春の日
ハレかな! 本文のサブストーリーです。
本編に影響はありません。
短編作品としてお楽しみください。
★★★
小さな少女が二人、良く晴れた空の下、綺麗な浜辺で遊んでいた。水平線が見渡す限りの海を囲んでいる。質のいいガラス細工のように太陽の光を透かせた海面が、目に見えないはずの風の姿をとらえて追いかけるように光り輝いてる。
二人は小学生の低学年ぐらいだった。
髪の長い少女が一生懸命、天然の砂場でお城を作っていた。はたから見ればいびつな砂山だったが、少女にとってそれは立派なお城で、中にはたくさんの兵隊や召使に囲まれて、一番見晴らしのいい場所に王様とお姫様がいるのだ。想像の世界ではすべてが自由で、希望に満ちていた。
しかし、現実の世界はいつでも非情だ。
波打ち際で海に向かって珊瑚のかけらを投げ入れて遊んでいたショートカットの女の子が、その遊びにも飽きてナナちゃーん! と手を前に突き出すような格好で走ってくると、ちょうど砂のお城の手前で流木につまづき、豪快に顔面から砂のお城につっこんだ。
エビ反りになった足がばふんと砂浜の上に落ちる。細かな砂の粒子がふわりと宙を舞う。
髪の長い少女が双眸に大粒の涙を浮かべて、泣き出しそうな顔で崩れ落ちた砂のお城を眺めている。
ショートカットの女の子はやおら起き上がると、ごめんとばつが悪そうに砂まみれの顔でいった。
そしてちょこんと髪の長い少女の横に並んで座ると、一緒に崩れ落ちた砂の城をぼんやりと見つめる。
ナナちゃん、きょうはあまりおしゃべりしないね、と女の子がいう。
うん、と一言だけ少女がうなずくと、ふたたび沈黙がおとずれる。
もうすぐ春休みがおわるね。
あの、と何かいいたげな少女の声。
うん、なに? と少女の方へと振り向く。
また沈黙。
話せるようになるまでまってるよ、と女の子は足元の砂をすくって、自分のつま先にサラサラと砂をこぼす。春の陽気を浴びてほんのりと暖かく、シルクのような肌触りが気持ちよかった。
わずかな間があって、少女はいった。
わたし、ひっこすの。
え? ひっこし? 目を丸くして少女の方をむく。少女はうつむいている。
いつ?
あした。
あげ、そんな急なこと? 女の子の目が大きくなる。
少女はうつむいている。
前からきまっていたわけ?
うん、と少女が一言だけ声を発した。
どこに?
外金久。
赤木名の?
そう。
やや間があって、あははと笑いだすショートカットの女の子。
少女は顔を上げて不思議そうに女の子を見つめる。
なんだ、けっこう近いね。
でも、学校はちがうし、今みたいにすぐにあそびにこれないし。
あたし行くよ、ナナちゃんのお家、と力強く女の子がいう。
どうやって? と不思議そうな顔の少女。
自転車。
自転車?
うん、山越えて、川越えて行く。いつでも行くよ。ナナちゃんのところまで。
遠くない?
ナナちゃんがいるなら遠くないよ。
本当に?
本当に。
ショートカットの女の子は立ち上がると髪の長いの少女に手を差しのべる。その手をそっと取ると少女をやさしく引っ張り起こした。
だから、今日もいつもどおりあそぼう。たくさんおしゃべりもしよう。話しきれなかったら、またこんど話そう。これからも、いっぱい一緒にあそぼう。
きらきら光る太陽のような笑顔に誘われて、髪の長いの少女もようやく輝くような笑顔を取り戻した。
つないだ手をいったんほどくと、ショートカットの女の子は右手の小指を立てて、髪の長いの少女の前にそっと差し出す。
現実はいつだって非情だ。
小さな少女には現実に抗う術など持ち合わせていないのだから。
それでも、小さな指と指の間に約束という名の細い糸を紡げば、この世界で生きていける。
立派なお城も、たくさんの兵士も、美しいお姫様も何一つそこには存在しないけれど、きらきら光る太陽が少女のそばで輝いているから。
★★★