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2015年/短編まとめ

薄れない記憶の中で、君は変わらず笑っていた

作者: 文崎 美生

「お前、また振られたんだって?」


寒ぃな、なんて思いながらも、公園で煙草を吹かしていたら声を掛けられた。

目だけで声の主を見れば、よぉ、と片手を上げるソイツ。

高校時代からの数少ない友人だった。


「振られてねぇよ。振ったの」


「同じだろ」


人気のない公園に男が二人、三人掛けのベンチに腰を下ろして、それぞれが煙草を吹かす。

正直、近付きたくねぇだろうな、と思う。


クリスマスイブもクリスマス終わった普通の週末。

土曜日だってこともあり、仕事のない社会人としては気楽なものだ。

年末の仕事でバタバタしていたが、休日出勤にならない程度には片付けてある。


「お前さぁ、何で毎回毎回クリスマスイブかクリスマスには必ず振られるわけ」


白い息とは別に、白い煙が友人の口から吐き出される。

俺も同じように煙を吐き出して、フィルターギリギリまで吸ってしまった今の煙草を、携帯灰皿に押し付けた。

短くなった上に、潰れた吸殻を入れて、再度煙草を取り出す。


別に振られたわけじゃない。

じゃあ別れよう、なんて言ったのは俺だし、向こうも大して縋り付いてこなかったのだから、結局はその程度の関係だったのだ。

――これでも、半年は付き合ったが。


「今年も去年と同じだっての。彼女に渡すわけでもないプレゼント買って、置いてあったから問い詰められた」


いつ頃からだったか、俺は渡せるわけもないクリスマスプレゼントを買っていた。

毎年毎年購入するそれは、年々増えていくばかりで、百均で買った大きめの可愛らしい箱に収められていく。


因みに彼女に用意したプレゼントなんてない。

というか、彼女に用意したことなんて一度もなくて、そのことにもキレられた気がする。

まだ一日も経っていないが、もう記憶があやふやだ。

俺も歳をとったな。


最低、という決まり文句と一緒に、左頬を引っ張叩かれたことは覚えているのだが。

実際のところ、その左頬は未だに痛む。

手形が付いていないだけマシというものだ。


「……そりゃあ怒るだろ。普通に考えて」


「何で?別にプレゼント目当てで付き合ってるわけじゃねぇのに」


溜息混じりに吐き出された言葉に、俺は首を傾げた。

本気で理解出来ないので聞いているのに、そんな俺を見て今度は普通に溜息を吐く。

失礼な奴だ。


カキンッ、と音を立てて使い慣れたジッポーの蓋を開ける。

鈴蘭の彫られた銀色のジッポーは、正直に言えば、俺の趣味とは違う。

むしろ火を付けている俺を眺めている友人の方が、こういうものを好むはずだ。


現に話の筋道が逸れて「いいよな、それ」なんて言い出す始末。

やらねぇぞ、知ってる、といつも通りの会話の後、やっぱり俺が悪いという結論に至るのは、何故か。


「そんなプレゼント溜めてる相手って誰。そもそも、何でクリスマスプレゼント限定」


今までにもこの時期に振られた振ったの話はしてきたが、ここまで突っ込んでくることはなかった。

何となく友人の方を振り返ると目が合って、まるで観察するように目を細められる。

そんな目で見られても困るのだが。


「んー、あー、可愛い子」


「そうじゃなくて」


「マジで可愛いの。小さくて、白くて、まぁ、口はちょっと悪いけど、頭も良いし。普通にいい子」


ぼんやりと思い出すプレゼントを渡したい相手。

最後にあってから何年経ったっけ。

まだ中学生くらいだった気がするその子は、平均身長よりも小さくて、雪みたいに白い肌を持っていた。


長いまつ毛は自然と上を向いていて、アーモンド型のくりくりとした目は、光が少なかった。

俗に言う死んだような目をしていたのだ。

可愛らしいという言葉が似合う容姿をしているはずなのに、表情筋が硬いのか表情の変化に乏しく、その口から飛び出る言葉は毒を含む。

裏表のないその子が、俺は好きだった。


「年下の可愛い子」


「え、お前、年下趣味だったの」


何だか昔も聞いたような言葉だった。

軽く笑いながら、煙を友人の方へ向けて吐き出しながら、そうかもなぁ、と答えておく。

別段年下がいいとか年上がいいとかなくて、ただあの子が年下だっただけだと思う。

たまたま、ということだ。


その年下のその子が今、どこで何をしているのかは知らないし、特に会いに行こうとも思わない。

その子が俺を忘れてるならそれでいいし、俺が覚えているならそれでいいのだ。


「その子の誕生日とか知らねぇし。渡せるのはそれくらいだからなぁ……」


呟くように吐き出せば、友人が思い切り顔を歪めて俺を見ていた。

どういう顔だよ、それ。

その後、指の間から煙草を地面に落として、うんうん唸り始める。


「ちょっと話が見えません」


友人が絞り出した言葉に笑う俺。

確かにそうだ、そりゃそうだ。

静かな公園には俺独特の笑い声が響く。


「可愛いんだよ、その子。名前は教えて貰ってねぇんだけど、俺が勝手にチビちゃんって呼んでる」


チビちゃん、そう初めて呼んだ時の心底嫌そうな顔と、理解不能って顔が合わさっていたのは、今でも鮮明に思い出せるし、きっと忘れないだろう。

いつもいつも公園で会っていて、その会う日も時間もまちまちで、約束なんてしてない。

着の身着のまま、そんな感じ。


初めて会った時は、真新しいセーラー服を着ていて――着られている気もしたが――初々しいって言葉が似合う感じだったな。

若いなぁ、なんて思いながらも、学校がありそうな時間に、普通に公園にやって来ていた辺り、そういう所があったんだろう。


「その子、可愛いってか可哀いになってね?」


「そうでもねぇよ。可愛いだろ」


俺の話を聞いて胡散臭そうに眉を寄せる友人に、煙草を一本差し出す。

俺と友人の吸っている銘柄は勿論違うが、それよりも俺のやつのがキツイらしく好まれない。

だが、話に夢中なのか、ほぼ無意識にそれを受け取る友人。


ジッポーで火をやりながら「そんなこんなで、仲良くしてたわけですよ」と説明をすれば、短く省略し過ぎて分からない、と言うようなことを言われる。

別に特別なことはしていなかった。

会ったら、適当な挨拶を交わして、特に意味もないことを離していたから、お喋り相手だろう。


「その子からは貰ったのに、俺は何も返せてねぇから。だから、いつか会えたら、渡したいよなっていうだけだよ」


会いに行くつもりもないくせに、姿を見たって声をかける勇気もないくせに。

俺の言葉に、煙草をくわえた友人が目を丸めていた。

そんなに意外かねぇ、俺がそういう事言うの。


驚いたままの友人は、そのまま煙草の煙を肺の中に入れて、噎せた。

辛ッ、とか、苦ッ、とか言っているが、見ているこっちからしたら、笑える。

ひゃははっ、と笑っていると涙目で睨まれたが、いい歳した男の友人にそんなことされても、ちっとも萌えない。


「今年も終わったなぁ、クリスマス」


彼女がいなかったのであろう友人にそう言えば、指先で溜まった涙を拭いながら、そうだな、と返ってくる。

今年で渡せなかったプレゼントは幾つ目だろう。

これから先、どれくらい増えるのだろう。


遠く薄い青空に登る白煙は、空に溶けて消えていく。

隣からは相変わらず噎せる声。

風情もクソもねぇなあ、なんて言ってみるが、その原因を作ったのは間違いなく俺だ。


「取り敢えず、そのチビちゃんに会いに行けよ」


「ひゃはっ、無理無理」


会いたいねぇ、会えるもんなら会いたいねぇ。

会いに行けねぇから、会いに来て来んねぇかな。

だって俺から行ったらキモいだろ。

年上の少し喋り相手になっていただけの男が、数年分のクリスマスプレゼントを持って会いに来るんだぜ。

んなもん、ストーカーだストーカー。


まだ全然減っていない煙草を、携帯灰皿に押し付けている友人は、俺を見ながら、結局元カノはいいのか、なんて野暮なことを聞く。

あー、忘れてたわ。

別れたし、どうでもいいよなぁ、やっぱ。

チビちゃんのがいい。


いつの間にかフィルターまで吸い終わっていた煙草を、伝わってきた熱のせいで取り落とすと、隣にいた友人が、何とも言えない生暖かい目で見つめて来たので、ピカピカの革靴を踏んでおいた。

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