらいだと思いまして」

「別に陰口とかじゃねえぞ、面と向かって堂々と言ってるんだからな」

「むしろそれの方が凄いんですけどね」


 角がやれやれといった風に若干呆れの入った溜め息を吐いた。

 別に、そんなに言うほど凄い事じゃない……訳ないんだろうな。

 実際凄いんだろう。

 自覚はないが、俺以外でクウに対してこんな態度を取れるのはせいぜいクウの家族連中ぐらいしかいない。

 それを考えると昔からの馴染みとはいえ、随分と破格な待遇だとも言えるのか。

 

「…………」

 

 チラリと横目で隣を歩く角を見上げる。

 考えて見れば角だって、もうかれこれ4年……もうすぐ5年もボディーガードとして仕えているが、それでも今みたいな態度は崩さない。

 それどころか、俺なんかに対しても敬語で喋りかけてくる。

 年齢も学年も角の方が1つ上にも関わらずだ。

 本人的が言うにはそういう性分らしいので仕方ないと思うが、俺自身が年上に対してこんな砕けた態度なのだから、もう少し気さくにしてくれても良いんじゃないかというのが正直な感想だ。

 まあ、俺に対する応対の節々には気安さと言うか、親しみを感じることから、嫌われたり疎まれていたりといった事はなさそうだが。

 それにも増してクウに対しては徹底的に主人としもべ、みたいな態度を貫いている。

 四六時中とまではいかないが、常に傍に侍っているのだから、多少は砕けてもいいんじゃないかと思うんだけどなあ。

 そりゃクウだって他の人に比べれば多少は気安く接しているとは思うが、それでもクウが俺にやってるみたいに、人が留守の部屋に勝手に入るとか、人のエロ本を探すってレベルではない。

 ……いや、せめてエロ本探しは相手が俺でも止めてくんねえかなあ……結構切実に。

 まあ、そんな事は兎も角として、実を言う所、前述したとおり東雲角端こと角は、クウのボディーガードである。

 それも俺みたいな時給バイトのなんちゃってボディーガード(笑)みたいな偽物なんかじゃなく、正真正銘のボディーガードだ。

 それも世界最強の。

 比喩でも何でもなく、世界で一番強い男。

 それが東雲角端なのだ。

 そもそも東雲家は先祖代々、要職の人物の警護を生業とした、数百年の歴史のある一族らしい。

 部外者である俺はそんなに詳しいわけではないが、それでも日本史の教科書に登場するような超有名どころの歴史上の人物の数々を警護したと聞かされた時は流石に驚いたもんだった。

 実際、今も東雲家は、世界的に有名なセキュリティー会社を運営してその名を轟かせており、東雲の守りは鉄壁だと言う呼び声も高い。

 しかし、長い歴史を持った古い家の割にその門戸は広く、門弟の数は全世界で数十万人にも及ぶとか。

 その門弟の数や質の高さからも武門の最高峰だとも言われている。

 そんな一族の……えっと、何代目だったっけ? 確か三十だか四十何代目だかの当主とか言っていた筈だが、忘れた。

 覚えてねえや。

 ともかく、そんな長い歴史の中でも、角はぶっちぎりで最強と言う話だ。

 でもまあ、それも納得できるっちゃできる話だ。

 だってコイツ、鉄とか普通に斬れるんだぜ? 

 今も持っている刀でバッサリと。

 初めて話を聞いた時はマンガとかアニメじゃないんだから、と笑ったものだが、実際に目の前でそれを見せられれば流石に信じるしかない。

 原理とかは知らん。

 速さだの角度だのがあるらしが、説明されたところでどうせ理解なんてできねえし。

 小学校のグラウンドの片隅にあるような、鉄棒くらいの太さの鉄を斬って見せた時は、俺は最大級の讃辞を込めて『リアル五右衛門』のあだ名を進呈した程だ。

 凄く遠回りに遠慮されちまったけど。

 そりゃ俺だって鉄を斬れるから強い訳じゃないっていう事ぐらいは解ってるけど、角の場合は武芸百般を極めているとでも言えば良いんだろうか?

 兎に角何をやらせても桁が違う。

 小さな頃から鍛えて来たってのもあるんだろうが、才能もあったんだろう。

 そうでなけりゃ角の今の年齢で『あの』強さは異常だ。

 一体どれだけの時間を厳しい自己鍛錬に向けて来たのか想像すらできない。

 だからと言って多くの格闘技に従事する者がそうであるように、乱暴な性格と言う訳ではない。

 むしろ穏やか過ぎる性格だと俺は思っている。

 先ほどからの馬鹿丁寧な言葉遣いや、柔らかい物腰からも分かる様に、基本的にも応用的にも善人なのだ。

 厳しい精神修練の賜物かどうかは知らんが、その力は誰か他人を助ける為にあるものであると考えている節がある。

 いつもニコニコと笑顔を絶やさずに礼儀正しく、顔まで桁外れに良いとくれば、世の女どもが放って置く筈がない。

 クウはその美貌ゆえテレビ番組に頻繁に出演するのだが、角はその際にもボディーガードとして常に傍にいるのだ。

 その絵はまさに理想の美男美女の図。

 クウが優雅に椅子に座り、その後ろに静かに角が佇んでいる様子は、誰にでも分り安い美しいお姫様と、それに侍るに相応しい執事の絵のようなもんだ。

 これに人々が憧れない訳がない。

 クウはもとより、本来は陰に徹するであろう角までもが今やアイドルみたいな扱いだ。

 強く優しく、容姿も良い。

 事実として角は、今日本で最も人気のある男性と断言してもいいだろう。

 ……あ? 俺はテレビに出ていないのかって? 

 あっはっはー――――バカ野郎、出てねえよ。

 俺なんてテレビ局の人から、折角の美男美女の絵が崩れるってんで、どうか頼むから引っこんでいて下さいって土下座までしてお願いされてんだぜ?

 どうだ、すげえだろ? あっはっはっはーッ…………はぁ、すっごい空しい。

 まあ、そんな訳で、クウのボディーガードは角一人だけって言うのが世間一般の通例となっているらしい。

 ……別に構わねえけどよ。

 本来のボディーガードってのは目立つことが仕事じゃないんだろうし。

 角みたいに、その存在自体が抑止力みたいになってる奴は、かえって表に出た方が都合がいい事も多いんだろう。

 誰だってライオンに素手で立ち向かうのは怖いのと一緒だ。

 それに対してもこれと言って嫉妬もない。

 角自身は凄く良いヤツだし、顔の造りが良いのも男の俺から見ても間違いない。

 クウ共々人気があるって言うのは納得できるさ。

 ついでに言えば角は頭も良い。

 クウが大学に行く必要すらない位の超天才だとすれば、角はすでに海外の有名大学を卒業してきた天才だ。

 実際にクウの仕事の手伝いみたいな事もやってるし、実務的にもクウの片腕みたいなもんだ。

 料理とかもできるし立ち振る舞いも洗練されているので、本当にクウの専属執事みたいなもんだろう。

 顔も性格も良いので第一印象で悪い印象を持たれる事は無く、その上実家が世界的な会社を運営しているからクウ程じゃなくてもお金持ち、そして更には頭まで良いという、非の打ちどころがない。

 それが東雲角端という男だ。

 まったく、本当にマンガとかの主人公みたいな奴だ。

 完璧すぎて笑えてすら来る。

 まあ、それを言ったらクウも同じようなもん……いや、アイツはそれ以上の完璧超人だな。

 

「そう言えば誠君」

 

 色々考え事をしていると、唐突に角が話を振った。

 やべえやべえ、ちょいとボーっとし過ぎたか。

 

「ん、どうしたよ?」

「『それ』の使い勝手、どうですか?」

 

 角はそう言って、俺がずっと右肩に担いでいた――一本の長い棒を指さした。

 全長2メートルを超えるそれは、表面を艶のない黒色で覆われ、装飾も何もないまさに『棒』と言って良い様な代物。

 だが、その長さの割には意外と軽く、重量でせいぜい4~5kgと言った所だろう。

 そして、そんな何の変哲もない棒きれこそが凡人である俺の唯一の武装だった。

 

「どう……って言われてもな、一昨日直って来たばっかだから何とも言えねえよ。ま、別に変わりゃしねえだろ」

 

 そう言って肩を竦めて見せる。

 実際他に言いようもないからな。

 凡人代表みたいな俺には刃物なんて難しい得物は扱えないし拳銃なんて以ての外だ。

 上手く当たるとは限らないし、外れた弾丸が何処にかっ飛んで行くか分かったもんじゃないから怖くて撃てやしない。

 結局、そんな俺が辿り着いたのがこの『棒』って訳だ。

 何と言ったって使い方が簡単。

 リーチは十分。

 叩く。

 突く。

 払う。

 別に技術なんてなくたって、適当に振り回していればそれだけで威嚇にもなる。

 そしてそれが俺の限界。

 俺が出来るのはその程度の事だ。

 特別な生まれでも無く、特殊な技術や、才能もない俺の限界。

 素手でそこら辺を歩いているチンピラを相手にしたとしても勝てるか勝てないか、という程度。

 俺はそんなもんだ。

 俺はクウのボディーガードなんてやっちゃいるが、そもそもの問題として何も特別な訓練なんて受けちゃいない。

 そもそもボディーガードを始めた切っ掛けだって、クウから直接頼まれたからに過ぎない。

 自分の数倍も年上の大人達の中にただ一人混じり、孤軍奮闘していた当時10才の幼馴染であり、妹分でもある幼い少女からの願いだ。

 そんなもん断れる訳がないだろう。

 いくら俺に何の力も無くたって、せめて形だけでも俺くらいは傍にいてやろうと考えたのは、俺にとって当然の事だった。

 ……まあそれも、今のアイツを見る限り余計な御世話だったのかもしれないが。

 

「そんな事より。角、お前はあの話……知ってたのか?」

「あの話、とは?」

「あれだよ、笹原重工とGFAの提携話」

 

 角は俺の言葉を聞くと「ああ、なるほど」と言って頷いた。

 

「ええ、勿論。そもそもGFAの内状を調べ上げたのもうちの部署ですよ」

「……そっか。まあ考えて見りゃそれもそうだよな。で、詳しい所どうなんだ?」

「……ハッキリ言ってしまえば、噂は限りなく真実かと。元々笹原重工の警備業務はうちで請け負ってたんですが、GFAとの業務提携が決定したあたりで即日解約されました。その代わりに警備に入った者達は全員GFAの子飼いの者達……軽く調べただけでも殆どが軍人崩れや傭兵上がりと言ったその筋の者達ばかりでして。あれはもう私兵と言って差し支えないものだと思います」

「うげ……何だよそれ。戦争でもやらかそうってのかよ」

「経済戦争という意味では核心を捉えていますね。……もっとも、連中はその意味を履き違えているようですが。しかし、そう言った手合が近頃増えてきているのも事実です」

  

 角が苛立たしげな感情を押さえ込んだかのような、低い声で吐き捨てた。

 たしかに角の言う通り、最近は妙にそんな事件が多いと聞く。

 ニュースでも、どこかの社長が事件に巻き込まれたと言う類の話を決して少なくない頻度で耳にする。

 ニュース番組で得意気にうん蓄を語る専門家の話では、なんでも企業の力が強くなってきている影響だそうだ。

 難しい理屈とかは対して興味もないので聞き流しているが、これまでに比べ、権力のバランスが狂ってきているそうだ。

 大きな企業に勤めている重役は、それこそ警察機構を動かしたり、逆に自身が罪に問われないように手を回すことも可能なのだとか。

 角はそんな現状を考えた感情の昂ぶりを恥じたのか、角はゆるゆると首を振って息を吐いてから口を開いた。

 

「しかし、少なくとも今の段階では主だった動きは見せていません。勿論監視を怠る事は出来ませんが、今すぐにどうこうと言う話にはならないでしょう。それに、例え彼の連中がどのような手段を取って来ようとも、僕達二人が力を合わせれば物の数ではありませんよ。姫様やこのガルーダカンパニーには指一本触れさせはしませんよ」

 

 そう結論付けた角がもう一度笑顔を浮かべた。

 あー……、『達』って付くからには俺の事も含めて言ってるんだろうなあー。

 世辞かどうか分らんけど、角と同列に考えられると流石に困る。実力的な意味で。超困る。

 信頼されているのは嬉しいんだが、些か期待過剰ってもんじゃねえのか? と思う事が角には良くある。

 そんなに評価されるような功績を上げた覚えはねえんだけどなあ。

 大抵の事は角一人でどうとでもなるし、むしろ俺がいる意味が最近良く分らん。

 俺のやってる事って言えば……クウとお喋りしたり、からかわれたりしているくらいか?

 それに何の意味があるんだろう?

 うーむ――そうか、玩具としての評価かッ!

 

「…………」

 

 ……あー、切ねえ。自分で言ってて空しさMAXだ。ホント切ねえ。

 しかしまあ。

 そんな俺でもそこに居て良いと肯定されているようで、言ってる程悪い気分じゃない。

 俺の足場はそこにある。

 それがくすぐったくも心地良い。

 道化には道化の仕事がある。 

 だったらそれで十分だ。

 クウの言葉じゃないが、それだけで十分だ。

 四鵬堂空姫と東雲角端という傑物二人が、俺にそれだけの価値を見出してくれているのならそれだけで十二分だ。

 ならば俺は俺の役目を果たすのみ。

 力不足だろうと何だろうと、自分が出来る事に全力を尽くすだけだ。

 

「――うしッ、そんじゃまあ、せいぜい頑張るとしようぜ、角」

 

 俺はそう言って握り拳を角に向かって突き出した。

 それを見た角はもう一度ニコリと笑い、

 

「――ええ、勿論。信頼していますよ、誠君」

 

 コツンと、自分の拳を合わせたのだった。

 

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