遺産
「特別な力ねえ……」
ユキヒトはしばし目を瞑り考える。今まで異世界へ転移する小説をいくつも読んできたが、それらで主人公は様々なチート能力を授けられていた。自分もまた例に漏れずそういったチートに類する能力を貰いたいものだが……、果たしてそれはこの世界で適切な選択なのだろうか。
「とりあえず質問。この世界の情勢を教えてくれないか? 倒すべき魔王がいるとか、はたまた戦争が起こってるとかさ」
目を瞑ったまま、猫の姿をした神様に問いかける。そう、もし魔王とかを倒す王道のファンタジーストーリーならば、チート能力を手に入れてチーレム生活を謳歌することに何も抵抗もないだろう。しかし、この世界が何にもない、牧歌的な平和な世界であるのなら、それらのチート能力は手に余るのではないだろうか。
「いや、魔王といった存在や戦争といった殺伐とした世の中ではないよ。魔物と人間が共生する、とても素晴らしい世界じゃ」
やっぱりそうか、とユキヒトは納得するように頷いた。何しろこの空き地に来るまでに獣耳の生えた人や二足歩行する獣の中に、少ない数ではあるものの人間がいるのを目にしていたからだ。その人間たちは迫害を受けている様子もなく、普通に雑踏に溶け込んでいた。そんな風景が見られる世界で争いは、少なくとも種族間の仲違いで起こるということはないだろう。
「んむ……、よし、決めた」
しばらく考えを巡らせ、ユキヒトは1つの力を思いついた。おそらく今後この世界で生きていく中で、最も早く適応することができる能力。
「ん、どんな力を望む?」
「『1度経験したことをすぐに思い出せる力』をくれ」
ユキヒトの言葉に猫はキョトンと首を傾げた。そしてすぐに大きな笑い声を上げた。
「くふふふふっ。 ほう、そんな力で良いのか? 望むのならどんな能力でも与えてやるというのに?」
「いや、いいよそういうのは。そういうのはどこかの世界の有望な若者に与えてくれ。おっさんの俺にはこういうのが後々役に立つと思うんだ」
「ふむふむ、わかったわかった。では肩を借りるぞ」
猫はそう言うとユキヒトの身体を駆け上がり、肩にちょこんと乗った。そして首を伸ばすと彼の耳たぶを甘噛みした。
「のわっ」
突然の生暖かい感触に、思わずユキヒトは飛び上がる。その様子に笑い声を上げながら猫は地面へと飛び降りた。
「くふ、ついでじゃからこの世界の言葉をわかる力を与えておいたぞ。ちょっとしたサービスじゃ」
猫は目を細め1度大きく伸びをするとくるりと振り返った。
「じゃあ、これで、の。また暇があったら会いに来るでの」
「あ、ちょっと待ってくれ」
別れの言葉とともに次元の切れ目を作り、そこに飛び込もうとした猫にユキヒトは声をかける。
「ん? なんじゃ、まだ何か聞きたいことでもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……頼みがあるんだ」
頼み、その言葉に猫は次元の切れ目を閉じユキヒトへと向きなおる。その様子を見て、ユキヒトは思い切って口を開いた。
「あのな、前の世界で俺が稼いだ金があるんだが……。それをこの世界の通貨に換金してくれないか?」
「ほう? くふふ、抜け目ないのう、お前。ん、んん……、いいぞ。ようはお前の遺産みたいなものじゃからな、変に相続問題が向こうで起こるよりはいいかもしれんの」
そう言うと猫は再び次元の切れ目を作りそこに前脚を突っ込んだ。そしてぐるぐると腕をかき混ぜた後、キュポンと勢いよく取り出した。
「……ほほう、お前中々貯めておったんじゃなあ」
猫の言葉に、そうでもないと答えようとした瞬間、ユキヒトと猫を取り囲むように巨大な箱が4つ現れた。10メートルはある正方形の箱に目を点にしていたユキヒトに、猫から言葉がかけられる。
「お前の口座に入っていた1300万……、この世界の通貨に換算したら人生を10回は遊んで暮らせるぞ、よかったのう」
猫は箱をテシテシと叩きながら笑った。